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第三章 くじょう
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しおりを挟む澄彦さんが北陸の五箇山へお役目の為に出掛けてまだ数日。
正武家の知恵袋的な本殿の巫女様である竹婆が居る離れを二人で訪ねた。
『神守』について流石の玉彦も形式通りのことしか把握しておらず、私に至っては殆ど何も知らない状態だったので、当主である澄彦さん不在の今、次に詳しそうな竹婆を頼るしかなかった。
本殿の離れには竹婆と竹婆の妹の孫であり、ゆくゆくはその跡を継ぐ予定の香本さんが夕食の準備をしていた。
突然訪問した私たちに、竹婆は顔を綻ばせ迎え入れてくれる。
よう来たと座布団を勧められ大人しく座ると、香本さんが丁度良い温かさのお茶を運んできた。
「竹婆。『神守』について拝聴したい」
玉彦は湯呑みに手を付けず、正面に座する小柄な竹婆を真っ直ぐ見据えた。
お茶を啜りながら上目遣いで彼を見て、私と視線を合わせると竹婆は膝の上に水色の湯呑みを置いたままゆっくりと語りだす。
「『神守』とは日の本に坐す八百万の神々のお声を聴くことの出来る者。天津神国津神、あらゆる方々のお相手をする。鈴白へ呼ばれた『神守』の者は、帝の信任厚く、正武家の為に尽力する様にと仰せつかった。なぜならばその『神守』は類稀なる力を持っていた。神儀を必要とせず、あるがままで方々のお姿を視ることが出来た。その他にも正武家の者を必要とせず、『神守』である彼らは方々を鎮めることが出来た。だが大抵の神守は、それ以外の禍為る者どもには無力な者が多く、そこだけが正武家に劣っていた」
一息ついた竹婆は目を伏せる。
次に語られることは何だろうと待っていても、口を開かない。
隣の姿勢正しく座る玉彦を盗み見ても微動だにしない。
私は空気を読んで二人の動向を見守る。
夕日が沈み、室内が暗くなってきた頃、香本さんが明かりを灯した。
それを切っ掛けに竹婆が再び語りだす。
「永きに渡り正武家に仕えてきた『神守』は次第に血が薄れ、また時代とともに神々への信仰も薄くなり、方々のお姿を視ることが出来なくなってしまった。そうして『神守』は正武家よりそのお役目を解かれた。百年ほど前のことだ。以来『神守』の一族は『上守』となり、現在に至る。これでよろしいか、玉彦殿」
「そこまでは私にも伝えられている。訊きたいのは『神守』の方々を視ることの出来る『眼』のことだ」
「初代『神守』の眼は、全ての事象物事を視ることが出来、また千里眼だったと聞いておる」
「……最後の『神守』はどこまで視ることが出来た?」
「視ること叶わぬ。辛うじて方々の存在を感じる程度だ」
「もし再び『上守』が『神守』の力を発現すれば、役目の任はどうなる」
「一度解かれてしまったものは二度と元には戻らぬ。それこそ帝から命じられれば有り得ることではあるが、それは叶うまい」
玉彦は大きく安堵したように肩から力を抜く。
私が『神守』としてのお役目を担わなくて済むから。
危険な目に遭わなくて済むから。
そこから玉彦は竹婆に今日の顛末と私に起こりつつある変化を告げた。
竹婆はしばらく考えたのちに、深く頷く。
「玉彦殿、惚稀人様。御門森を訪ねよ。そこに先先代稀人の九条(くじょう)がおる。あの者なら『眼』の制御に詳しいはず。同類相憐れむじゃ」
御門森九条。
現正武家当主に付いている稀人の宗祐さんは、正武家先代道彦からの稀人。
その道彦の稀人を務めていたのは先先代正武家当主の水彦から仕えていた九条さん。
解りやすく言ってしまえば、南天さんや豹馬くんのお祖父ちゃんだ。
宗祐さんはもう六十近かったので、九条さんは八十くらいなのかなぁ。
竹婆の離れを退出し、遅めの夕餉を摂ったあと、枕を持って私の部屋にやって来た玉彦が寝転がる私の隣で仰向けになり天井を見ている。
「玉彦は九条さんに会ったことあるの?」
「ある。あの方は冗談ではなく恐ろしい。父上が固まる程だ」
あの飄々として、竹婆の詰め寄りにも全く反省しない澄彦さんが……。
「私が行って怒られずにまともに話が出来ると思う?」
「……非常に不安だ」
玉彦に不安だと言われた私はもっと不安だ。
二人して無言で天井を見ていれば、微かに足音がして襖の向こうから南天さんが入っても良いかと声を掛ける。
それで何故か私の部屋のはずなのに玉彦がしれっと入れという。
南天さんも気に掛けず、失礼しますと入ってくる。
私が思うに、ここは私の部屋であり、部屋ではない。
大きく括って玉彦の部屋なのだ。
「明朝六時、御門森にて待つ。だそうです」
南天さんは前置き無しに私たちに告げる。
ちょっと待ってよ。
まだ私たちは九条さんに会えるのか誰にも『お伺いを立てていない』。
なのにこのタイミングっておかしくない?
飛び起きて南天さんにどういう事かと聞くと、彼も少し困惑していた。
先ほど九条さんに呼び出された豹馬くんが言伝され、玉彦に連絡したけどスマホは不通。
仕方がないので南天さんに伝えるように頼んだそうだ。
起き上がらない玉彦をチラリと見れば、スマホはまた壊れてしまったそうで。
いつになったらまともに電化製品を扱えるようになるんだろうか、この人は。
「どうして私たちが会いに行こうとしていたことがわかったんだろう……」
「それは明日祖父本人に聞かれた方が良いですよ。私には上手く説明できませんので」
「南天さん、九条さんってどんな方なんですか」
「……それも明日……」
言葉を濁して南天さんは困ったように笑う。
口止めをされている訳じゃなく、一言では言い表せないような人なんだろうな、と勝手に察して私は納得をする。
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