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第三章 くじょう
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しおりを挟む「初めてにしては上々上々」
煙草に火をつける九条さんは機嫌よく楽しげだ。
「何が視えました?」
瞼を閉じたまま先ほど視えた一部始終を伝えれば、彼は微かに気配を揺らした。
瞼を上げなくても判る。
それほど今の感覚が研ぎ澄まされている。
「その力は心を持つ全ての者を生かし、また殺すことも出来ます。中に入り無防備な本質を殺せば、身体は生命維持出来ても二度と壊れた心は戻らない。空っぽの生です。そして君が二の世界で視るものはそれを傷つけるだけで消滅してしまうでしょう。ちなみに君に視られている対象はその間動くこと許されません」
二の世界で視るもの。
一の世界では視えなくて、二の世界で実体化しているもの。
では鬼の敷石に封じられている隠はどうなのだろう。
彼らには肉体が確かに在った。
疑問を口にすると、九条さんは即答した。
「それは正武家様に御縋りするしかないですね。かの方たちはその為にいらっしゃいます。二の世界の者は神守や御門森に露払いさせ、禍だ、とかの方たちが無意識に判断した三の世界に在るものまでを祓い鎮められます」
「なのに澄彦さんや玉彦が肉体を持たないものを視られないのはどうしてですか?」
「かの方たちは視る必要がないのですよ」
「必要がない?」
「圧倒的なお力で無意識に祓ってしまうのです。ゆえに必要がない」
「でも神様まで視られないなんて」
「それも必要がないからですね。神であった神で無くなったものは祓い鎮める必要がある為に視られるはずです。あぁ、それと先ほどの隠ですが彼らは二と三の世界の狭間にいます。強い思いの為に一の世界でも視認できる隠は祓いの対象です」
段々と頭が混乱してきた。
とりあえず正武家は一の世界に禍をもたらし、実体化しているものを祓い鎮める。
白猿や隠や九児などのことだろう。
御門森や神守は二の世界のものを視て、露払いを行う。
あれ? でも正武家は無意識のうちに二の世界のものを祓ってしまうのだから、二家は必要なくない?
「あの……」
「なにも露払いだけが仕事ではありません。正武家様が御出座しになるとき、共に在らねばなりません。稀人は盾であり、時には矛にもなります」
私が疑問をぶつける間もなく、九条さんは答える。
彼はほんの少しの未来まで実は視えているんじゃないだろうか。
「さて、今日のところはこれまでとしておきましょう。宿題は忘れずに。あぁ、そろそろ痺れを切らし始めましたね。まだまだ未熟で在られる」
九条さんがそう言った五秒後にドアがノックされ、玉彦が迎えに来たのだった。
正武家の玉彦側の母屋の縁側でボケっと夜空を見上げるとぽっかりと丸くなりつつあるお月様。
今日の出来事を思い出し、九条さんを思い浮かべる。
思っていたよりも全然怖くなかったな。
御門森を出て、夕餉の時も玉彦は九条さんが私に何を伝えたのか、私たちの間に何があったのか訊いてこなかった。
ただ明日は念の為に学校を休む、とだけ口にした。
いつもは枕を持っていそいそとやって来るのに、今夜はまだ来ない。
もしかしたら来たくないのかもしれない。
私が心の中を覗いてしまったから。
でも豹馬くんは私が入り込んだことが解っていたけど、玉彦はどうなんだろう。
「月見には玉子入りの揚げがいいのぅ」
不意に御倉神が私の隣に現れた。
気配に全く気が付かなかったので、身体がビクッとなる。
「何しに来たのよ」
「乙女に逢いに」
相変わらずこの神様はマイペースだ。
そもそもどうして紺色の冬服の学ランを着ているのか、意味がわからない。
神様って和装じゃないわけ?
「今宵はあの男がいないのじゃな」
「うん。ってなんで知ってんのよ。いつも来てるって」
御倉神はニッコリ笑うだけで答えない。
もしかして毎晩様子を見に来ていたのだろうか。
ストーカーかっ。
ふと、考えてしまった。
とても畏れ多いこと。
御倉神を神守の眼で視ると、何が視えるのだろう。
「御倉神」
「んー?」
眼と眼を合わせる。
いくら集中しても、あの不思議な現象が始まらない。
周りが白く光るあの現象。
見つめ合って視線をどれだけ絡ませても、駄目だ。
「なんぞ顔についているか?」
飽きてきた御倉神から視線を外し、首を捻る。
神様って心がないんだろうか。
感情はあるようだけど。
「あのさ、御倉神……」
話しかけても返事がない。
というか姿がない。
いつも突然現れて消える。
神様って気紛れだ。
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