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第四章 はじめて
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しおりを挟む「土日は学校は休みだ」
「……? そうだね」
「金曜の夜を心待ちにしている」
「ふーん」
「ここはきっともっと婀娜やかになるのだろうな」
そう言って鎖骨へと指先が移動する。
私は滑る様に移動する指先をギュッと握る。
どこまで触る気でいるのよ。
あのクールな玉彦様はどこへ行っちゃったのよ。
「変態」
「どうせ明日には全て愛でるのだから触っても差し障りあるまい」
「……?」
「抱かせてくれるのだろう?」
「あっ……忘れてた」
本気で忘れてた。
だってそれどころじゃなかったし。
うわー、明日どうしよう。
私の動揺を感じ取った玉彦は、枕に突っ伏した。
約束をしたからには守るけれど、心の準備が全く出来ていない。
七不思議に挑む心の準備は出来ていたのに。
「あの、玉彦?」
「……なんだ」
枕から顔を上げた玉彦は、不機嫌そうに目を細める。
「お願いがあるんだけど」
「……」
「えーと、あのぅ……」
「お前、俺のことを何だと思っている。好きな女を抱きたいと思うのは当然のことだろう。もう無欲な子供ではないのだぞ」
「た、玉彦のことは、きちんと好きだし私の、かっ彼氏というか将来の旦那様だって思ってるけど、や、そうじゃなくて。私、その、知識はあるけど小町からもそういう話を聞いたことはあるんだけど。……こういう時って全部玉彦に任せちゃっていいのかな!? 私も何か頑張った方が良いのかな!?」
逆切れ気味に恥ずかしながらも聞いてみる。
だって私、何かしてほしいって言われても上手に出来る自信ないもん。
玉彦はどうなんだろう。
彼もきっと初めてなはずだし。
「……比和子はそのままでいれば良い。俺がきちんと弁えている」
そ、そっか。
なんとなく、完璧主義の玉彦なら初めてでもすんなりスムーズにリードしてくれそうな気はしていたけど。
「わ、わかった! あとついでにもう一つお願いがあるんだけど!」
玉彦はこれでもかってくらい優しく笑いかけ、私の髪を梳いた。
きっと明日もこの調子で優しくしてくれるんだろうなぁ。
「言ってみろ。俺に出来ることなら必ず応えてやる」
「明日、七不思議のうち、『笑うポスター』か『鏡』に行こうと思うんだけど、どっちが良いと思う?」
「……どうでもよい。むしろ俺が先回りして全部祓ってやりたいくらいだ」
玉彦は不貞腐れて私に背を向けてしまった。
金曜日、放課後。
私は『笑うポスター』でも『鏡』の前でもなく、九条さんの前にいる。
授業が終わり、うんざりした顔の豹馬くんが部活へ行く前に私のところへ九条さんから呼び出しが来たと伝えに来た。
もう既にお屋敷にいた南天さんにも話が通達されていたらしく、校門の前まで車で迎えに来てくれていた彼と御門森邸へと向かい、先日と同じ九条さんの部屋へと通された。
南天さんの奥さんが運んできてくれた良く冷えたアイスコーヒーとマドレーヌを一つ食べている間、九条さんは私の頭の上の方を眺めていた。
何が視えていたのか、振り返り仰ぎ見れば御倉神がいつものふざけた格好ではなく、いかにも神様って格好の真白の気崩した水干姿で浮かんでいる。
私がギョッとして二度見をすれば、御倉神はふわりとソファーの背凭れを越えて私の隣に腰を降ろした。
「あんた、何しに来たのよ。ここに揚げはないよ」
「祭りの帰りに乙女を感じたので来た」
「だからって今来ることないでしょうに。お屋敷に帰ってから来ればいいのに」
九条さんにはバレバレだったけど、私は小声で御倉神に囁く。
しかし彼はどこ吹く風で勝手に一つ残していたマドレーヌに手を付け、美味しそうに食べる。
物珍しげに私たちを眺めていた九条さんは、御倉神が姿を消すまでずっと微笑んでいるだけで一言も喋らなかった。
アイスコーヒーまで飲み干して姿を消した御倉神に口を尖らせて文句を言えば、九条さんはテーブルに置かれていた煙草に火をつけ咥えた。
「毎回あんな風にいらっしゃるのですか?」
「えぇ、こちらの都合なんかお構いなしです。ピンチの時なんか出てくるの遅いくせして」
「お忙しいのでしょう」
「御倉神がですか?」
「かの神様は宇迦之御魂神という御名で呼ばれ、そうですね、神社でお稲荷さんとあるのはかの神様を祀っています」
開いた口が塞がらないとは正にこのことだ。
大体どこの神社でも入り口には神使の狛犬か狐がいる。
狐の神社が御倉神のところって、全国にかなりあるんじゃないだろうか。
そう考えれば確かに忙しそうだ。
そんな中、揚げを食べるためだけに正武家に一日置きに現れるってどんだけ好きなのよ。
私が呆れると、九条さんは寂しげに笑う。
「今ではもう信仰とは名ばかりですからね。お話相手が欲しいのでしょう」
以前玉彦が教えてくれた神様が存在するために必要なのは、そこに神様が在ると思うこと。
存在を忘れ去られてしまえば消えてしまうと言っていた。
信仰されて存在していても姿を視られる人間はほんのごく一握りで、御倉神もまた孤独なんだろうと思った。
「さて今日お呼びしたのは、大事なことをお伝えするのを失念していましたので来ていただきました」
煙草を灰皿に押し付けて姿勢を正した九条さんは、苦笑している。
「上守の眼は、相手に目がなくとも視られます」
「へ?」
「昨日豹馬から聞きました。目を閉じていた相手に戸惑ったと」
玉彦が弓道場で帰り支度をしていた時に、豹馬くんに話した覚えがあった。
あの時は須藤くんと大爆笑していたくせに、九条さんに話してくれているあたり、侮れない。
「大体の全体像が見えていれば、今の君なら出来るでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
九条さんに言われて初めて、思い至る。
ポスターにも鏡にも目はないってことを。
「本日の話はこれで御終いです。ご苦労さまでした」
「ありがとうございました」
座ったまま一礼して部屋を出る。
これなら電話でも良かったんじゃないかって思うんだけど、御門森邸に帰って来た南天さんが奥さんと楽しく話をしているのをみて、九条さんが孫の為にそうしたのだと何となく思った。
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