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第四章 はじめて
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しおりを挟むそれから程なくして、玉彦と南天さんはお役目の為に出掛けて行った。
豹馬くんと須藤くんは襖を閉じた部屋の前に座り、雑談をしているのがお布団の中にいる私にも聞こえた。
襖を一枚隔てて誰かがいてくれるので、安心して眠りにつける。と思っていたら、全然眠れない。
隣にある温もりが足りない。
玉彦につけられた変な癖を恨む。
こんなんじゃ通山に帰ったら先が思いやられる。
「上守さん、寝た?」
遠慮がちに須藤くんの声が届く。
「起きてるよー」
「眠れなかったら、布団の中のままでいいから襖開けて話に混ざる?」
「……うん」
返事をすると襖がススっと開いて、廊下の明かりに瞼を細める。
そこには胡坐を掻いた豹馬くんと須藤くんが向かい合ってこちらに顔だけを向けていた。
「上守。七不思議の件だけど、須藤と話し合った結果、ある条件を飲めば協力するぞ」
唐突に豹馬くんが話し出して、思わず眉を顰めてしまった。
頼んでいるのはこちらだけど、それに交換条件を持ち出されるとは思ってもいなかった。
そんな私の様子に彼らは少しだけ慌てる。
「変な条件じゃないよ?」
「変かどうかは私が決めることなんじゃない?」
「ごめん、そうだね」
「そう警戒するなよ、悪い話じゃない」
「条件てなによ?」
「十一月末まで美山に居てくれないか?」
意味不明な条件に言葉が出ない。
私は蔵人の件が終われば通山へと帰る。
澄彦さんは一か月くらいと言っていたし、私もそのつもりでいた。
「どうして十一月なの? 玉彦が何か言ったの?」
「玉様は関係ない。完全にオレと須藤からのお願い」
こういう時の豹馬くんには警戒をしなくてはならない。
前に玉彦と私を早く本殿に上げようとしていたのは、自分たちが彼女を作れないという超私的な考えだったし。
「どうして?」
顔を見合わせた二人は頷き合って、私に頭を下げた。
「なっ、なによ」
「上守。どうしてもお前に美山の学校祭でクラス代表として出てもらいたいものがある」
「クラス代表って、それって皆の同意が必要なんじゃないの?」
「みんなそれを嫌がって去年はジャンケンで負けた人が出たんだよ……」
須藤くんは苦笑いしながら頭を上げる。
「だから上守が出ると言えば誰も反対なんかしない」
「で、何に出れば良いのよ」
「「クラス対抗歌合戦」」
揃って答えた二人がおかしくて、こちらの緊張の糸が切れた。
そんなことか。
別にどうってことはない。
だって国明館の学校祭で普通にノリノリで歌っていたし。
「良いよ。出る。だから私に協力してよね」
「マジか!」
「逆にどうして嫌がるのかわかんない。みんな音痴なの?」
「……僕、上守さんって大物だと思う」
「……オレも」
二人に変な尊敬の仕方をされて戸惑うけど、私にとっての問題はそこじゃなかった。
もし蔵人の件が予定通りに九月一杯で解決すれば、私は通山へと帰らなくてはならない。
それを二か月引き延ばすってことは、お父さんを説得しなくてはならないし、お世話になる正武家の当主、澄彦さんにもお願いしなくてはならない。
二人にそう伝えると真顔で、私を見返した。
「上守の父さんはともかく、正武家的には全然オッケーだろ。玉様なんてこのままここに居ろとか言い出しそうだし」
言い出すどころかもう言ってるけど。
「とりあえず玉彦様にもお伺いを立てれば、絶対に上守さんが十一月末まではここに居る方向で進めると思うし、何とかなるよ」
そう、きっと玉彦が望めばそうなるようになっているのだ、この五村の地は。
むしろ今のこの状況こそ、そう在るようになっているのかもしれない。
私は協力関係になる二人に、文学部から借りている会報誌を予習をしておいてと渡す。
そして、おやすみを言って襖を閉める。
一つ、問題が解決してホッとして目を閉じた。
たん。と襖を閉める音で、何となく夢から意識が浮上する。
でも瞼は閉じたまま。
夢と現実の狭間でうとうとする。
頬を撫でられて石鹸の香りがしたので、玉彦が帰って来たんだとわかる。
それから少しだけ捲られたお布団から冷えた風が入ってきて、するりと私の身体に彼が寄り添う。
じんわりと温かく、遠慮がちに。
「……おかえり」
「ただいま帰った。起きていたのか」
「ん、いまおきた」
「寝ていたのにすまないことをした」
「……だいじょーぶ」
腕を背中に回して温もりを感じれば、安心して再び眠気がやって来る。
とくとくといつも規則正しいはずの彼の鼓動が少しだけ早い。
「……比和子」
少しだけ身体を離した玉彦が眠りに揺蕩う私の顎を上げさせる。
何度も繰り返される優しいキスにくぐもった声で応えれば、あとはもうおまかせ。
身体に感じる玉彦の微かな吐息が熱を帯びて、私の背が仰け反る。
壊れものを扱うように繊細に優しく、けして無理はせず。
二人で蕩けて貪りあって。
私と玉彦の初めての深更はゆっくりと過ぎてゆく。
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