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第八章 ろくおぬ
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「惚稀人よ。何を悩む」
優しいその声は、どこか玉彦に似ていて私は涙が零れた。
嗚咽が漏れて、言葉にならない。
「どうした。何を悲しむ」
「私はもう、惚稀人ではないかもしれません……」
ようやく答えれば、彼はどこから取り出したのか白い盃を私に差し出した。
彼と私で二つ。
金に縁どられたその杯には、お水があった。
無言で勧められて、唇を濡らすと、甘い。
桃のような水を飲み干して、手元に下げた盃だけを見る。
「なぜ、そう思う」
不意に話しかけられて、自虐的に笑ってしまった。
ほんと、どうしようもない私。
「私は神守の者になってしまいました。正武家に意見して、もしかしたら正武家を潰してしまうかもしれない存在です」
私が意見することにより、正武家は帝からの任を解かれてしまうことがあるかもしれないと思えば思うほど、怖くなって指先から震えてくる。
彼は少しだけ笑って、私の盃に手を翳す。
すると再び水が溢れ出る。
手品のようだ。
「正武家は無くならぬよ。案ずるな」
「どうしてですか……」
「神守は長きに亘り正武家と共に在った。その中で様々なことがあった。その度に神守は犠牲を払ってでも正武家を永らえさせた」
意味が解らなくて、首を傾げると彼は優しそうに微笑むだけだ。
「あの……?」
「神守の者が惚稀人であるというのは、これまでにもあった。正武家の血と神守の血は同じ流れにある。案ずることはない。正武家は何があろうとも日の本が滅ぶまでこの五村にある」
「えーと……?」
「帝と正武家、さらに神守は根が同じ。元を辿れば行きつく先は同じ。私と同じく。よって帝の命は命にあり、また命に在らずと云える。全ては母の御心のまま」
全然意味が解らない。
私はすっかり涙が引っ込んでしまって、彼の言葉の理解に苦しんでいた。
「さて、私はもう往く。明晩は少なからず力になることを次代に伝えよ」
「あのっ!」
立ち去ろうとする背中に声を掛けると、姿が白く白く発光していく。
私、この光知ってる。
初めて玉彦のお力を見た九児の時の山から伸ばされた幾千もの光の手。
「私は金山彦神。ではまたな、惚稀人よ」
金山彦神が姿を消すと、本殿内は嘘の様に真っ暗になった。
私は手元に残された盃を持って退出する。
とりあえず金山彦神は大丈夫と言っていたけれど、まぁ、うん。
御倉神よりは信用できる。
とぼとぼと月明かりに照らされて部屋に戻る。
出て来た時のまま。
部屋には誰も居ない。
為らぬの一件から玉彦は夜に私の部屋には来ないし、思えばあの時からもう私たちの関係はおかしくなっていたのかもしれない。
布団を敷いて横になり、枕元にいつも通りスマホと鈴を並べる。
思えばこの鈴も随分鳴っていない。
たまひこと四回鳴らせば、ひわこと三回鳴る。
それだけで私たちはお互いの絆を確認していた。
鈴を一度振ってみる。
……やっぱり返事はない。
「そうだよねー」
指でつついて何度も鳴らしていると何だかすごく虚しくなってきて、元の場所に戻す。
とにかく明日、頑張ろう。
せめて二人のことは私が責任を持ってやり遂げないと。
お布団を頭から被って、目を閉じる。
とりあえず寝てしまえば余計なことは考えなくて済む。
遠くから静かに、けれど走っているであろう足音が聞こえて、眠りに落ちる手前でぼんやりとする。
「比和子!」
呼ばれると同時に被っていたお布団が引き剥がされ、真っ暗な部屋で玉彦が息を切らしていた。
「どうしたの?」
「鈴が何度も!」
玉彦はそう言って私の無事を確かめるように片膝をついて私に触れる。
「何事だ」
「え、いや、ごめん。何でもない。ちょっと久しぶりにつついてみてただけ」
私の間の抜けた答えに、玉彦は大きく溜息をついて目を閉じる。
一応心配して様子を見に来てくれたんだな。
有り難いことです。
「何でもないから大丈夫。ごめんね。もう鳴らさないから。なんだったら持ってく? この鈴」
「……馬鹿を言うのも大概にしろ。お前に何かあったらどうするのだ」
「何かあって鳴らせば来てくれるの?」
「当たり前だ。何を言っている。寝惚けているのか」
「……そうなんだ」
私は起き上がって、胡坐を掻いている玉彦の手に手を重ねる。
「ねぇ、玉彦。……私のこと、好き? 神守の者だとしても、好き?」
「たとえお前が何者であったとしても想いは変わらぬ」
躊躇いも無く答えてくれた玉彦に、私は少しでもその気持ちを疑ってしまっていたことが恥ずかしくなった。
私だって玉彦がどこの誰であっても好きだと四年前のあの日に言ったくせして。
優しいその声は、どこか玉彦に似ていて私は涙が零れた。
嗚咽が漏れて、言葉にならない。
「どうした。何を悲しむ」
「私はもう、惚稀人ではないかもしれません……」
ようやく答えれば、彼はどこから取り出したのか白い盃を私に差し出した。
彼と私で二つ。
金に縁どられたその杯には、お水があった。
無言で勧められて、唇を濡らすと、甘い。
桃のような水を飲み干して、手元に下げた盃だけを見る。
「なぜ、そう思う」
不意に話しかけられて、自虐的に笑ってしまった。
ほんと、どうしようもない私。
「私は神守の者になってしまいました。正武家に意見して、もしかしたら正武家を潰してしまうかもしれない存在です」
私が意見することにより、正武家は帝からの任を解かれてしまうことがあるかもしれないと思えば思うほど、怖くなって指先から震えてくる。
彼は少しだけ笑って、私の盃に手を翳す。
すると再び水が溢れ出る。
手品のようだ。
「正武家は無くならぬよ。案ずるな」
「どうしてですか……」
「神守は長きに亘り正武家と共に在った。その中で様々なことがあった。その度に神守は犠牲を払ってでも正武家を永らえさせた」
意味が解らなくて、首を傾げると彼は優しそうに微笑むだけだ。
「あの……?」
「神守の者が惚稀人であるというのは、これまでにもあった。正武家の血と神守の血は同じ流れにある。案ずることはない。正武家は何があろうとも日の本が滅ぶまでこの五村にある」
「えーと……?」
「帝と正武家、さらに神守は根が同じ。元を辿れば行きつく先は同じ。私と同じく。よって帝の命は命にあり、また命に在らずと云える。全ては母の御心のまま」
全然意味が解らない。
私はすっかり涙が引っ込んでしまって、彼の言葉の理解に苦しんでいた。
「さて、私はもう往く。明晩は少なからず力になることを次代に伝えよ」
「あのっ!」
立ち去ろうとする背中に声を掛けると、姿が白く白く発光していく。
私、この光知ってる。
初めて玉彦のお力を見た九児の時の山から伸ばされた幾千もの光の手。
「私は金山彦神。ではまたな、惚稀人よ」
金山彦神が姿を消すと、本殿内は嘘の様に真っ暗になった。
私は手元に残された盃を持って退出する。
とりあえず金山彦神は大丈夫と言っていたけれど、まぁ、うん。
御倉神よりは信用できる。
とぼとぼと月明かりに照らされて部屋に戻る。
出て来た時のまま。
部屋には誰も居ない。
為らぬの一件から玉彦は夜に私の部屋には来ないし、思えばあの時からもう私たちの関係はおかしくなっていたのかもしれない。
布団を敷いて横になり、枕元にいつも通りスマホと鈴を並べる。
思えばこの鈴も随分鳴っていない。
たまひこと四回鳴らせば、ひわこと三回鳴る。
それだけで私たちはお互いの絆を確認していた。
鈴を一度振ってみる。
……やっぱり返事はない。
「そうだよねー」
指でつついて何度も鳴らしていると何だかすごく虚しくなってきて、元の場所に戻す。
とにかく明日、頑張ろう。
せめて二人のことは私が責任を持ってやり遂げないと。
お布団を頭から被って、目を閉じる。
とりあえず寝てしまえば余計なことは考えなくて済む。
遠くから静かに、けれど走っているであろう足音が聞こえて、眠りに落ちる手前でぼんやりとする。
「比和子!」
呼ばれると同時に被っていたお布団が引き剥がされ、真っ暗な部屋で玉彦が息を切らしていた。
「どうしたの?」
「鈴が何度も!」
玉彦はそう言って私の無事を確かめるように片膝をついて私に触れる。
「何事だ」
「え、いや、ごめん。何でもない。ちょっと久しぶりにつついてみてただけ」
私の間の抜けた答えに、玉彦は大きく溜息をついて目を閉じる。
一応心配して様子を見に来てくれたんだな。
有り難いことです。
「何でもないから大丈夫。ごめんね。もう鳴らさないから。なんだったら持ってく? この鈴」
「……馬鹿を言うのも大概にしろ。お前に何かあったらどうするのだ」
「何かあって鳴らせば来てくれるの?」
「当たり前だ。何を言っている。寝惚けているのか」
「……そうなんだ」
私は起き上がって、胡坐を掻いている玉彦の手に手を重ねる。
「ねぇ、玉彦。……私のこと、好き? 神守の者だとしても、好き?」
「たとえお前が何者であったとしても想いは変わらぬ」
躊躇いも無く答えてくれた玉彦に、私は少しでもその気持ちを疑ってしまっていたことが恥ずかしくなった。
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