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第八章 ろくおぬ
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しおりを挟む「比和子?」
私の顔を覗き込む玉彦に、頭突きをする。
「お前……何がしたいのだ」
「だったらどうして、来ないのよ」
「来たではないか!」
「夜よ! どうして夜に来ないのかって聞いてるの!」
「……それは比和子が来るなと!」
「そんなの……言ったわ」
思い出せば部屋に入るな、身体を求めるなと確かに言った。
でもそのあと普通に無視して部屋で紅茶を入れていたじゃないの。
そう私が反論すれば、玉彦は口を尖らせた。
「この屋敷にある部屋は俺のものだ。それを自由に出入りするのは俺の権利だ。けれど比和子の心や身体は俺のものではなく、比和子のものだ。為らぬと言われれば従うしかないだろう!」
なんで逆切れ気味なのよ。
馬鹿正直な返事に、今度は私が大きく溜息をつく。
お互いにわかり合うって、会話が大事だわ。
「玉彦」
「なんだ」
頭突きをされて喧嘩腰の玉彦の襟首を掴んで押し倒しながら、横目で襖がきちんと閉じられている事を確認する。
仰向けになった玉彦に跨って、身を前に倒した。
右手で玉彦の口を塞いで、耳元で囁く。
「いい? 今から夜が明けるまで、動いては為らぬ。私に触れても見ても為らぬ」
「ぐっ……!」
手のひらに玉彦の唇の動きが伝わる。
文句を言いたげだ。
でも、聞いてあげない。
だって玉彦だって、私が嫌だって言っても話をあまり聞いてくれないし。
「今夜は私が為らぬ星人だからね、玉彦」
私がにっこりと微笑めば、玉彦は観念したように頷いた。
翌早朝。
昨晩とんでもなく恥ずかしいことばかりをしてしまった私は、玉彦の腕の中で身を捩って背を向けた。
私、どうしてあんな行動を……。
出来るならなかったことにしたい……。
「ん……比和子……」
「あ、おはよ……」
玉彦の腕が腰に回されて引き寄せられて、私は固まる。
だいたいいつもは私か玉彦が先に起きて、部屋から出て行く。
「わっ、私、お風呂に行ってくる!」
「……昨晩は夜に中てられていたな、比和子」
わ、忘れてた……。
夜は無意識の玉彦の影響を受けやすい。
でもだからって、流石にあれは私の欲求不満もかなり混ざっていたように思う。
「なんのことでしょう……」
「たまにああいうのも良いが、俺は比和子を愛でる方が好きだ」
「わ、わかった……」
腕を掴んで外しにかかっても、外れてくれない。
その内に玉彦の吐息が耳にかかる。
「やはり夜の締めくくりは俺がする」
「もう、朝だよ……」
「あれは時計が狂っている。太陽も早起きし過ぎたのだ」
「そうですか……」
私は馬鹿みたいな玉彦の言い分に呆れたものの、身を委ねた。
もし今夜何かがあれば、私はもうこの温かい腕に戻ることはないのだから。
少しだけ遅くなって朝餉の席に着くと、澄彦さんはいつも通りに迎えてくれた。
頗る機嫌のよい玉彦に不謹慎だと箸を向けていたのもいつも通りである。
朝餉を終えて、今日は学校を休んでしまったので自分の部屋に戻って片付けをしていると、廊下を歩く豹馬くんと須藤くんの話声が通り過ぎて行った。
きっと玉彦の部屋に向かったのだろう。
本人はここにいるんだけど……。
玉彦は私の机に座って、しげしげと昨日金山彦神から貰った盃を眺めていた。
金山彦神は山の神様であると同時に、鉱山などの金属系の神様でもあるそうで、玉彦の力が揺らいでいる時に電化製品が壊れやすかったのはそのせいだったのだとようやく理解できた。
私が昨日金山彦神から言われたことを玉彦に伝えると、わかったといって黙ってしまう。
気まずくなって何となく椅子に座る玉彦の上に向かい合うようにしてよっこらしょと乗る。
私が後ろに倒れない様に腰を腕で支え、見つめ合えばお互いに笑みが零れた。
久しぶりに玉彦と仲良くなっている気がする。
「上守ー、玉様見かけた?」
豹馬くんが襖の向こうから声を掛けてきたので、ここにいると言えば遠慮なく襖が開く。
そして私たちを見て、呆れて腕を組む。
「おい、ふざけんなよ。朝から何をしてんだ」
「お前こそ何をしている。気を遣ってどこかへ行け」
「呼び出しておいてそれはないだろ!」
豹馬くんの言い分は尤もで、でも玉彦は私から手を離さない。
「降りるから、離してよ」
「豹馬、先に部屋で待て。五分後に行く」
「……はいはい」
もう豹馬くんは突っ込みを入れずに部屋を後にした。
きっと彼の中で私たちは馬鹿ップルに認定されているに違いなかった。
抱き付いて胸に顔を埋める玉彦は、目を閉じたまま。
ずっと私の鼓動を聴いているようだった。
「もう五分経つよ」
「……わかった」
ゆっくりと離れていく。
私は彼から降りて、振り返る。
ものすごく切ない表情をしていた。
「比和子。今からでも遅くはないのだぞ。お前が一言止めると言えば後は全て俺が引き受ける。必ず、やり遂げる覚悟はある」
「ありがと、玉彦。でも、ごめんね。私が失敗したら後はお願いね?」
私が笑えば、玉彦は言葉を詰まらせた。
昨晩の澄彦さんと宗祐さん以外が集まった打ち合わせで、豹馬くんが言っていたことを思い出したのだろう。
御門森の者で視える眼を持った者が、視ることを失敗した末路。
ある者は飲み込まれ、ある者は狂って、最後には死ぬこと。
神守と御門森は似て非なるものだけれど、何となく私は失敗した末路って同じだろうなと感じている。
「何て顔してんのよ。冗談よ、馬鹿じゃないの。それに失敗したって私、帰って来るからね。玉彦のいるところが私の帰るところ。お互い嫌っていうほど刷り込んでるから、迷わずに帰られるわ」
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