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第八章 ろくおぬ
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しおりを挟む蔵人との約束の時間は月が天辺に来る頃だったけれど、私たちは夕陽を背に赤石村へと向かっていた。
なにせ時間が足りないのだ。
それに蔵人に今夜の計画を説明する時間も必要だし、次の鬼の敷石がある村までの道のりを考えればなおのこと。
そもそも隠の説得にどれくらいの時間が掛かるのか。
岸本先生のスムーズに進んだ送りの時間はあまり参考にはならないかもしれなかった。
車の助手席で深く沈み込んで座っていた豹馬くんはずっとスマホをいじっていた。
亜由美ちゃんにでも愚痴っているのかな。
私は後部座席で隣に座る黒い着流しの玉彦を盗み見た。
代わり映えのしない自然の田舎の景色を眺めている。
けれどその目はずっと前方を見据えていて景色に流れることはなかった。
私はというと特に何もしていない。
ずっと左手にある温かい玉彦の手をにぎにぎしているだけ。
自分がこれから大役を果たすプレッシャーはまるでなく、赤石村へ向かう途中コンビニでお菓子を買っていたほどだ。
豹馬くんは太々しいと半目だったけど。
赤石村の鬼の敷石へと通じる小道の脇にハザードを点灯させて車が止まる。
ゆっくりと降りて空を見上げれば、そこに月は無く。太陽は残りわずかな赤い光を見せながら山向こうに消えてゆく。
少しずつ冷えてくる山の気温に身震いをする。
私は玉彦の御下がりのではなく、惚稀人願可の儀で身に付けていた白い私用の留袖を簡素にしたものを着ている。
その上に黒い正武家の一つ紋が入った羽織を肩に掛ける。
豹馬くんは宗祐さんや、鈴白行脚で須藤くんが着ていた山伏のような格好。
稀人はお役目の際にはどうやらこれが正装の様である。
「忘れ物はないか。鈴は持ったか」
「ないよ。持ってる」
遠足へ子供を送り出す親の様に心配をする玉彦。
青紐の鈴を腰にぶら下げては行くけれど、鳴らしたところで意味が無いことはお互いに解っている。
玉彦が駆けつけて来てしまえば、全てのことが失敗となる。
だからただ、無事であると知らせるために鳴らすだけのものだった。
それだけでもお互いに安心できるのは白猿の時に経験をしている。
あの時とは逆の立場になっていたことに気付けば苦笑いしか浮かばない。
「上守、行くぞ」
豹馬くんは早々に小道に足を踏み入れ、玉彦と並んでいた私を振り返った。
「うん。じゃあ、いってきます」
玉彦に笑って、南天さんに一礼をする。
そして一歩踏み出せば、玉彦が二の腕を掴む。
「必ず帰って来い」
「うん」
掴んでいた手の力が緩んで、私はするりと抜け出す。
先を進む豹馬くんの背中を真っ直ぐに見て、振り返らなかった。
ので。
すぐに石に躓きこけそうになって、背後で玉彦と南天さんの声が上がった。
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