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第九章 おやくめ
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しおりを挟む意識を取り戻すと、私は隣に座る玉彦に寄りかかっていた。
一緒にあの世界を出たはずの南天さんは既に運転席に収まり車を動かしている。
助手席には豹馬くんの頭が見えて、玉彦とは逆の方を見れば蔵人が乗っていた。
時代劇の映画俳優が車に乗って移動しているような光景に笑いが込み上げる。
「起きたか」
呟いた玉彦はそっと指先を私の瞼に充てた。
その指先が冷えていると思えるほど私の眼は再び熱を持っていた。
車中での会話はそれだけで、私たちは最終目的地の正武家の石段へ到着。
そして六隠廻りが始まった石段の箇所には、澄彦さんと宗祐さん、そして須藤くん、竹婆、香本さんが勢揃いしていた。
私の後方を登っていた蔵人が澄彦さんの姿に歩みを止める。
かなりの警戒が伝わってくるけれど、私は蔵人の手首を握って再び歩を進める。
今この場で澄彦さんが蔵人に何かするとは思えない。
だってこれは神守のお役目であって、正武家はサポートなのだ。
私は皆が見守る中、石段で蔵人と向かい合う。
「あんたのせいで私はとんでもない目に遭ったわよ」
悪態をつく私に蔵人は苦笑いを浮かべた。
でも言い訳はしなかった。
「何か言い残すことはない?」
「ない。世話になった」
簡潔な返事に頷いて蔵人と目を合わせれば、なぜか玉彦が腕組みをしてひょいと蔵人の隣に立つ。
「ちょっと、何をしてんのよ」
玉彦がそこにいると先ほどみたく一緒に中へと入ってしまう。
「六隠廻りの最後を見届けなくてはならぬ」
尤もな言い分だけれど、ただ単に私と蔵人を二人だけにしたくないのが少しだけ伝わってくる。
呆れて上段にいた澄彦さんを見上げると、さっさと済ませとばかりに手を払う。
見届けるも何も玉彦はあの世界でどうするつもりなのだろう。
御門森の南天さんや豹馬くんは自我を持っていて、そのあとの記憶にも反映されていたけれど、玉彦の中に入ったあの時、彼は認識をしていなかった。
不安と疑問は膨らむばかりだったけれど、夜明けが近いことを知らせるような小鳥の鳴き声に急かされて、私は二人と共に中へと飛んだ。
この世界は玉彦の色はどこにもなく、ただただ空色だった。
最初から隣にいる玉彦と、ぽつんと立っている蔵人の元へ移動する。
物珍しそうに辺りを見渡しているところをみると、玉彦に自我はしっかりとあるみたいだった。
「蔵人。やっとここまでたどり着いたわね」
「この上に皆がいるのか?」
蔵人が見上げた上方は、澄み渡る青空が広がっている。
彼の手を握ればすぐにでも迎えは来るだろう。
でも、それはまだできない。
鈴白を私の中から出さなくては。
左手を胸に充てて目を閉じる。
鈴白は今夜ずっと私の中で頑張れ頑張れと応援してくれていた。
たまに邪魔もしたけど。
出れるかと聞けば、何度も試みてはいるものの出られないと泣き声だ。
ここに来てやっぱり問題が起こってしまった。
実体を持たない鈴白の不安要素がここに来て的中してしまったのである。
まさか考えなしでどうにかなるだろうと来てしまったなどと言えずに、ずっと足掻く鈴白が外に出られるまで待っていた。
玉彦と蔵人もずっと待っていたけれど、先に私の様子に疑問を持ったのは玉彦だった。
「おい、まさかとは思うが分離出来ないのか。鈴白はそこにいるのだろうな?」
目を閉じたまま聞こえないふりをしていたけれど、微かに動いた眉頭を玉彦が弾いた。
「手を貸すが」
「えっ?」
玉彦にこの世界でそんなことが出来るのかと思わず目を開けば、顎が持ち上げられて唇が触れた。
そしてあの、最初に鈴白が私に入り込んだ時に追い出したように熱い蒸気が私の中に入ってくる。
痛む踝の華隠はもう無いので、ただただ身体が火照る。
次第に私の背中から薄い膜が剥がされる感覚が起こり、玉彦が離れると身体が軽くなった。
「蔵人さま!」
リアルな鈴白の声に振り向くと蔵人の胸に飛び込み抱き付いている。
蔵人は迷わずに受け止めて涙を流していた。
やっと、会えたんだ。
何百年も想って想って想って。
これからはもう離れることのない二人に私ももらい泣きをする。
隣の玉彦は相変わらず無感動で無表情だったけれど、私の視線に気がつけば微かに笑って温かい指先で涙を拭ってくれた。
「そろそろ私たち、帰るよ。蔵人」
そう声を掛けて手を伸ばす。
蔵人は鈴白を左腕に抱きかかえて右手を差し出した。
その右手を目で追っていた鈴白は私を見つめる。
彼女に小百合さんが少しだけ重なった。
小百合さん、痩せればきっとご先祖様の鈴白の様に綺麗になるんだろうな。とぼんやり思う。
「ありがとう、神守のかた。あなたとふたたび出会えて良かった」
再び?
そう思った時にはもう私と蔵人の手は離れていた。
光の中から先に送られた者たちが迎えに来ている。
輪の中に入り上がっていく彼らを眩しく見上げていたら、一人降りてくる。
すっかり小奇麗になった蔵人が私の手を取った。
ちょっとまさか私を連れて行こうだなんて考えてるんじゃないでしょうね!?
同じことを考えた玉彦が咄嗟に私の身体を抱きかかえれば、蔵人は心外だと眉間に皺を寄せる。
「神守の者。大事には必ず駆けつけ盾となり矛となる。安曇蔵人の名に懸けて誓う」
蔵人は私に告げると今度こそ降りてくることなく上がっていった。
「安曇……」
呟く玉彦の袖を引いて、帰ろうと伝える。
すると彼は抱きかかえていた腕を弛めた。
さっきもそうだったけど、どうして同じようなタイミングで柏手を打ったはずなのに私の方がかなり後に目が覚めるのか。
気がつけば私は石段に座っていた玉彦の膝の上で、彼の胸に凭れ掛かっていた。
眼が熱くてジンジンするのでそのまま眠ったフリをしていると、機嫌の良い玉彦の鼻歌が小さく聴こえる。
それは私が知っている歌ではなく。
玉彦がお役目の時に口を覆って詠う宣呪言に似ていた。
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