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第十一章 てんまつ
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しおりを挟むそうして午後の悪夢が終わって、皆で学校祭の準備をして、学校を出た。
南天さんのお迎えの車に乗って山中を走れば、帰宅途中の生徒をぐんぐんと追い越していく。
いつもなら車内に玉彦がいるけれど、これからは居ないので南天さんとのお喋りタイムだ。
「南天さん、小学生の頃の記憶ってあります?」
「何ですか、急に。ありますよ。幼稚園くらいからはっきり覚えています」
ということは、あの走る二ノ宮金次郎は覚えていると。
私は少しでも手掛かりが欲しくて、南天さんに質問してみた。
「あのー美山高校の走る二ノ宮金次郎……」
「あっ……アレですか。比和子さん、顛末記読まれたんですか?」
「はい。南天さんのトラウマになったのじゃないかと……」
南天さんは乾いた笑い声を少しだけ上げた。
やっぱり……澄彦さんは、私のお父さんもだけどとんでもない奴らだ。
「何日かは魘されましたけど、お役目で次々とそういうものは上書きされていきますので、現在の私が視ればなんということも無い物かもしれませんね」
稀人として経験すら積んでいなかった小学生の南天さん。
現在澄彦さんの稀人として幾多のお役目を経験した南天さん。
経験値が違えば、同じものでも恐れることはない、か。
「南天さん。ぶっちゃけた話を聞きたいんですけど、いいですか?」
「え、はい。内容によって黙秘の権利を主張しますが」
私の質問は尋問ではない。
「高校生の澄彦さんと、今同じ年になった玉彦。どっちが、お役目を重ねていますか?」
「それは断然玉彦様です。なにせ小学生の時にはもう出られてましたから。澄彦様は中学前からだったと記憶しています」
「稀人として豹馬くんと須藤くんはどうですか。まだまだ一人前とは言えないかもしれないけれど、彼らは高校生の南天さんと比べてどうですか?」
「……自分を高く評価しているつもりはありませんが、豹馬は私の中学程度の経験です。須藤は論外ですね。小学高学年の私と同じくらいでしょう」
「そうですか……」
澄彦さんの顛末記で、彼は宣呪言の選択を誤ったとあった。
経験を積んでいる玉彦ならば、そんなことにはならないだろう。
囮役になる須藤くんはどうだろうか。
稀人としてはまだまだでも、白猿を追っていた須藤としての経験は考慮するべきだ。
「比和子さん?」
「あ、すみません。ちょっと色々思うところがあって」
「今はまだ二人とも頼り無いかもしれません。けれど何かを切っ掛けに必ず大きく成長する時があります。私はそれが中一の時でした。二人はまだその転機が来ていないだけなのだと思います」
「ちなみにその転機って、澄彦さんとか私のお父さんって関わってます?」
「……黙秘権を行使します」
「……父がすみません」
南天さんの黙秘の内容は容易に想像できた。
白猿捕獲の落とし穴や走る二ノ宮金次郎の件を聞いていれば、それ以外にも絶対二人は何かと南天さんを連れまわしてやらかしているはずだった。
そうこうしているうちに車は正武家の石段前に到着して、私はカバンを持って降りた。
山道を登って行く車を見送って石段に足を掛けると、ぶわっと湿った獣の臭いが私の前を通り過ぎる。
あまりの強烈な臭いに私はカバンを落として鼻を覆った。
ほんのりと石段を照らす灯火と石灯籠脇に飾られた白い切り花が微かに風に揺れるだけで、この臭いを発しているものは見当たらない。
なんだろう。
凄く嫌な予感がする。
狩られた猪が化けて出たのだろうかと一瞬思ったけど、遠くに聞こえた遠吠えに身体からドッと冷や汗が噴き出した。
清藤だ……。
詳しくは解らないけど、この臭いは濡れた犬の臭いだ……。
鼻を塞ぎながら青紐の鈴を取り出して激しく鳴らす。
玉彦は今どの辺りを走っているんだろう。
鈴と一緒にスマホも出してすぐに澄彦さんに電話する。
でも、こういう時に限って出てくれないのはどうしてなんだろう。
私は別れたばかりの南天さんに電話をしようと震える指先で発信履歴をタッチした。
その時、どんっ、と背中を押されて体勢を崩した私は片手をついて石段に両膝を打ち付けた。
振り返るとそこにはたった今私を突き飛ばした右腕を伸ばしたままの、ままの……。
「うっわああああああああぁ!?」
真っ白い肌の裸の男が立っていた。
身体は泥に塗れてところどころ出血し、きっと変な方向を向いている左腕は折れている。
そしてその頭がある場所には犬の頭があった。
明らかに人間の大きさではなくて、中型犬の頭だ。
私は腰が抜けて石段を這いあがった。
どくどくと血が流れる膝が熱く、石段に擦れるたびに悲鳴を上げるけれどそれどころではない。
男は私の足を掴み、引き摺り出す。
こっちも必死で石段にしがみつくけれど力の差は明らかで、私は徐々に正武家の敷地外へと引かれていく。
最後の抵抗で石灯籠に抱き付いてみたけど、すぐに腕は負けてしまい意味はあんまりなかった。
「比和子ちゃん!」
石段の上から声が聞こえて見上げると、澄彦さんが石段の横の斜面を雪山を滑る様にして下って来るところだった。
太刀を左手に絶妙なバランスを取り、そこから飛び上がると空中で鞘を投げ出して着地と同時に私を引き摺っていた男を頭から一刀両断した。
返り血が私に降り注ぐ。
赤黒く腐った血は私に生暖かく纏わりついて、滲みていく。
激しい吐き気に襲われて口を押えても、込み上げてくるものを出さずにはいられなかった。
ピクリピクリと痙攣をする男の生々しい断面を見ながら、私の視界は暗転した。
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