私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第十一章 てんまつ

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 膝に痛みを感じる。
 温かい液体が掛けられて、それが沁みている。
 その痛みが段々と私の意識を覚醒させた。

 目を開ければ明るい檜の天井だった。

 お風呂場だ……。
 身体を湯気が包む。
 濡れた制服が不快感を生む。

 私は上半身を抱えられて、身体全体にお湯を掛けられていた。
 抱える人を見れば白い着物を着た澄彦さん。
 お湯を掛けていたのは宗祐さんだった。

 そう認識した後、私はあの男がフラッシュバックして焦点定まらずに悲鳴を上げた。

 怖い怖い怖い。

 男の私を掴む感覚が蘇って、返り血を流してくれていた二人から思わず逃げ出してお風呂場の隅に身体を小さくして膝を抱えた。

「比和子ちゃん……」

「すみません、ごめんなさい。あとは自分で流します。だから、もう、ごめんなさい……」

 砂利が肉に喰い込んでいる膝に額を押し付けて、歯を食いしばった。
 澄彦さんや宗祐さんはあの男とは違う。
 絶対に私に危害を加えないと解っているけど、どうしても無理だった。

「ごめんね。そうさせてあげたいのは山々なんだけど、普通に流せないんだ」

 澄彦さんは私との距離をそのままにして優しく答える。

「本当は息子に任せたいんだけど、あっちもそれどころではなくてね……」

「何が……」

 私が膝から顔を上げて澄彦さんを見つめると、困ったように微笑むだけで玉彦に何があったのかは答えてくれなかった。
 もしかして玉彦もあの男のようなものに襲われたんだろうか。
 這いつくばってお風呂場の入り口に行こうとするものの、その先は桶を持った宗祐さんに阻まれてしまった。
 澄彦さんが立ち上がってなみなみとお湯が張られた湯船に手を入れて、底にある栓を抜く。
 そして玉彦が祓いの時にそうする様に、澄彦さんもまた口元を隠して長々と宣呪言を詠う。
 湯船に半分だけ残ったお湯に頷くと、私の前に片膝をついた。

「湯船に入れ、比和子。穢れを流せ。全ての穢れを流すまでこの場から出ることは叶わない」

 こくりと返事をして、私は制服のまま湯船へと半身浴の様に浸かる。
 そして身体にねっとりと付いていた血を洗う。
 みるみる間にお湯は赤ではなく黒くなっていく。
 澄彦さんはお湯を足しながらずっと宣呪言を詠っていた。
 溢れ出た黒いお湯は縁を越えて流れていく。
 徐々に正気を取り戻した私は、湯船に頭まで潜った。
 そして髪をその中で梳くと熱で伸びてしまったかのように、溶けて千切れていく。
 穢れに負けてしまった腰まであった私の髪は、首筋を辛うじて隠す程度になってしまった。
 湯船から顔を出すと、お湯はすっかり透明になっていて私の穢れが流れたことを教えた。

「何とか間に合ったか。お疲れ様、比和子ちゃん。あとは普通に身体を洗って出ておいで。香本が着替えを用意した。大丈夫かい? 僕も一緒に入ろうか?」

 澄彦さんはいつの間にかいつも通りの澄彦さんに戻っていて、くだらない冗談さえ言ってきた。
 入り口で足を拭いていた宗祐さんが澄彦さんの襟元を引っ張る。

「良いですよ。背中を流してくださいね」

 私が言い返すと澄彦さんは驚いた顔のまま、宗祐さんがお風呂場のドアを閉めた。



 いつも私に何かがあったら必ず駆けて来る玉彦。
 私がこんな状態だったのにも係わらずに姿を見せない。

 それは二つの可能性を示していた。

 彼もとんでもない状態になっていて、駆けつけて来られない。
 もしくは、玉彦ではなく玉彦様として正武家のお役目の優先順位の下にある私に構っていられない。
 どうか後者であってほしいと私は願った。



 脱衣所に用意されていた白い小紋を身につけて、私はポンと帯を叩いた。
 これが用意されているってことは、そういうことなのだ。
 頬を叩いて気合を入れて廊下に出れば、須藤くんと香本さんが私を待っていた。
 須藤くんに先導されながら、隣に並んだ香本さんに事情を尋ねる。

「どうなってるの?」

「今清藤を呼び出してる。多門があと一時間で到着する」

「あんな場所から一時間で来れないでしょ!?」

 清藤は九州にある。
 そこから鈴白村までどう考えたって一時間で来られる距離ではない。

「非公式で、とある部隊ので飛んでくる」

 いや、とある部隊って、日本で部隊を抱えてて、その距離を一時間足らずで飛んでくるって、一つしかない。
 改めて正武家の非常識さに呆れてしまう。

「それで玉彦は?」

「さっき戻られて、禊をしてる」

「じゃあ……」

 やっぱり襲われたんだろうか。

「御門森も一緒。山に入って残りを祓ってた」

「残り?」

「上守さんの後、上守夏子さんからすぐに連絡が入ってそっちに行ってた」

 どうしてお祖父ちゃんの家に。
 前に清藤の残り香は消したと確かに言っていたのに。
 でもあの玉彦が万が一を気にしていたから、その時にはもう何かがあるかもしれないと考えていたんだ。

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