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第十一章 てんまつ
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しおりを挟む私は先導されるままに、澄彦さんの当主の間へと足を踏み入れた。
そこには玉彦と豹馬くんを除く全員が揃っていた。
私は南天さんの隣に座って、小声で竜輝くんは大丈夫だったかと聞くと、御門森には一切何事もないらしい。
今回は私とお祖父ちゃんの家、つまり上守だけが狙われた。
そこでふと、疑問に思う。
例えば清藤が正武家に対して何か良からぬことを画策したとして、主従関係の正武家の人間になった私に何かをしてくるだろうか。
しかも前に玉彦は言っていた。
稀人は正武家に錫杖を構えられないって。
清藤は稀人ではないにしても、正武家の傘下である。
でもなぁ、亜門は私を蹴ったし一概には言えないのかな。
正武家の血が入ってないと該当しないのだろうか。
だとしてもこんなあからさまに襲ってきたら、清藤だってバレバレだし彼らもそんなに愚かではないだろう。
俯いて悶々と考えていると、禊を終えた二人が当主の間へと入ってくる。
各々の定位置に収まり玉彦が私を振り返った。
「すまない、比和子」
玉彦は無表情だったけれど、私にはわかる。
それに謝る必要だってない。
私は澄彦さんが助けてくれたし、玉彦はお祖父ちゃんの家を守ってくれたのだ。
感謝こそすれ、私を放って置いたことに怒りは全くない。
玉彦は懐から小さな赤い貝合わせを取り出し、私に渡した。
中を開けると白い軟膏が練りつけられている。
「梅特製の傷薬だ。塗りこんでおけ」
「うん」
私はさっそく背中を向けて膝を出した。
テープで固定していたガーゼを剥がして、軟膏を塗る。
松梅コンビは正武家のお医者さん的存在だ。
玉彦が白猿に負わされた大怪我も、竜輝くんの上唇もあっという間に処置をしていた。
その軟膏なんだから絶対に効果があるはずだ。
傷跡が残らないように祈りながら塗り込む。
不意に私の後ろ髪が引かれて振り返ると、玉彦が何とも言えない表情をしていた。
彼の無表情を崩させた私の髪は、毛先が乱れて短くなって玉彦が好きだと言っていた長髪には程遠くなってしまっている。
「たとえ坊主頭になっても、でしょ?」
「当たり前だ」
玉彦はそう言って前に向き直り姿勢を正した。
それからは当主の間に清藤多門が姿を見せるまで誰も口を開かなかった。
ただじっと到着を待っている。
廊下から足音が聞こえて一瞬静まり、当主の間の襖が松梅コンビにより両側から引かれた。
そこには頭を下げ、当主の声掛けを待つ黒いスーツ姿の多門がいた。
「上げよ、清藤多門」
澄彦さんは入れとは言わなかった。
当主の間に足を踏み入れる資格がないと告げているようなものだった。
多門はゆっくりと頭を上げる。
その表情は酷く困惑をしていた。
それもそうだ。
夜半に正武家の呼び出しを受けてすぐに駆けつけるようにと、とある部隊の乗物に乗せられ、到着すればこの有様である。
しかも清藤とはいえ、当主でもなく次代でもなく、高校一年生の男の子なのだ。
そもそもどうして多門が呼ばれたのだろう。
私は首を傾げる。
「この鈴白に犬外道が出た」
澄彦さんの言葉に多門が目を見開いたのが遠目にもわかった。
あの犬の頭を持った男は犬外道というのか……。
「清藤で現在犬を作るのはお前と亜門だと聞いている。が、犬はともかく外道は作れまい?」
澄彦さんの問いに多門は再び低頭した。
「左様でございます。外道は正武家より百年以上も前に禁じられました」
「伝えられてはいないのだな?」
「はい。少なくとも私は聞いておりません」
「亜門はどうであろうか」
疑いを隠すことをしない澄彦さんの尋問は、多門の低頭をさらに低くさせた。
「畏れながら亜門は、犬を作ることには向いてはおりません。ここ数年の犬は全て私のものです」
「そうか……。入れ、多門。豹馬、須藤。外道を前に。検分せよ、多門。汚名を晴らせ」
当主の指示で多門はようやく動き、座敷の中ほどに座る。
そして豹馬くんと須藤くんはブルーシートで包まれた外道の塊を当主の間に運び入れた。
シートを捲るとあの獣臭と血生臭さが辺りを埋める。
私はあまりの異臭に耐え切れなくなり、口元を袖で覆う。
すると南天さんが宗祐さんに目配せをして、縁側の障子を開け放ってくれた。
涼しいとは言えなくなった夜風が当主の間を駆け巡り、いくらかはマシになる。
多門は持ってきていた黒の四角い革鞄から出した透明な手袋をはめて、三体の犬外道の白い身体を確認している。
ドラマで見る解剖医の様だった。
しまいには鋏を持ち出して、胴体と頭を切り離しにかかる。
一体の検分に掛かった時間は三十分ほど。
汗を拭う多門の隣に見るに見かねた玉彦が移動して助手を買って出た。
多門と同じく手袋をはめた玉彦は袖が邪魔にならないように襷掛けをして、小声で多門に何かを聞きながら犬外道の身体を引っくり返したりしている。
そうして検分が終わったのは真夜中だった。
多門は手袋を外して玉彦に一礼をして澄彦さんに向直り、頭を下げた。
玉彦はそこから戻らずに澄彦さんに対している。
「前置きは後で聞く。結論を申せ」
「この犬外道は清藤の犬ではありません」
「では、なんだ」
「山の怪が犬の頭を持ったと考えられます」
「やはりか……。詳細を話せ」
それから多門は動かない犬外道の白い身体の箇所を示しながら、清藤の犬外道ではないことを説明する。
決定的な証拠は首と胴体のつなぎ目だった。
そこは人為的に縫われたもので繋がってはおらず、完全に犬の頭と胴体が融合して合わさっていた。
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