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第十二章 けつれつ
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しおりを挟む「元気ないね、比和子ちゃん。まだ痛むのかい?」
「あ、いえ。それは大分良くなりました」
朝餉の席で澄彦さんが梅干しを口に放り込み、眉間に皺を寄せていた。
玉彦は何故か物凄い早さで朝餉を平らげて、食後のお茶を啜る。
「本日は午前中は面会が立て込んでいて、午後は宗祐と鈴白を離れる予定だ。夜半には戻る」
澄彦さんがそう言えば、玉彦も自分の今日の予定を告げる。
「こちらは十九時まで美山です」
学校祭の準備もあるから、仕方ないよね……。
二人の視線を受けて、最後に私の今日の予定。
「私はずっとお屋敷の予定です……」
南天さんが居てくれるなら、澄彦さんが午後にお屋敷を出ても大丈夫だろう……。
「あ、それなんだけどさ。今日比和子ちゃんに多門付けるから、仲良くね」
「はっ!?」
「何を馬鹿なことを、父上!」
澄彦さんの思い付きのような言葉に、私はお箸を置いた。
何てゆうか、どっと疲れが出て来た。
もう部屋に帰ろ。
そして玉彦が帰って来るか、南天さんが私の相手をしてくれるまで寝てしまお。
「馬鹿はお前だ。もう気が付いているだろう? 中々どうして多門は優秀じゃないか。僕はね、多門さえ首を縦に振れば、清藤から稀人として迎えたいとすら思ったよ。もちろん次代の稀人としてだがね」
あぁ、と思った。
澄彦さんは正武家の『その時』の為に、自分よりも息子の周りを固めたがっているって解った。
無意識の正武家の意向は、多門すら呼び寄せたんだ。
遥か遠くにいた清藤の西の地から。
「しかし、それとこれとは話が違います。比和子に護りが必要ならば私が学校を休みます」
「……では美山で、あれがどういうことになっているのか誰が調べる?」
強い口調の澄彦さんに、珍しく玉彦が口を閉ざした。
正武家のお役目には優先順位がある。
お役目に比べたら私のことは些末事だ。
「私は大丈夫だから、大人しく学校行きなさいよ……。ごちそうさまでした」
私は半ば諦めモードで席を立つ。
そんな様子に二人は顔を見合わせたけど、溜息しか出なかった。
気分が凄く落ちている。
ついでに身体も何だか不調だ。
時折傷が痛むものの動けない訳じゃない。
でも動きたくない。寝ていたい。
でも一人じゃ寝られない。
部屋でお布団を敷いてみたけど、朝の光が差し込む障子を見たら何とも言えない気分になる。
「入るぞ」
いつも通り声は掛けるけど許可を出す前に入ってくる。
お布団の上に正座していた私を見た玉彦は、カバンを脇に置いて向かい合うように座った。
時計を見上げれば、いつもの時間よりも大分早い。
衣替えがあって黒い学ランになった玉彦は新鮮で、しっかりと被った学生帽が戦時中を連想させた。
「何かあったのか」
あったじゃん。
玉彦の日常は、私にとってまだ日常ではない。
「別に、何もないってば」
でも嘘を付く。
怖いと弱音を吐けば、玉彦はきっと私を遠ざける。
自分がずっと私の側でいられる時まで。
「比和子」
名前を呼んで嘘を咎める玉彦は、小難しい顔をしていた。
私はだんだんと自分の視線が下がっていくのを感じていた。
だって今日は一緒にお屋敷にいてよなんて言えない。
一緒に学校へ行きたいとかも言えない。
だったら我慢して大人しくしているしか、ないもん。
二人の間に沈黙だけがあって、息苦しくなる。
「そんなに俺は頼り無いか」
「そういうことじゃない……」
そう、そういうことではないのだ。
これは私の心の問題なのだ。
頑なな態度に玉彦はずっと次の言葉を辛抱強く待っていたけれど、時間は刻々と過ぎる。
玉彦が朝餉を早めに食べ終えたのは、私との時間を持つためだったのだろうけど、無駄になりそうだった。
時計を確認した玉彦は黙って立ち上がったので、私も表門まで見送るために重い腰を上げた。
襖に手を掛けた玉彦が立ち止まり、私はその背にぶつかる。
そのまま額を背に当てていればじんわりとあったかい。
「父上が昼に出た後、すぐに帰る。それまで待てるか」
「……うん」
「午前に調べ上げれば父上も文句はないだろう」
それは堂々と授業をサボると言っているようなものだった。
玉彦の優先順位は、お役目、私、授業らしい。
「出来るの?」
「やるしかあるまい。多少消耗するが、出来ない訳ではない」
「……何をするつもり?」
玉彦が口にした消耗とはお力を行使した時に使われることが多い。
調べるだけなのに消耗するって、おかしくない?
それに出来ない訳じゃないって、今までしなかったってことだよね?
「心配するな。どうということはない」
「いや、答えになってないんだけど」
私の言葉に玉彦は振り向いて、首を傾げた。
ものすごく可愛らしく、胡散臭い笑顔だった。
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