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第十四章 せいばい
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しおりを挟む本来なら当主への無礼を防ぐ為に控えている宗祐さんは、太刀を握ることも無く動きを見せなかった。
止めに入ろうと腰を浮かせた私は、首を横に振る南天さんに肩を掴まれて座り直す。
「この澄彦に手を出すとは、解っておるのだろうな?」
舌なめずりをした澄彦さんは、扇を投げ捨てて次の一手を繰り出していた玉彦の腕を取り、その身体を反転させて畳に叩き付けようとする。
けれど空中に浮いた玉彦は受け身を取りつつ、叩きつけられる前に体勢を立て直す。
「今度という今度はもう許さぬ! 幼き頃から試練だ何だと無理難題を押し付け、山に放置、屋敷に監禁、川に流され、海を漂い! 剰(あまつさ)え此度は比和子をも巻き込んだ!」
「それは面白、いや、お前を鍛える為だ!」
「笑止の至りなり!」
「中々どうして正しき言葉を使う」
澄彦さんは攻撃を躱しながら高笑いをしている。
私はもう、止める気すら起きなかった。
玉彦……。
一体父親にどういう仕打ちを受けていたんだろう……。
澄彦さんのことだから安全面は確保してから、幼い玉彦をいわゆる獅子が子を崖から落とす様にされていたんだろう。
きっと高笑いをしながら、笑顔で蹴り落としていたんだ。
あの、おかっぱの可愛らしい玉彦が困り果てて山を彷徨っていた姿が目に浮かんだ。
目の前で繰り広げられる正武家の親子喧嘩はそれから三十分ほど続いた。
それを止められる力量を持つのは宗祐さんと南天さんくらいだったけど、二人は全く動く気配がない。
「いい加減、諦めろ!」
「まだまだひよっこの息子に負ける訳にはいかん!」
無駄に体力のある二人は勢いが衰えることなく、当主の間を駆けまわる。
朝の修練って、こんなところで役に立つんだなぁと感心する。
稀人二人と香本さんは姿勢を崩して二人の親子喧嘩を見学し、多門は寝転がり、私はもう眠たくなってきた。
「南天さん、もう下がっても良いですかね……」
「比和子さん、それはどうかと……」
困り顔の南天さんは、そう言うだけでやっぱり二人を止めない。
私の浅はかな見立てでもこの親子喧嘩は陽が差しても終わらないと思う。
誰か、どうにかしてよ……。
神様……。
「なんぞ騒がし」
涼やかな声が聞こえたかと思えば、座敷の真ん中で親子喧嘩を繰り広げていた二人が倒れ込んで動かなくなった。
その脇には学生服姿の神様が紅い鉄扇で口元を隠して眉をひそめていた。
「みっ、御倉神!?」
「乙女。すっかり狗臭くなって……。禊を終えたら逢いにくる」
そう言って御倉神は鼻を抓んで消えた。
アイツ、今までどこで何をして……。
呆れながらも私は玉彦に駆け寄った。
すると宗祐さんが気を失っている二人の首筋を確かめて頷くと、澄彦さんを軽々と担いで奥の襖へと運んでいく。
ここで目覚めたら親子喧嘩が再開してしまうので、賢明な判断だった。
「玉彦、玉彦?」
声を掛けても目覚めない玉彦を揺すると、薄らと長い睫毛を震わせた。
頭を振りながら起き上がって、首が痛むのか手で擦っている。
「父上は」
「宗祐さんが連行してったよ」
「そうか……」
悔しそうな玉彦は大きく息を吐き出して、心を落ち着かせている。
残された四人に南天さんが声を掛けて当主の間から退散させると、一緒に出て行く。
私たちも玉彦が自力で歩けるようになってから、部屋へと戻った。
「玉彦? 大丈夫?」
「御倉神め。手加減というものを知らぬのか」
玉彦はブツブツと呟いて、私の部屋の畳に白い着物のまま寝そべっている。
まだ動くには辛いらしい。
「私、ちょっと身体流してくるから」
お風呂セットを抱えて立ち上がると、玉彦が足首を掴んだ。
「なによ」
「……この状態で放って行くのか」
「だってどうしようも出来ないでしょ、私じゃ」
恨めしそうに私を見上げる玉彦は、ばったりと顔を伏せる。
「どれくらいで動けるのよ」
「わからぬ。神の一撃を喰らったのは初めてだ」
「ふーん。ね、一緒に入る?」
「……なんだと」
「お風呂。だってそんなに動けないんじゃ自分で洗うのも大変でしょ。変な事しないって約束するなら明かり消して一緒に入ってあげる」
私が言い終わる前に玉彦は嘘みたいに立ち上がった。
あれだけ辛そうにしていたのに。
もしかして仮病だったのかと思いきや、ふらついて柱に凭れ掛かった。
「ちょっと、無理しないでよ!」
「無理をしてでも入らねばならぬ時もある」
「あんた……。どんだけなのよ……」
肩を貸して二人でお風呂場に辿り着いて、入り口の札を入浴中にする。
玉彦の帯を解いて脱がせれば、澄彦さんとの乱闘の跡が赤くなっていた。
全部脱がせて風呂場へと追い立てて、私もすぐにタオルを巻いて続く。
思いの外、窓から月の明かりが入ってきて真っ暗ではない。
玉彦は約束通り一切私には変なことをせずに大人しくしていた。
二人でゆっくりと湯船に浸かり、窓を開けると雪が降っている夜空を眺めることが出来た。
「もう、冬だね」
「そうだな……」
目を閉じて寛ぐ玉彦は穏やかな顔をしている。
「会えずにいたころ、いつも比和子を思い出す時は夏の風景だった」
「へぇー。思い出してたんだ。お手紙の返事全然くれなかったくせして」
「季節で区切らねば、毎日でも書いてしまうからな」
「毎日でも良かったのに」
「それでは有難味がないだろう」
「そんなことないよ。私、最初無視されてるのかと思ったもん。返事を送っても反応ないし」
「確かにお前の返事は早かったな」
そりゃそうよ。
届いた次の日には返事の手紙はポストに投函されていた。
「でも、もうそれも必要ないね」
「そうだな」
二人で見つめ合って、自然と引き寄せられて唇を重ねる。
もう手紙を送り合うような距離に離れることはない。
「これから幾歳季節が巡っても、共に在るのだな」
「そうだね……」
二人で感慨に耽っていると、お風呂場の明かりがパッと点いた。
驚いて湯船に入ったまま二人で振り向くと、ちょうど入り口のドアが開かれ、腰にタオルを巻いた豹馬くんたち三人が。三人が……。
「何やってんだよ……。明かりも点けずに、こんなとこで」
「……入浴中だと札があったはずだが」
「電気が消えてたから、外し忘れてると思ったんだよ! ふざけんな!」
「それはこちらの台詞だ。出て行け」
「言われなくても解ってる!」
冷静に応酬している玉彦と豹馬くんとは裏腹に、私は窓を見上げて彼らに背中を晒したまま固まっていた。
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