私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第十四章 せいばい

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「と、とんでもない目に遭ったわ……」

 あれからすぐに上がって部屋に戻った私は、お布団に倒れ込んだ。
 玉彦は枕を取りに一旦部屋へと向かっている。
 湯船でしっかりと身体を温めて、大分楽になったようだった。

 明日と明後日は学校祭で潰れた土日の振り替え休日になっている。
 その二日でもっと回復できるだろう。

 うつ伏せのまま伸びをして、私は充実感でいっぱいだった。
 四年ぶりに御倉神が通山の家に現れて、玉彦の赤紐の鈴が鳴らなくなり始まった私の高二の夏休み。
 六隠廻りや美山高校の七不思議に、西の者と呼ばれる清藤との出会い。
 神守の眼が目覚めて、御門森九条という師匠も出来た。
 そして四年も離れていたにも拘らずにずっと想い続けていた玉彦との淡い恋の終わりと、彼の惚稀人として新生活の始まり。
 どうして中学一年生からずっと玉彦に恋い焦がれていたのか。
 あの夏休みはプラトニックな関係で、それからは四季の折々に届くご機嫌伺いの手紙だけ。
 焦らされて待つことに息が詰まりそうになっても、次に逢えば離れることはないと信じて。
 ただ純粋に、玉彦だけを想っていた。
 けれど再会すると、色々な柵(しがらみ)や思惑に振り回され。
 遠くにいてもあれだけ信じあえていたのに、近くにいても遠くに感じることもあった。
 数回私の心は折れかけた。
 思い出すだけでも、まだ心が痛む。

「入るぞ」

 枕を放り投げた玉彦は、うつ伏せになっていた私に覆いかぶさる。

「寝ているのか」

「起きてるよ。ちょっとこの度の反省会を心の中でしてたの」

 耳裏を擽る吐息が微かに震えて、笑っているのがわかった。

「もう終わったか」

「まだ」

 そう答えると、玉彦は隣でゴロリと仰向けになった。
 眠そうに目を擦ってはいるけど、灯りを消せば狼になることを私は知っている。

「玉彦」

「ん?」

「あのさ、あのさ。玉彦はどうして逢えなかった四年間、私を好きだったの?」

「……四年ではない」

「え、四年でしょ?」

 起き上がって間違いを訂正すると、玉彦の耳が真っ赤に火照っている。
 何を考えてそんなことになって。

「違う」

 そう言って私に背を向けるので無理矢理元に戻す。
 玉彦は問い詰める私の頬に手を伸ばした。

「俺は比和子と再会するまで最初に八年待っている。お前は覚えていないと言ったが、俺はずっと覚えていた。あの石段で出逢った比和子のことを。名前も呼び合わずにいたから、再会した時に似ているとは思ったがまさか本人だとは思いもしなかった」

 そうだった。
 私が初めて玉彦と出逢ったのは五歳の時。
 お父さんに連れられて訪れた正武家。
 突然現れた蛇を見て泣いた私に、玉彦は忘れろと言ったのだった。
 それは怖い思いを忘れろと言ったのに、私は馬鹿正直に玉彦のことも鈴白村に来たことですら忘れてしまったのだった。

「今だから話せるが、四年前お前に惹かれ、けれどあの幼き日が忘れられずに苦しんだ。幸か不幸か父上のお蔭で吹っ切れたが」

 澄彦さんがあの話をしなければ、玉彦はもしかしたら小さな私を追い駆けていたかもしれない。

「どこの誰かもわからぬ者を八年想っていた。我ながら執念深い。それがお前と出逢い、確かな存在になり。四年など八年に比べればどうということはない」

「そうだけど……」

「だが待つ必要はなくなった」

 私と同じく身を起こした玉彦は、来いと両腕を広げた。
 迷わずに飛び込み、首に腕を回す。

「もう離さぬ」

「うん」

「だから離れようとするな」

「うん」

「もし比和子がこの腕を擦り抜けても、必ず追って捕まえにゆく」

「ほんと執念深いわね……」

「俺から心変わりしても、それでも離してはやらぬから覚悟をしておけ」

 私は返事をする代わりに、玉彦の両頬を包み込んでキスをした。
 心変わりなんてするはずがないって。
 だってこんなにも愛おしい。
 どんなことがあっても絶対に、一緒にいる。
 私はこの鈴白村で、玉彦と共に生きていく。
 ずっと、ずっと。

 求め合った二人の想いは重なって揺ぎ無い、と私は思っていた。

 けれど。

 数年後に訪れる悲劇に、私の心はぽっきりと折れて砕け散る。
 こんなにも愛おしく想っていた玉彦を捨てて、私は別の愛する者のもとへと奔る。




⇒番外編後、『私と玉彦の正武家奇譚~暗闇の惨禍、或いは讃歌~』へ続く

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