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番外編
きんぎょ
しおりを挟むとある日曜日の小春日。
私と玉彦はお屋敷の庭にある池を覗きこんでいた。
毎朝この池に住む金魚たちに餌をあげるのは私だ。
魚である金魚が果たして人間の顔を認識しているのか不思議ではあるけれど、この池の金魚たちは私が姿を見せると寄ってくるようにまで懐いてくれた。
「てっきり南天が世話をしているものだと思っていたが」
「夏から私がお世話してたんだよ。南天さんにお願いして」
編入勉強の合間にこの金魚たちをバケツに入れ替え、池の水を抜き、ブラシで苔生した石を擦ってお掃除だってしていたのだ。
なので金魚たちが何匹いるのか私は把握していたのだけど、最近になって金魚が『増えた』。
南天さんに新しい金魚を買ったのかと聞いても首を捻って否定するし、こうして玉彦を池に連れて来て新しい紅色の金魚を指差しても、池の金魚の数など十匹以上は知らんと言い切る。
何とも無責任な母屋の主である。
そもそもこの池が出来た理由は小学生の玉彦がお祭りへ行く度に金魚すくいで手に入れて来るものだから、お屋敷が金魚鉢だらけになることを危惧した澄彦さんが既に合った池を金魚用に変えさせたのだ。と宗祐さんが教えてくれた。
小学生の時に掬い上げた金魚がいまだにこの池で生き続けていることにもびっくりだけど。
「じゃあ一体、どうやってこの金魚ちゃんはこの池に来たのよ」
「……空を泳いできたのだろう」
「金魚って空飛ぶの?」
「……たぶん、違うな」
「あんた、投げ遣りな答えをして心が痛まないわけ?」
「……」
「あー、この金魚はどこから来たのかなぁ」
池の泳ぐ金魚たちは新しい仲間を普通に受け入れていて、喧嘩もしていないようだから問題は無いのだけど、どうしても私は気になった。
そもそもこの正武家のお屋敷、しかも母屋のこの池まで足を踏み入れられる人物は限られている。
玉彦側の母屋に住む、玉彦と南天さんと私はシロだ。
あとは澄彦さんと宗祐さん。
離れ方面で言えば松竹梅と香本さん。
時々豹馬くんと須藤くん。
思い当たるのは八人。
私がそう玉彦に言えば、途端に無表情になって立ちあがる。
「え、玉彦?」
「その中でこういうことを仕出かす人間はただ一人しかおらぬ。絶対に父上だ」
「なんだって澄彦さんが池に金魚なんて」
「それは本人に問いただすのが一番話が早い。行くぞ」
玉彦に手を引かれて庭を歩く。
産土神の社の前を通り、澄彦さん側の母屋の庭へと抜けると、丁度澄彦さんも庭に出てい
て大きく腕を伸ばして背伸びをしていた。
今日は日曜日だけれど終日お役目の予定は無くて、澄彦さんも玉彦もゆっくりと過ごせるお休みだった。
庭の片隅に現れた私たちに目を止めた澄彦さんはニコリと笑って腕を組む。
私も釣られてニコリと笑ってみた。
そこに大した意味は無い。
澄彦さんはきっと私たちが本殿へと行く途中に庭へ立ち寄ったくらいにしか思っていなかったのだろう。
すぐに背を向けて縁側に腰掛けたので、玉彦と私は澄彦さんの元へと歩み寄る。
「ん? どうしたんだい。二人揃って」
袖から煙草を取り出して火をつけ、澄彦さんは煙を燻らせる。
澄彦さんにどうしたと聞かれても、なにから話せば良いものかと考えていると玉彦がただ一言、金魚。とだけ口にする。
途端に澄彦さんは気まずそうに顔を背けて、煙草を口に咥え直した。
あからさまに怪しい雰囲気の澄彦さんに、私たちは犯人は澄彦さんだと確信した。
「どうしてこちらの池に金魚を入れたんですか?」
私が質問すると澄彦さんは胡散臭く微笑んだ。
「僕には何のことやらさっぱりだよ?」
「父上」
「だから知らないと言っているだろう。あ、お腹が痛くなってきた。閑所へ行く」
澄彦さんはまだ長い煙草を灰皿に押し付けると、早々に立ち上がって部屋の中へと姿を消す。
残された私は隣の玉彦の長着の袖を引っ張った。
「閑所ってどこ?」
「トイレだ」
「そう……。さすがにトイレにまで追っかけて行くわけにはいかないよね。ここで待ってる?」
「いや、待っていても戻らぬだろう。帰るぞ」
そうして再び母屋へと戻れば、今度は南天さんが池を覗きこんでいた。
どうやら私が言っていたことが気になって、お屋敷のお仕事に一段落をつけてから様子を見に来てくれたらしい。
「南天さーん」
「おや、比和子さん。玉彦様も。どちらへ?」
「犯人のところへと問い質しに行ったのだが逃げられた」
玉彦の色んな物事をすっ飛ばした簡潔な説明をすぐに理解した南天さんは、池を眺めながらポリポリと人差し指で頬を掻く。
「犯人は澄彦様ではないですよ。ただし原因は澄彦様と光一朗さんです」
「へ?」
思いがけないところでお父さんの名前が出て来て、私は間の抜けた声を上げてしまった。
だって澄彦さんはともかくとして、私のお父さんは今、ここからかなり離れた通山市の家にいるはずだ。
しかも犯人と原因が違うってどういうことなんだろう。
「道彦爺さまの時代からか」
「左様でございます」
「いつまでだ」
「一応道彦様がお亡くなりになるまでと私は記憶しておりましたが、どうやら今回このようなことになったということは違ったのかもしれません」
事情が飲み込めたらしい玉彦は、南天さんと共に再び池を眺め出した。
すっかり置いてけぼりの私も一緒になって眺めるけど、待てど暮らせど玉彦が私に説明をしてくれないので肘で軽くわき腹を突いた。
すると玉彦はようやく口を開いた。
「道彦爺さまは俺が小学二年生の時分に亡くなられた。それから俺はこちら側の母屋へと移った」
次代を名乗るようになると母屋が与えられるという流れだ。
それは当主が亡くなった場合ということだった。
玉彦は五歳でお母さんと離れ、小学二年生でお祖父ちゃんを亡くしたんだ。
親戚の話は聞いたことがなかったから、身内が澄彦さんだけになって寂しかっただろう。
「爺さまは毎年俺を連れて夏祭りに繰り出した。そこで自ら金魚すくいに挑み、毎年一匹だけ屋敷の池に放していた」
「え? それは玉彦が一杯掬って来たからじゃないの?」
「話は最後まで聞くものだ、と昔誰かに言われた気がする」
玉彦の冷ややかな視線を受けて、私は口を噤んだ。
誰かにって、その台詞を玉彦に言ったのは、ここに居る私だった。
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