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番外編
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しおりを挟む「お二方。場が整いました」
ようやく南天が屋敷に戻り、声掛けの後、当主の間へと移動する。
道すがら、不穏なものは感じず、今夜の役目は大したことは無いだろうな、と当主が呟く。
ならば何故、南天がこうも浮足立っているのか。
ここ数年、このような南天の様子は見たことがない。
「来客は既にお通ししております」
南天の説明に自分も当主も奥の襖の前で歩みが止まる。
通常、正武家家人が間に落ち着いたのち、来客が通される。
当主の間へと入るに値する人間であれば中へと促し、値しないのであれば中へ入れない。
その判断は間の主に委ねられている。
よって当主の判断無く、間へと来客を通した南天へ不快感を露わにした当主の黒扇が肩へと打ち据えられた。
ピシリと音を立てて止まった黒扇は、しなり折れそうになっている。
「南天。もし中の者が不逞の輩であった場合、覚悟は出来ておるのだろうな。如何に御門森の稀人と言えど許さぬぞ?」
「承知しております。中に居られる方は決してその様な者ではございません」
「そうか。お前が認めるほどの人物が如何程か、見定めることとしよう。事と次第に依っては稀人を罷免するぞ」
黙礼する南天の横を通り過ぎ、当主に続き間に入れば、座敷には女性が既に低頭していた。
射干玉の様に美しい黒髪を纏めず、畳の紋縁に触れさせて微動だにしない。
到底正武家の当主に面会しに来たとは思えない軽装の女性はまだ若いようだった。
流れ落ちる黒髪に遮られ、こちらからは横顔が思うように見られない。
しかしどことなく。
駆け寄り、身を起こさせ、その顔を上げさせたく思う。
当主の二度の声掛けにようやく面持を上げたその姿に、冗談ではなく呼吸が止まった。
「どうして、比和子か……?」
思わず身を乗り出すと、南天が肩を押し留めた。
顔を背け、笑いを堪えていた。
確かに、比和子であれば無条件で当主次代を呼び出し、当主の間へと足を踏み入れることは許される。
惚稀人である彼女は、その存在だけでも正武家家人を惹きつけて止まない。
それから話は父の母屋へと場を移すこととなり、一旦間を後にする。
再会した彼女に声を掛けたが、想像以上に成長していた。
仕草も話し方も見た目も。
眩暈を感じつつ、宗祐が準備をしていた台所へと顔を出せば、何食わぬ顔で南天も手伝っていた。
二の腕を掴み、無言で睨むと気まずそうに笑みを浮かべる。
「なぜ、すぐに比和子が来ると知らせなかった」
「お二方に知らせてはならぬと御倉神さまに言われましたもので。申し訳ございません」
「なにゆえアイツが」
「さぁ、私には解りかねますが、どうやら小百合さんを追い出したいが為に通山の比和子さんのお宅へと出向かれたようです」
神とは、こうも暇なのか!
「比和子さんも大変ご心配されていたようです。鈴が返事をしてくれないとおっしゃってました」
「うむ。その辺りについては後ほど比和子と話し合う。しかし……。心の準備というものが自分にも必要であったとは思わなかった」
ポツリと呟けば南天が愉快そうに笑って背を押した。
先に父の座敷へと行き、二人で比和子の再登場を待つ。
それから遅れてきた彼女を交え、歓迎の宴が始まる。
比和子を泣かせてしまった事を申し訳なく思いつつ、部屋へ誘えば彼女の手が遠慮がちに触れる。
再びこうしてまた手を取ることが出来る喜びに胸が躍る。
部屋の縁側にて彼女の話に耳を傾け、一生懸命な様子の愛らしさに、真っ直ぐに見つめられない。
この調子ではいけないと意を決して隣を見れば、彼女はこちらの肩に頭を預け舟を漕いでいた。
一応、俺は男だ。
なのになぜこうも無防備に眠ることが出来るのか。
深い溜息と共に笑みが零れる。
安心してくれているのだろう。
慣れない長距離の移動で疲れたのだろう。
心配をして気疲れもあったのだろう。
起こさぬように強く抱き寄せれば、華奢な身体に驚く。
あまり力を込めると折れてしまうのではないだろうか。
抱き抱え持ち上げても、体重をあまり感じない。
肉付きは悪いようには見えないが、女性とはこうしたものなのだろうか……。
ゆっくりと最大限優しく布団に降ろし、髪を梳く。
今宵は共にこの部屋で。
あと数日は鈴白に居てくれることだろう。
「数日と言わずに、ずっとこの地で共に生きてはくれぬか……」
頬を撫でれば、その手を無意識に比和子が握り締めた。
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