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番外編
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しおりを挟む着替えを済ませ、部屋の明かりを消し、機嫌が悪いであろう当主の元へと参じることとする。
宥めておかねば役目の場でどのような無理難題を吹っかけるか心配である。
母屋を抜け、当主の私室へ向かえば、宗祐に文句を述べている声が徐々に近づく。
「父上」
襖を開けた室内には、既に着替え終わった当主が胡坐を掻き、不貞腐れていた。
何とも分かり易い機嫌の悪さに、もう何も言う気にもならない。
「来たか次代。もうさ、夜だからお前に全部任せても良いよな?」
「下知とあらば。しかし南天は当主次代揃ってと言っていたが」
「そこなんだよな! おかしいよな! 僕とお前、二人を呼び出すって相当な奴だろ。しかも南天が断れなかったんだぞ。御門森の九条が乗り込んでくる訳じゃないよな!?」
「……九条が乗り込んでくる意味が解らぬ」
呆れて言うと側仕えをしていた宗祐が、九条は既にこの時間は寝ていると答えた。
「とにかくさっさと終わらせて晩酌するぞ。明日から夏休みだから、今夜は付き合え」
「断る。未成年だ」
「あーぁ。比和子ちゃんだったら絶対に付き合ってくれるのに」
不意に父から彼女の名が出て身体が強張る。
その反応を楽し気に眺めている顔を踏みつけたい。
「夏休みを迎える度に比和子ちゃんが来てくれないかと思うけど、どうして呼ばないんだ」
「比和子には比和子の生活がある。こちらの身勝手な要求をするわけにはいかぬ」
「でもさすがに今回は来てもらった方が良かったんじゃないのか。小百合さん、この調子だとずっと居座るぞ?」
「好きにさせておけば良い。俺は絶対に比和子以外は娶らぬ」
「だったら尚のこと、惚稀人である比和子ちゃんを呼べよ。それで全て収まるじゃないか。父はな、玉彦よ。この正武家の屋敷に華が欲しいと常日頃思っているが、それは百合の花ではない。光一朗産の比和子ちゃんという元気いっぱいの、物怖じせず遠慮なくお前に頭突きをかます愛らしい華なんだよ、欲しいのは!」
畳に拳を叩きつけ語るこの男は、何を言っているのか。
自分の都合の為に彼女を巻き込みたくないと考える息子の気持ちを慮ることはできないものか。
「正直、お前は比和子ちゃんを見す見す逃すつもりでいるのか?」
「戯言を。比和子の気持ち次第だが、次に逢えたとき、どうするのか答えは自ずと出る」
「で、好きな人出来たからお前はいらないと言われたら、どうするんだ」
「そっ、それは比和子の幸せを考え身を引くしかないだろう」
自分で言って、目の前が真っ暗になるのを感じた。
彼女の意思は最大限尊重する。
たとえ惚稀人だったとしても契りを交わしていない以上、束縛することはできない。
いや、束縛はしてはならない、のか。
彼女の心を縛ることをしてしまえば、今度こそ自分はきっと許しては貰えないだろう。
「そこは、身を引かないでくれ。何が何でも自分の物にしろよ。不甲斐ないな」
「しかし比和子の気持ちは」
「あのな。相手の気持ちを考えるのは確かに大切なことだ。けれど自分の気持ちを押し殺すことはしてはならない。一つ忠告しておくが、もしこの先比和子ちゃんの心がお前から離れることがあるとすれば、それはお前が不甲斐ないからだぞ」
「なんだと?」
「たとえ相手が何者であっても、絶対に比和子ちゃんを手離すことはこの澄彦が許さん」
「言われるまでもない。次に再会した際には必ず比和子と……想いを確かめ合う」
「……お前、もう十七だよな?」
「そうだ」
「その発言は小学生にでもできるぞ。正武家としては数えで十四を越えれば大人だ。さっさと契りを交わしてしまえ。でも無理矢理は駄目だからな。それだけは駄目だ。あぁどうして僕の息子なのにこんなに奥手に育ってしまったんだ……」
大袈裟に頭を抱え込んだ父に冷ややかな視線を投げかける。
それにしても今日はやけに彼女を連想させる出来事が多い。
数日前からざわざわと胸が落ち着かない。
何事かが五村に迫っているとかの方たちの意志が知らせているのだろうか。
もしかすると彼女の身が危険に晒されているのだろうか。
胸元に手を当て、そこに在るべきはずの鈴がないことが悔やまれる。
せめて一振り。
彼女が応えてくれさえすれば。
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