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番外編
一日千秋~玉彦視点。六隠廻り最初の頃のお話です。
しおりを挟む十畳の私室。
本棚に整然と並ぶ本の奥には、自分以外は知らない大切な箱がある。
彼女を連想させる夏の青空の色をさせた箱を開けば、可愛らしい色とりどりの封筒が目に飛び込んでくる。
数か月に一度、彼女からの便りを最初のものから読み直す。
自分に相応しくなると言ってくれた彼女は、その言葉に違わず、努力を重ね昨年は希望の志望校に合格をしていた。
南天に聞けば通山市にある国明館高校と云うところは、市内でもそれなりのレベルに在るようだった。
進学校だと聞き、彼女に逢えるのはまだ先になりそうだと少々残念に思う。
そう思い、ふと考える。
果たして彼女は再び、自分の前に現れてくれるのだろうか。と。
四年前に拙い約束を交わし、こうして便りは来るけれど、人の心は移ろうもの。
これから先、彼女が出逢う人々の中に心を揺さぶられる相手が現れるかもしれない。
……考えても詮の無いことだ。
この地に縛られる自分に、飛び立つ鳥は引き止められない。
そのあとを追うことすら出来ない自分に出来ることと言えば、何もない。
深く溜息を吐き、椅子に腰かけると、机上に飾られている写真が恨めしい。
あの夏。
彼女が帰ってしまうときに、ようやく一枚だけ共に写せた。
父と南天の携帯電話を壊し、三郎爺の家にあった古いカメラでようやく撮れた一枚。
並び立ち、背後では柔らかな手を握った。
離したくないと何度も思い、それでも離れていった手を追い掛けることはできなかった。
勝気にこちらを見て微笑む彼女は、今頃どのような成長を遂げているのか。
あれから一度だけ、彼女の姿を垣間見たことがある。
彼女の父から親友である自分の父に送られてきた画像の中に彼女はいた。
けれど自分が手にした瞬間、スッと画面が暗くなり終わってしまった。
この時ほど己の身体に流れる正武家の血を疎ましく感じたことは無い。
箱の中から一番新しい便りを開く。
春。
高校二年生に無事に進級できたと報告があった。
アルバイトに精を出し、部活には入ってはいないそうだ。
親友の小町と守とは腐れ縁が続いているそうで何よりだ。
それよりも時々便りに出てくる、高田くんとやらが気に掛かる。
奴は彼女と同じ中学の出身で、生徒会で仲良くなり、高校までも一緒である。
昨年の秋の便りには席が隣同士になったともあった。
彼女はあっけらかんとしているが、気に掛かる。
さて、夏の便りはなにを書こうか。
とりあえず息災であることは伝えなければならない。
それから豹馬や須藤にも変わりが無いこと。
ついでに父上のことでも書いてやるか。
弓場に関しては個人的にやり取りをしているだろうから、敢えて記すことは無いだろう。
そして筆が止まる。
書き連ねたいことは沢山ある。
それこそ便箋何十枚にもなるだろう。
けれど受け取った彼女が重荷に感じてはならない。
彼女には彼女の選択肢があり、約束に縛られてはならないのだから。
そう考えて当たり障りの無いことをあっさりと記し、封筒に収める。
たった一枚。
礼儀としてもう一枚白紙のものも収める。
これは返事の為のものであるという意味や、色々と伝えたいこともあるが取り急ぎ一枚にて送るという意味合いがある。
彼女の中で後者だと理解し、そこに何を書きたかったのか想いを馳せて欲しいと思うのは独り善がりな考えだろう。
封をして立ち上がる。
そして縁側に面した障子を開け放つ。
猫の鋭い爪のような月が浮かんでいた。
これからあの月は段々と肥えてゆく。
彼女も月を見上げることはあるだろうか。
今このとき、同じ月を眺めているだろうか。
「玉彦様」
柄にもなく物思いに耽っていれば、襖の向こうより南天の声掛けがあった。
壁時計を確認すると、既にもう二十一時を回っている。
今宵は役目の予定もなく、南天が声掛けする理由は思い当たらない。
襖を開け見下ろす。
低頭したままの南天は二十二時に来客があると告げた。
翌日では駄目なのかと聞けば、火急の用件で先方はどうしても今夜でなければならないと押し通したようである。
しかし南天に対し、己の都合を押し通せる人物となれば限られていた。
「豊綱か」
「いいえ。違います」
「では、誰か」
「それは……。申し訳ございません。私も先ほど連絡を受け、どなたが参られるのか把握していないのです」
誰が来るのか解らない。
それはどこぞの組織から担当が来るということなのだろう。
「相分かった。父上は出られるのか」
「はい。先ほどお伝えに上がりました」
「不平を言っていたであろう?」
曖昧に笑った南天はこれから出迎えに行かなくてはならないと早々に場を立ち去った。
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