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第六章
エルフの姫と収穫祭 6
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すると、ツェッペリン三世は玉座にかけるどころか階段を下りてアキラの前まで歩み寄った。相手は武装すらしておらず、衛兵は壁沿いにずらりと並ぶのみ。無防備と言ってしまえばそれまでだが、その国王としての威厳と立ち居振る舞いはアキラを戦慄させるのに充分だった。
「な……」
「エルフ。それは我らサーパスには耐え難き過酷な自然とともにあり、精霊にも近い温厚な心を持ち、農業や狩猟などで生きる糧を得、自然に強く干渉することができる魔法の行使に長けた種族。それが、商売として錬金術を修め、戦う術として武器を携えリヒトホーフェン方伯に師事し、敵意を向けられれば迷いなく斬り捨てる、サーパス、それも歴戦の武人の如き立ち居振る舞い。記憶喪失の然らしめしこととは言え、エルフの所業とは到底思えん」
「……陛下。それは、どういう、ことでしょうか……?」
ツェッペリン三世がアキラを見つめるその両眼は、見つめると言うよりはその心の奥底を見透かす、暴く、射貫く、それらに近い。ここまで視線だけで距離を詰められたことのないアキラは、この世界に転生して初めて息を震わせるほどの恐怖を感じた。
だが、ツェッペリン三世はいたずら好きの少年のような笑みでアキラに返した。
「吾輩の目的はふたつある。ひとつは来週の収穫祭の開催を楽しみにしていただくとして、もうひとつは会ってもらいたい一族がある。それが貴君の出自につながるか否かは定かではないが、その一族と邂逅し、彼らが抱える問題と向き合ってくれるのであれば、それ相応の褒章を用意しよう」
その夜。
王都のメインストリートに面する、そして当然王都最上の温泉旅館『黄金の砦』。
もともとは『飲めない泉』として広い土地ごと隔絶されていた場所がヤマト人の目利きによって『魔法に頼らず傷を癒す天然のポーション風呂である=その価値は黄金にも匹敵する』と言われ、以降は接客やサービスのみならず国内唯一の温泉旅館として人気を誇る。貴族や金持ちに人気の施設ではあるが、王族が自分たちや賓客のために常に一部屋開けている。
当然、温泉大国たる日本で生まれ育った河上明としての前世を持つアキラが興奮しないはずがない。
「うわあああ! 温泉だよ温泉! これが興奮せずにいられますかっての!」
「成る程、記憶喪失になっても温泉の良さは体が覚えているということか」
日本の温泉旅館との大きな違いは、水着を着用しての混浴であるということ。しかもその水着と言うのも、男女ともに露出の多くないロングパンツタイプとワンピースタイプである。
「お父様! このお風呂、とてもいい香りがするのです! クラリスは早く入りたいのです! あうっ!? すっ、滑るのです!?」
「はしゃぐんじゃない、クラリス」
「あー、温泉によっては『ぬめり』があるんですよね。走ると滑りますけど、これが肌にいいんですよ。潤いを保ち、傷や打ち身を癒す、そんな効果を持つのが温泉なんです。もちろんすべての温泉にそういう効能があるわけではありません。冷え性や肩こり、つまり体の故障にいい温泉もあるんです。というわけで、クラリス閣下はわたしと一緒に入りましょうねー?」
アキラとエリックたちは体を流して温泉で癒される。女性従業員が温泉に浸かりながらのグルメはどうかとメニューを持ち、アキラは『グラーシュ(牛肉のシチュー)』注文し、エリックたちも思い思いのスープや酒を注文する。温泉の中で溺れないよう、アルコール度数はいずれも低めだ。
アキラがグラーシュを味わっているところに、エリックが隣に腰かけた。彼の飲み物はヒノキ製樽型ジョッキに入った発砲金麦酒で、「これで飲むと香りが更に立つらしいぞ?」とのこと。酒に弱い体のアキラは、エールを勧められても全力で遠慮した。
「王都の温泉はお気に召したようだな。吾輩も今日が人生二度目だが、やはり温泉はいいものだし、滅多に予約できないから余計に味わい深い」
「はい。王様のお誘いに応じてよかったです。癒されるのもありますけど、この美肌効果を錬金術で再現できないかなーとも思うんですよね」
「さすがは錬金術師、研究熱心だ。ところで、陛下がおっしゃっておられたな。きみの出自が分かるかもしれないと」
「……ええ。それなんですけど、別に分からなくてもいいかなって。それに、王様が明日わたしに合わせたい人が記憶喪失前のわたしの存在を知るエルフだったら、きっとわたしは申し訳ないことをします」
「申し訳ない? そうか、きみは何も覚えていないから」
「はい。だからまあ、わたしの出自なんかよりも会ってほしい人たちが抱えている問題と言うものにきちんと誠実に向き合えれば。今は、ただそれだけですね」
そしてアキラもエリックたちも、温泉とスープと王都の夜を味わう。
空を見上げれば、無数の石英を散りばめ真珠を添えたかのような美しい夜空があまねく広がっている。アキラの目に映る夜空は、どこまでも彼女に優しく微笑んでいた。
「な……」
「エルフ。それは我らサーパスには耐え難き過酷な自然とともにあり、精霊にも近い温厚な心を持ち、農業や狩猟などで生きる糧を得、自然に強く干渉することができる魔法の行使に長けた種族。それが、商売として錬金術を修め、戦う術として武器を携えリヒトホーフェン方伯に師事し、敵意を向けられれば迷いなく斬り捨てる、サーパス、それも歴戦の武人の如き立ち居振る舞い。記憶喪失の然らしめしこととは言え、エルフの所業とは到底思えん」
「……陛下。それは、どういう、ことでしょうか……?」
ツェッペリン三世がアキラを見つめるその両眼は、見つめると言うよりはその心の奥底を見透かす、暴く、射貫く、それらに近い。ここまで視線だけで距離を詰められたことのないアキラは、この世界に転生して初めて息を震わせるほどの恐怖を感じた。
だが、ツェッペリン三世はいたずら好きの少年のような笑みでアキラに返した。
「吾輩の目的はふたつある。ひとつは来週の収穫祭の開催を楽しみにしていただくとして、もうひとつは会ってもらいたい一族がある。それが貴君の出自につながるか否かは定かではないが、その一族と邂逅し、彼らが抱える問題と向き合ってくれるのであれば、それ相応の褒章を用意しよう」
その夜。
王都のメインストリートに面する、そして当然王都最上の温泉旅館『黄金の砦』。
もともとは『飲めない泉』として広い土地ごと隔絶されていた場所がヤマト人の目利きによって『魔法に頼らず傷を癒す天然のポーション風呂である=その価値は黄金にも匹敵する』と言われ、以降は接客やサービスのみならず国内唯一の温泉旅館として人気を誇る。貴族や金持ちに人気の施設ではあるが、王族が自分たちや賓客のために常に一部屋開けている。
当然、温泉大国たる日本で生まれ育った河上明としての前世を持つアキラが興奮しないはずがない。
「うわあああ! 温泉だよ温泉! これが興奮せずにいられますかっての!」
「成る程、記憶喪失になっても温泉の良さは体が覚えているということか」
日本の温泉旅館との大きな違いは、水着を着用しての混浴であるということ。しかもその水着と言うのも、男女ともに露出の多くないロングパンツタイプとワンピースタイプである。
「お父様! このお風呂、とてもいい香りがするのです! クラリスは早く入りたいのです! あうっ!? すっ、滑るのです!?」
「はしゃぐんじゃない、クラリス」
「あー、温泉によっては『ぬめり』があるんですよね。走ると滑りますけど、これが肌にいいんですよ。潤いを保ち、傷や打ち身を癒す、そんな効果を持つのが温泉なんです。もちろんすべての温泉にそういう効能があるわけではありません。冷え性や肩こり、つまり体の故障にいい温泉もあるんです。というわけで、クラリス閣下はわたしと一緒に入りましょうねー?」
アキラとエリックたちは体を流して温泉で癒される。女性従業員が温泉に浸かりながらのグルメはどうかとメニューを持ち、アキラは『グラーシュ(牛肉のシチュー)』注文し、エリックたちも思い思いのスープや酒を注文する。温泉の中で溺れないよう、アルコール度数はいずれも低めだ。
アキラがグラーシュを味わっているところに、エリックが隣に腰かけた。彼の飲み物はヒノキ製樽型ジョッキに入った発砲金麦酒で、「これで飲むと香りが更に立つらしいぞ?」とのこと。酒に弱い体のアキラは、エールを勧められても全力で遠慮した。
「王都の温泉はお気に召したようだな。吾輩も今日が人生二度目だが、やはり温泉はいいものだし、滅多に予約できないから余計に味わい深い」
「はい。王様のお誘いに応じてよかったです。癒されるのもありますけど、この美肌効果を錬金術で再現できないかなーとも思うんですよね」
「さすがは錬金術師、研究熱心だ。ところで、陛下がおっしゃっておられたな。きみの出自が分かるかもしれないと」
「……ええ。それなんですけど、別に分からなくてもいいかなって。それに、王様が明日わたしに合わせたい人が記憶喪失前のわたしの存在を知るエルフだったら、きっとわたしは申し訳ないことをします」
「申し訳ない? そうか、きみは何も覚えていないから」
「はい。だからまあ、わたしの出自なんかよりも会ってほしい人たちが抱えている問題と言うものにきちんと誠実に向き合えれば。今は、ただそれだけですね」
そしてアキラもエリックたちも、温泉とスープと王都の夜を味わう。
空を見上げれば、無数の石英を散りばめ真珠を添えたかのような美しい夜空があまねく広がっている。アキラの目に映る夜空は、どこまでも彼女に優しく微笑んでいた。
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