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第1章 幼少期

3話 王子と別れ

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 とうとうこの日が来てしまった。

 悲しい気持ちで鳥かごを見つめる。中には青い小鳥が一羽。籠の中に設置した止まり木に飛び移ったり地面を跳ねて歩いたり元気いっぱいである。



 最初に馬医を訪ねてから数日。
 順調に回復していくぴぃちゃんをみて、私と弟妹は焦った。ぴぃちゃんが元気だと馬医に知れてしまったら森に返さないといけない。私たちは結託して馬医のもとへはぴぃちゃんのご飯だけもらいに行き、ぴぃちゃん本人には会わせないようにしていた。

 ただ、子供の考えなど父と母にはお見通しだったようだ。何度かぴぃちゃんの様子を見に来ていた父が突然馬医を連れて私の部屋へやって来た時は3人で大慌てだ。ぴぃちゃんの籠を背中に隠すように並んで立って馬医を追い返そうとしたが、父がぴしゃりと「見せなさい」と一言いい私たちは撃沈、敢え無くぴぃちゃんを明け渡すことになる。
 馬医はしばらく小鳥を眺めると「こりゃ治ってますな。もうすっかり元気ですよ」とあっさり完治の判断をだしたのだった。


 つまり、ぴぃちゃんは森に返さなければいけないということで、完治の判断が出た日の夜、父と母から晴れた日の朝に森に放つように言われている。


 それが今日だ。完全に晴れ。雲一つない夏の青空である。


 普段なら気持ちがいい朝日をくれる空を睨むが、何も状況は変わらない。
早朝から部屋に突撃してきた弟も妹も、何も話さず私のベッドでごろごろしている。たまに聞こえる鼻をすする音は、たぶんエルウィンだ。

 ぴぃちゃんだけがご機嫌にぴよぴよ歌っていて、私たち兄弟の事なんて全然気にしていないように感じてさらに悲しくなった。



 どんよりとした気持ちでぴぃちゃんを眺めていると、開け放たれたドアをノックする音がして、ネオニールが部屋に入ってきた。
 父と母が大広間で待っているらしい。籠を抱えて別れの準備をする。部屋の入口で待っていたネオニールはとぼとぼと近寄ってきた弟と妹の頭をそっと撫でた。


「ぴぃちゃんが元気になったのです。笑顔で見送りませんと」


 言われた途端、エルウィンがネオニールに抱き着き、彼のお腹に顔をうずめて泣き始めた。アイニェンもネオニールの手を握って泣きだす。仕方ありませんねぇ、そういってネオニールは2人を抱き上げた。

 私だって泣いて良いのなら、大声で泣いてしまいたかった。泣いてぴぃちゃんがずっとここにいて良くなるなら、そう思いながら籠をぎゅっと抱きしめる。涙が出そうなのを必死でこらえる私を見てネオニールは何か言いかけ、気遣うように眉を下げて言う。
 ネオニールの腕が兄弟たちで埋まっていて良かった。きっと、今頭を撫でられたら泣いてしまっていた。


「さぁ、行きましょう、王子」
「……うん」


 城の大広間にあるテラスまで行くと、父と母、トレバー先生に馬医が待っていた。
テラスは半円の形で湖を望むように作られていて、ぴぃちゃんを拾った裏庭もすぐそこに見える。
 父と母がネオニールに抱っこされた2人を見て困ったように笑った。


「あらネオニール、2人も抱えて、ごめんなさいね」
「いえ、軽いものですよ。それに別れは辛いものでしょうから」


 ネオニールは2人に「ほら、ご自分でお立ちなさい」と声をかけたが2人ともぐりぐりと額をネオニールの肩に擦り付けてより強くしがみつく。仕方なしに彼は「よいしょ」と言って2人を抱えなおした。


「随分と可愛がっておられましたからなぁ」
「あなたから必死に小鳥を隠そうとしていたと聞きましたよ」
「ええ、気持ちはわかるんですがの、わしは避けられとるようで寂しかったですわい、ほほほ」
「あはは、役"損"というやつですね」


 馬医とトレバー先生は朗らかに話している。確かに、馬医のおじいさんには悪いことをしてしまった。あとできちんと謝らなければと心に留め置く。

 黙って立っていた父がふいに私に近づき、しゃがんで私の肩に手を置いた。力強くつかまれ、うつむいていた顔を父に向ける。私とおそろいの緑色の目が私を見つめている。


「レンドウィル、お別れをいう時間だ」
「はい……ぐす」
「悲しむことはない、ぴぃちゃんはこの森に住む。いつでも我々森のエルフと一緒だ」
「で、でも、ぐす、もう会え、ません」


 なんとか堪えていた涙は話した途端に溢れて止められなくなる。


「ちちうえ、ぴぃちゃ、ひっく、ずっと、ここに、ぐす、」


 ずっと籠の中で、そう父にお願いしようしたところで、ぴぃぴぃと小鳥の声が聞こえた。手の中からではなくて、もっと遠くから。私は森の方を見つめる。父も私の肩から手を離して同じ方向をみた。


「あ、」


 青い小鳥が2羽、森からこちらに向かって飛んできていた。小さい体でもあっという間に私たちの近くまでやってくる。

 降り立つでも、飛び去るわけでもなくでも私たちの頭の上を飛び回って、まるでこちらを観察しているようだった。
籠の中のぴぃちゃんが元気に鳴いた。籠に目線を落とすと、ぴぃちゃんは上を見ながら飛ぼうと羽をばたつかせていた。

 "鳥は自由だから鳥なんだ"
 ふと、森で拾ったときの弟の言葉を思い出した。


「……自由にしてあげなきゃ」


 弟と妹の泣き声がスッと聞こえなくなって、考えるより先に手が動いていた。籠の蓋をあけて、ぴぃちゃんをそっと掴む。空に向かってできるだけ高く手を伸ばし、そして放す。

 ぴぃちゃんは大きく羽を羽ばたかせて一直線に2羽の小鳥に向かって飛んでいき、再会を喜ぶようにくるくると回る。そのうち3羽のうちのどれがぴぃちゃんだったのかも分からなくなって、ただただ3羽を見つめる。
 再開の挨拶か終わったのか、しばらくすると3羽は急降下して私たち家族の周りを一周し、そのまま裏庭の森の方へ飛んで行った。


「ぴぃちゃんバイバーーーイ!」


 エルウィンとアイニェンの叫ぶような声で我に返る。さっきまでネオニールに抱えられて泣いていたはずの2人はいつの間にかテラスの端で小鳥たちに向けて手を振っていた。

 横に立っていた父が私の頭をなでる。


「立派だったぞ、レンドウィル」


 父の言葉に何も返すことができず、テラスの端まで走る。手摺から身を乗り出して森に帰っていく3羽の姿が見えなくなるまで見つめていた。
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