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第1章 幼少期

23話 王子と悪友のお披露目会

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 お披露目当日。私は兄弟たちと一緒に半年前と同じ大広間に集まった。前は家族とネオニールとトレバー先生くらいしかいなかったけど、今日は見張り・護衛のそれぞれの隊長と兵たちが数人、大工や庭師の元締めなど国と取引のある人物も大勢呼ばれている。エルウィンもアイニェンも正装を着て少し緊張気味だ。
 ジハナの両親はここにはいない。きっと先にジハナに会っているのだろう。


 皆好きに雑談していて、大広間に用意された軽食はあまり手を付けられていない。両親もネオニールも代わる代わる挨拶に来る人の対応で忙しそうだ。
 和やかな雰囲気の中、しばらくして父が声を上げる。


「皆、今日はよく来てくれた。早いもので息子のレンドウィルももう25になって、少し早いが側近をつけることにした。レンドウィルの良き友であり、皆が知っている通り悪戯好きだが明るく利発な子供だ。ジハナ、入りなさい」


 父の一言で大広間の扉が開き、白いローブに青い布を身に着けたジハナがゆっくりと歩いてきた。初めて顔合わせした時と同じ金細工を髪や手首に着けている。しっかりと前を向いて歩く姿は自信にあふれていて前のジハナとは別人のようだった。ほう、と感嘆のため息があちこちから聞こえた。

 ジハナが父の前に跪いて頭を下げる。さらりと銀髪が肩を滑って下に落ちた。アルエットの執念が見える変化だった。


「金細工師ヴァーデンの息子、ジハナでございます」

  
 父はジハナの変化に満足そうにうなずいた。


「磨かれたな、ジハナよ」
「ありがとうございます、もったいないお言葉です」
「もう城には慣れたか」
「はい、皆様に良くしていただいていております。書物庫の探索が終われば私の歩ける範囲の城内はすべて回れたことになります」


 ネオニールが小さい声で「余計なことを言うな!」とジハナを叱ったのが聞こえた。ジハナが相変わらず探検好きなようで安心する。


「ははは、それはそれは、相も変わらず好奇心の塊の様だな。さてレンドウィル、お前の側近だ」


 ジハナがレンドウィルに近寄り膝をつき挨拶をする。


「改めまして、本日よりお仕えいたしますジハナでございます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


 レンドウィルは無言のままじっとジハナの旋毛を見つめた。返事が返ってこないのを不思議に思ったのかジハナが顔を上げる。銀の髪に金の髪飾りをつけたジハナはきらきらしていた。


「……なんか、きれいになった」


 挨拶も忘れてそう言った私にジハナは目をぱちくりとさせた後破顔する。


「ええ、そうでしょう!あなたのためにたくさん磨きましたから!」


 ほぼ半年ぶりの会話に加え、綺麗になったジハナに笑顔を向けられた私はかぁっと顔に血が集まるのを感じた。頬が熱い。大人たちがざわつき始めて、ネオニールは頭を抱えている。なんだろう?とジハナと目を合わせたところで父上がごほんと咳払いをして会場を静かにする。


「これから2人、助け合い、支え合い成長するように」
「はい!」
「はい!」
「では皆の者、しばらくは歓談の時間とする!」


 父の言葉で会場はまた活気を取り戻す。エルウィンとアイニェンがジハナに駆け寄って久しぶり!と挨拶を始めた。本来こういう公の場で発言できるようになるのは150歳の成人を迎えてからなので来賓客は私たち子供に会釈をするだけで話かけてはこない。
 私は近くにいたネオニールに「さっき何か変だった?」と聞く。ネオニールは少し考えた後屈んで私の耳元まで顔を寄せ答える。


「"あなたのために"といって髪のことを話したら、それは愛の告白みたいなものなんですよ」
「え」


 下がってきていた顔の熱が一気に戻ってくる。顔を真っ赤にしてあわあわする私にネオニールが苦笑していると父が話しかけてきた。


「あのジハナだぞ、レンドウィル。言葉そのままの意味だ。何を焦っておる」
「だ、だってびっくりして」


 どこから話を聞いていたのかトレバー先生が言い訳をする私に追い打ちをかけた。


「まんざらでもなかった?」
「え、え?いや、その、まぁ、私のためって、照れるなぁって、へへぇ」


 ニコニコと弟や妹と会話するジハナに裏がある筈もなく、純粋に私のために努力してくれたのだから、うれしくないわけがない。デレデレと顔を緩ます私を見ると、父もネオニールも諦めたような顔をして、トレバー先生は嬉しそうに私の頭を撫でたのだった。


「お兄様!こっち!」


 アイニェンに呼ばれて弟たちとジハナの会話に加わる。3人とも久しぶりの再会にすごく嬉しそうな顔をしていて、身分なんて関係ない昔に戻ったような気がする。ジハナがにんまり笑って言う。


「王子!ね、待たせなかったでしょう?」
「そうだね」


 一緒のベッドで寝たときの約束を思い出す。私もうれしくなって頷き返すと弟と妹が興味津々に目を輝かせながら聞いてくる。


「なになに、兄上。待たせるって?」
「別に?」
「ねぇ、ジハナ、何かお兄様と約束していたの?」
「寂しいから早く側近になってって王子が泣くものですから、急ぎますとお約束したんですよ」
「泣いてないよ!」
「ええ~兄上。寂しくて泣いちゃったの?」
「泣いてない!」
「ふふ、お兄様、照れなくてもいいのよ」
「泣いてないってば!もう、ジハナぁ!!」
「あはは!」


 雑談していると母が話しかけてきた。ほかの来賓の対応がひと段落したようで、飲み物を片手に持っている。


「みんな楽しんでいるかしら?」
「母上!」
「ランシェル様、こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
「元気いっぱいよ、ありがとうジハナ」
「母上、挨拶はもう終わりですか?」
「ええ、今日はそんなにたくさん呼んでいないもの。みんなも遊びたかったらもう部屋に戻っても構わないわよ。あ、でも夕食はないから、ここにある食べ物を好きに持って帰って食べなさいね」
「はぁい!」


 食べ物のあるテーブルを皆で眺める。片手で食べられるような小さいサンドウィッチやイチゴ、皮まで食べられるブドウが見えた。


「じゃぁ取りにいこうか」
「あ、ほしいものを言ってくだされば私が持ってきますよ」


 ジハナが「初仕事だ」と嬉しそうに小さく呟いてから私たちに聞く。エルウィンもアイニェンも思ってもいなかった提案に驚いて、一応の主である私を見た。


「そのくらい自分たちで出来るし平気だよ」
「見ながらじゃないと選べないわ」
「ジハナは自分の分を取りなよ、僕たちのことは気にしないで」
「でも、側近ですし……」


 断られると思っていなかったようでジハナはちょっとだけ困った顔をする。助け舟を出したのは母だ。


「ジハナ、側近と傍仕えは違うわ」
「でも、王子は、王子たちは優しいから自分から聞かないと仕事はありません」
「そうね。でも今のあなたにレンドウィルが求めるのは良き友人であることじゃないかしら?」
「母上の言うとおりだよ。皆で一緒にご飯選びに行こうよ」
「でも……」
「最初は友達から始めて、少しづつレンドウィルのやりたい事したい事に先回りすればいいの。たとえばオシャレ嫌いのレンドウィルに小鳥のブローチを贈るような、ね」
「え、う、はい……」


 母はウインクをしてジハナをみた。ジハナは母に反論することもできず、弟たちに手を引かれて食べ物を選び行く。


「あの時に私たちが友達だって気づいていたんですか?」
「いいえ?あなたが着けたがるようなデザインで不思議だとは思っていたけれど。脱走が分かった時にそういう事ね、って思ったのよ」
「そうだったんですね」
「ほら、あなたも食事をとりに行ってらっしゃい」
「はぁい」


 ジハナは見た目や話し方は変わってしまったけど私を揶揄ってきたり、中身はあんまり変わらなそうで安心した。テーブルの上から何を持って帰ろうか吟味中の3人を見る。あれこれ指さしながら話していてみんな楽しそうだ。私は足取り軽く3人に向かって歩き始めた。

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