エルフの王子と側近が恋仲になるまでの長い話

ちっこい虫ちゃん

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第1章 幼少期

24話 王子と小さい側近の新しい日々②

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 ジハナの部屋の扉をそっと開け中に入る。部屋の主が不在で蝋燭の火は消えているが、窓から日差しで暗くはない。
 部屋を見渡そうとして、まず目に飛び込んだのは服だった。天井に張った紐に何着も服が掛けられていて、部屋の真ん中にぶら下がっているせいで視界が遮られ、部屋をうんと小さく見せている。
 浮かんだ服から目線を斜めに下すとくしゃくしゃになったままのブランケットがベッドの端に乱雑に追いやられているのが見えた。今日の朝は寝坊したのかな、なんて想像する。

 机にはネオニールに渡されたのだろう本が山積みになっている。部屋の中をよく見渡せばベッドの上にも床にも同じように積まれたり、開きっぱなしになった本が散乱していて、そこかしこにジハナの走り書きのメモが挟まれていた。


「本だらけだ」
「ネオニールに片付けなさいって、怒られないのかしら」
「勉強で散らかっているならネオニールも怒らないのかも。……ジハナ、勉強頑張っているんだね」


 頑張るとは聞いていたけれど、その努力を間近で見たことはなかった。
 私や兄弟達が何年もかけてゆっくり学んできた事をジハナは側近になるために叩き込まれているのだから、きっとすごく大変なんだ。それでも私のそばにいると約束してくれた時のやさしい顔、励ますような声を思い出すと背中がくすぐったくなり、私はいつも大声でジハナがどれだけ温かで心強いかを叫びたくなるのだ。


 エルウィンは床に座って本を眺め、アイニェンは髪の手入れ用の櫛やら香油やらが無造作に置かれた棚を検分している。
 私も宝探しでもするような気持ちで机を眺めて、水を張った小皿に白い花が2輪飾ってあること気がつく。なんで花瓶じゃなく小皿に花が?ジハナのことだから、水さえあげれば花瓶でも小皿でもなんでもよかったのかもしれない。小皿の横にはどんぐりに綺麗な色の小石がいくつか積まれていた。動物たちからの贈り物だろうか。プレゼントをせっせと運ぶ動物たちを想像すると微笑ましく、口元が緩むのを感じた。


「さて、どうやって驚かそうか?」


 弟たちを振り返り聞くと思い思いに部屋を探索していた2人が改めて部屋をぐるりと見まわす。


「隠れられるところ、あんまりないね」
「服の後ろ?でも足が見えちゃうし……」
「ベッドの下?机の下?」
「うーん……」


 3人で首をかしげる。体の小さいアイニェンはともかく、エルウィンと私が隠れられそうな場所はベッドと机の下くらいだ。机の下に潜ってみようと屈んで諦める。これはどう頑張っても無理だ。3人は隠れきれない。もういっそ隠れずに驚かせたほうが良い気がしてきた。


「隠れないっていうのはどうかな?」
「隠れないって、どういうこと?」
「堂々と待ち構えるんだよ」
「部屋の中で?」
「そう」
「開けたら私たちが待ってるってこと?」
「開けた瞬間、私たちが飛び出すんだよ」
「それは、ちょっと驚かすというか、びっくりしすぎちゃうんじゃないかしら」
「びっくりしすぎたジハナ?んふふ、面白そう!そうしよう兄上!」

 
 大丈夫かしら、と心配して指先をいじるアイニェンを宥め、隠れずにジハナの帰りを待つことになった。

 エルウィンは"済"と書かれた棚から冒険小説を探し出して没頭していて、アイニェンは髪の梳かし方や珍しい香油が買える裏技をメモに書きこんでいる。髪を綺麗にしたいなら相談してくれれば良かったのに、と恨み節も聞こえた。

 私はジハナの勉強机に座り、本に挟まれたメモを辿る。開かれたページには疑問に思ったことや意見が書き込まれていた。
 昔から知っているジハナの字をまともに見たのはこれが初めてかもしれない。あんな大雑把なくせに意外と小さい字を書くんだな。指先でメモの字をなぞる。最初右肩上がりに書かれた文字が思い出したように下へ軌道修正されて、真っすぐに文章を書こうとした努力が見えた。

 ページを遡るとそのメモにネオニールの筆跡で回答が書かれている。たまにネオニールが保留!と先延ばしにして、更に別の筆跡で、トレバー先生の字だ、回答が付け加えられたものもあった。


 最初に開かれていたページに戻る。私で答えられる質問もあれば、疑問にも思っていなかったけど指摘されると答えられないような質問までいろいろあった。
 ペンを持ち、出来る限り回答を書いていく。わからない質問には私にも答えを教えてもらうように一言付け加えた。ジハナを手伝いたいと思う純粋な気持ちもあったが、正直に言うと、こうすればジハナと話す時間が増えるだろうという下心が私のペンを動かしていた。


 ……下心?
 自分の言葉選びに疑問を持つ。ジハナは私の側近なのだから、会うための口実なんて必要ないはずなのに。下心。いかにも後ろめたい、隠したい事があるような言葉だ。私、なんでこんな言葉を選んだんだろう。
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