君の瞳に映るのは

ノベルのベル

文字の大きさ
6 / 14

五十嵐隼人

しおりを挟む
「沢井国際ピアノコンクール第三位 鳴守和音」
 朝礼で集合した生徒たちの塊から抜け出し、演台へと足を運ぶ。
 これまでコンクールで入賞する度に、この動作を繰り返してきたが、何度経験してもいつもどこか心が締め付けられるような思いが胸の奥にはびこっている気がする。
 
 あいつ、いつも表彰されてるよな。
 小学生のころからだよ。私、同じ学校だったし。
 すげーよな、俺たちとは違う世界の人って感じだよな。
 
 みんなからの視線が気になる。害のある言葉として発しているつもりは当の本人にはないのだろうが、それでもいつもどこか冷めた目で彼らが俺のことを見ている気がしてならない。
「この度は、第三十七回沢井国際ピアノコンクールにおいて――」
 今この瞬間、生徒全員の視線が俺の背中に注がれていると思うと、冷や汗が体中から湧き出てくる。俺の一挙手一投足がみんなの目に刻み込まれている。この思いは、表彰台に上がるたびにいつも抱く感情で、俺の心と体をがんじがらめにする。
「――おめでとう」
 表彰状と銅メダルを受け取り、そそくさと舞台を降りる。
「お疲れ。やっぱ緊張するよな、舞台に上がるのって」
 元いた列に戻ると、左から声を掛けられる。
「隼人でも緊張するのか」
 左隣にいるのは、五十嵐隼人。中学一年生のときに、北海道の高校から転校してきた。テニスはかなりの腕前で、全国大会には毎年出場している。表彰歴は数知れず。
「そりゃあ、するさ。今回の表彰で俺のファンクラブは何人増えてくれるだろうか。かわいい女の子は入ってくれるだろうかってな」
 ……それは別の緊張だな。俺の感じている緊張とは別種のものだ。
「隼人らしいね」
 思わずくすっと笑ってしまう。
「……それで、ピアノはどうするんだ」
 伝えにくそうに俺から視線を逸らしながら、隼人は少し重い空気感を漂わせる。
 隼人には、俺のピアノがほとんど上達していないことを中学の頃に打ち明けていた。それ以来、機会があっては俺のことを気にかけてくれている。
「大丈夫、大丈夫」
 隼人は納得した表情を浮かべてはいなかったが、そのまま話題を変えてくれる。
「それにしても、俺たちももう高校二年生か。青春真っ只中だよなー」
 そう言う隼人の目は輝いていて、どこか遠くの星を眺めているみたいだ。そういえば、彼女の瞳はどうだっただろうか――。
「和音、青春してるか?」
 どこかのドラマで聞いたようなセリフを恥ずかしげもなく俺にぶつけてくる。そういう率直さが、素直さが、隼人のいいところだと思う。
「……さあ、どうだろう」
 正直に言えば、青春がどういったものなのか、俺には分からない。漫画や小説などでは、心躍るような感情が常に湧き上がって来る状態を指すのだろうが、俺にはそういった感情の高ぶりはほとんどない。たまにあるくらいだ。例えば、夜空を覗き込んだ瞬間とか。
 くすりと笑いがこぼれる。
 こういうことを考えていること自体が、もう青春をしていない証拠なのだろう。今を楽しんで生きていない証なのだろう。
 俺が急に笑ったのを見て、怪訝な表情を浮かべる隼人。
 大丈夫、隼人は十分青春しているよ。その曇りのないまっすぐとした瞳がはっきりと物語っている。「俺は青春している」ってね。
 スマホの画面を覗き込む。
 そこに映る俺の瞳は、この上なく曇っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...