君の瞳に映るのは

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望月さくら

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「和音のピアノには自分がないのよ」
 毎週日曜日、俺は母の幼馴染の望月さくらさんの家でピアノを教わっている。
「……自分をどう見つけたらいいのかがわからなくて」
 前々から言われていることだが、“自分がない”の意味がいまだによく分からない。
「つまり、和音がこの曲をどう弾きたいのかが全く伝わってこないってこと」
 今取り組んでいる曲は、三ヶ月後、八月の全日本ピアノコンクールの予選課題曲。
 ショパン バラード第一番 作品二十三。
「曲は、あくまでも曲でしょ。どう弾きたいかって言われても、楽譜に従って弾くしかないんじゃ――」
「甘―い!」
 防音室にさくらさんの声が反響する。
「それだったら、和音がこの曲を弾く意味なんてないじゃない。曲通りに弾きたいなら、ロボットにやらせればいいじゃない。聴衆が望んでいるのは、そんな機械のような演奏じゃないの。演奏者の個性的で魅力的な演奏を聴きたいのよ」
 この話は耳にタコができるくらいに聞いてきた。それでも未だに自分の演奏を見つけるができないでいる。自分が曲を通じてどうしたいのか、何のために演奏するのかが分からないのだ。
 自分の演奏って、どうしたら見つかるものなんだろう。
 毎度のように俺は頭を悩ませながら、さくらさんの「気をつけて帰りなさいよ」という声を背に、さくら家の玄関から夜の町へと足を踏み出した。
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