物語が生まれる場所で

ノベルのベル

文字の大きさ
12 / 14

桜の花びら

しおりを挟む
 そうして、手袋を使いそうな部活の一つとしてサイクリング部を訪ねているというわけである。
「……自分で手袋を編んでいる人はいないでしょうか」
「いないかな。僕は自分で手袋を編んだことはないけれど、おそらく自分で編んだものとお店のものだと、お店のものの方が質的にいいだろうからね」
 滝島さんの質問に対し、風宮先輩の丁寧な答えが返ってくる。
「部員の皆にも一応聞いてみるね。ちょっと待ってて」
 風宮先輩は部室の中にいた四人の男子に話しかけているが、全員顔を横に振っている。
「お待たせ。だれも自分で編んだりしたことはないみたいだ」
 本当であれば、彼らの友達関係などに関して、手袋をプレゼントしてくれそうな人がいないかも聞いておきたいところだが、それはおのずと手袋の存在を明らかにしてしまうし、プレゼントの存在が受け手に知られてしまうリスクが高まる。
 東堂先輩も同じように考えたのか、お礼の言葉を口にする。
「そうですか、ありがとうございます。失礼しました」
「いやいや、こっちでも何か分かったら連絡するよ。じゃあ」
 最後まで丁寧に僕たちの話を聞いてくれた風宮先輩。
「とても親切な方ですね」
「ああ、去年風宮先輩が個人的に巻き込まれていた事件に関わったことがあったからね。それが関係しているのかもしれない」
 ……事件。出来事でも依頼でもなく、事件だと言った。東堂先輩は編集長やコピーライターを目指しているだけあって、人一倍言葉の選択に関しては敏感な感性を持っている。その彼女があえて「事件」という言葉を選んだのは、それが正真正銘の「事件」であったからに他ならない。
 続きの言葉を待っていたけれど、東堂先輩は別の話題――といってもこれが本筋の話題なのだが――である手袋の話をする。
「サイクリング部ではないのかもしれないね。他にこの時期に手袋を使いそうな部活動団体って何があるかな」
 グラウンドにいる野球部やサッカー部の生徒たちの掛け声が僕たちの耳にまで届いてくる。
「野球部ならバットを使うときに軍手をはめることもあるみたいですし、その代わりに手袋をはめるという可能性も、いや、ないですね。わざわざプレゼントしてくれた手編みの手袋を、砂で汚そうとは思わないですね。後は、サッカー部のゴールキーパーが使う可能性があるんじゃないですかね」
 このサッカー説の可能性はなかなか高いのではないだろうか。サッカーの試合はあまり見たことがないけれど、確か手に何かをはめていた記憶がある。
「それはないわね」
 東堂先輩の向こうから、滝島さんが体を前に倒すことで顔をこちらに覗かせる。
「確かに、ひと昔前のグローブだったら、軍手や手袋で代用する人もいたかもしれない。でも今の時代だとそれはないわ。まして高校生にもなったら尚更ね。技術的な向上によって最近のキーパーグローブは、本来の手を防ぐ機能自体の向上に加えて、キャッチしたときにボールが滑らないように特殊な滑り止め効果が付与されていたり、雨のときでも水分がしみこまないような防水加工がされていたりなど、多機能化が進んでいるの。そんな時代にわざわざ手編みの手袋を使ったりすれば、チームメンバーから反感を買うのは目に見えているし、キーパー本人としてもそんな能力低下を望まないと思う」
 え、なんでそんなに詳しいの。もしかしてこれって常識なの。
 隣を歩く東堂先輩の顔を窺うと、「私も知らなかった」という答えが表情を通じて返ってくる。
 そうですよねー。これは滝島さんが物知りだということだろう。ということにしておこう。
 じゃあ、一体誰に向けてのプレゼ――。
 突然視界がぐっと天井に向かって移動したかと思うと、そのまま腰、背中と順に衝撃が走る。
「いってー」
 今度は本当に体が痛み出す。背中から腰にかけて重力と床に挟み込まれたようで、その痛みはなかなか引いてくれない。
 東堂先輩と滝島さんが床に倒れている僕を心配そうな顔つきで覗き込んでいる。
「大丈夫、太一くん」
「ちょっと、大丈夫なの」
 どうして転んだのか、現状を把握するため上半身を床からゆっくりと持ち上げていく。両側を支えてくれる二人に感謝しながら、足元に視線を移す。
 足元には桜の何枚かの桜の花びらが落ちていた。廊下の窓が開いており、外には桜の枝が見える。あの桜の枝から落ちてきた花びらだろうか。
「桜の花びらって滑るのね」
 滝島さんが僕の心配をしてくれたのは一瞬のことで、今は桜の花びらにご関心を寄せているご様子である。
 東堂先輩は何も言わずに、ただ床にある桜の花びらをじっと見つめている。
「……どうかしましたか」
「……滑る、滑る、滑る」
 僕の声が届いていないのか、東堂先輩は桜の花びらを見つめながら繰り返しつぶやき続けている。
「そうか、思いついた」
 頭の上の板をぶち抜くような勢いで、東堂先輩は立ち上がると、来た道を引き返すように足を踏み出す。
「ちょ、ちょっと、どこに行くんですか」
「もう一つ、可能性の高い団体を思いついた」
 僕は床に横たわっている桜の花びらにちらっと視線を向け、来た道を引き返すために起き上った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...