物語が生まれる場所で

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「おかえり。どうだった、学校」
 家に帰ると、姉がリビングのソファに寝転がりながらスルメを食べていた。
「普通。部活のオリエン見て、その後、広報部って部活で活動した」
 姉――窓露見唯佳は三つ年の離れた僕の姉だ。今年から地元の大学に進学した。ここ数日で大学の入学式があったそうだが、本人は行っていないらしい。本人曰く自由参加だそうだ。高校の入学式では考えられない。無断で休んだら自宅に連絡がくることは間違いない。
「ふーん、広報部になったんだ。私がいるときは同好会だったのに。めでたい、めでたい」
 姉も等々力高校の卒業生だ。僕が入学するタイミングで姉はちょうど卒業だったから、在籍期間は重なっていない。姉が高校三年生のときに広報同好会として発足したから、姉が知っていてもおかしくないだろう。というよりも、この姉が知らないはずがない。巷で『情報屋』という異名をもつこの姉ならば、知っていない方がおかしいだろう。僕はこの姉のことを尊敬よりも畏怖に近い存在として考えている。
 だからと言って別に一緒にいることが嫌だとか辛いとか、そういった負の感情は全くない。むしろ姉には感謝しているぐらいだ。
「部員が僕を含めて三人になったからね」
 冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、半透明のコップへと注ぎ入れる。
「てっきり太一は部活動には入らないつもりだと思ってた。先月はそう言ってたから」
 先月姉に高校の部活には入るのかと聞かれたときに、僕は入らないと答えた。もちろんそのときは部活動に入るつもりは毛頭なかったし、何なら入学式で入部届を提出させられるまではそのつもりだった。
「まあ、心変わりってやつかな」
 コップに拡がる白い波紋を見ながら、僕は答える。
「それに、居心地も悪くないし」
 コップに入っていた牛乳を一気に飲み干す。学校帰りの牛乳は最高だな。
「ふーん、それはよかった」
 ソファから体を起こし、姉はリビングから出ていこうと扉に手を掛ける。
「もし嫌になったら部活なんていつでもやめればいいし、気軽にやればいいよ」
 そう言って姉はリビングから立ち去った。
 僕は先ほどまで姉が寝転がっていたソファに腰を下ろし、近くにあったリモコンでテレビの電源をつける。
 チャンネルを回してみるが、見たいと思える番組はなかった。いつも姉がテレビを見ているのを一緒に見る機会は多かったけれど、自分自身でテレビを見ようと電源をつけたのは小学生以来かもしれない。
 それにしても、今日の手袋――一体あれは誰の落とし物なんだろうか。
 完成まで残すところ小指のみという状態だったから、近いうちに落とし主は相手に渡すつもりなのかもしれない。そうなると、できるだけ早く落とし主を見つけないと。
「ふっ」
 思わず息が漏れる。今日部活に参加するまでは、退部することも考えていたのに、今となってはその気持ちは全然湧き上がってこない。案外、僕が忌み嫌う「競争」という概念のない部活が中学の頃もあったのかもしれない。あの頃は周りは競争という概念で満ちていて、いつでもどこでも息をつく間もなくみんな競い合っていると思って、僕は自分の殻に閉じこもっていた。もう少し、周りに視線を向けてもよかったのかもしれない。
「後の祭り、だけど」
 昔のことをあれこれ考えても仕方ない。今は手袋と夕食のことについてだけ考えよう。
 僕はキッチンへと足を踏み入れた。
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