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0123★再び望まない状況3 ロン・パルディーアの精神に、引き摺られた蒼珠

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 ラオスは、ロン・パルディーアに望まれるまま、自分の欲望に従って、その手を愛しそうに愛撫する。

 まして、主の腹に宿った御子に、自分の《生命力》を奉げるという大義名分もあるので、躊躇(ちゅうちょ)することは無かった。

 ロン・パルディーアの中に、精神だけ堕ちた蒼珠の素肌に、直接侵食するように、触られる感覚を否応なく受諾させる。
 前回、彼女の中に堕ちたの時に味わった、おぞましい体験が、蒼珠の精神を激しく掻き乱す。

 イヤだっっ‥‥あんな‥‥モン‥‥味わいたくねぇ‥‥

 蒼珠というモノが、主の中に堕ちていることを知らないラオスは、優しい愛撫を少し施してから囁くように言う。

 『ロン・パルディーア様 シバシ オ待チ下サイ
 ココデハ ソレハ出来マセン

 コノ少シ先ニ 休憩出来ル場所ガ有ル筈デス
 ソチラニ 移動シマショウ』

 そう言って、少し名残り惜しげに頬を優しく撫で、ラオスはロン・パルディーアをひょいっと抱き上げて、再び走り始める。

 直ぐ直ぐに、性的な行為におよばれないと知って、蒼珠は内心で安堵の溜め息を大きく吐きながら思う。

 はぁ~‥‥すっごく‥‥不思議なんだけどぉ‥‥
 羽鱗龍族だか、飛龍族だかは‥‥判らないけど‥‥

 ロン・パルディーア様って呼ばれている‥彼女は‥
 俺という存在を‥微塵も‥感じて無いのだろうか?

 いや‥少しでも‥‥違和感を‥‥感じていれば‥‥‥
 きっと‥彼女の中から弾き出されていた筈だな‥‥‥

 儚い希望を思い浮かべては、現実には何ら変化が無いという事実に打ちのめされるという不毛な思考の闇に陥っていた蒼珠の耳に、ラオスの声が届く。

 『ロン・パルディーア様 無事 安全ナ場所ニ
 着キマシタ 今日ハ ココデ休ミマショウ

 ヒト休ミシタラ 果物デモ探シテ参リマス
 御腹ノ御子ノ為ニモ 母体デアル貴女様ガ

 タップリト食ベテ 充分ナ休養ガ必要デス
 強行軍デ移動シテオリマスノデ セメテ
 滋養ノアル 熟レタ果実デモ‥‥‥‥』

 そう言いながら、ラオスは一際大きな大樹の根元で立ち止まり、ロン・パルディーアを地面に降ろして、大樹の幹に手をあてて、何かを探る。
 ラオスの様子に、ロン・パルディーアが小首を傾げて不思議そうに問い掛ける。

 『何ヲ探シテイルノ ラオス』

 もっともな質問に、ラオスはにっこりと笑って、幹の数箇所をトントンと叩く。

 『ココカ‥‥』

 一言小さく呟いて、ラオスは幹の一部に手を掛けて引く。
 そうすると、幹の壁の一部が移動し、そこがポッカリと口を開ける。

 幹に空いた空洞に興味を示したロン・パルディーアは、その中を覗き込む。
 その中は、意外にもかなり広かった。

 ラオスも中を覗き込み、時間が止まっていたかのように、ホコリ臭さもカビ臭さもない綺麗な空間に頷いて言う。

 『ココナラ トリアエズ 安全デス 先ニ入ッテ
 コチラデ 休ンデイテ下サイ』

 そう言いながら、ラオスはロン・パルディーアの手を引いて、幹の中へと導く。

 『ラオス?』

 不安を滲ませてそう、ロン・パルディーアが問い掛ければ‥‥‥‥。

 『私ハ 何カ新鮮ナ果物ヲ探シテ参リマス』

 そう言って、ラオスがどこかを叩くと、幹の壁がスゥーと音もなく閉まる。
 ポツンと幹の中に取り残されたロン・パルディーアは、一度に押し寄せて来た不安に負けて、自分を抱き締めて呟く。

 『アァ‥‥暗イワ 早ク早ク 帰ッテ来テ ラオス
 ソシテ 私ヲ抱キ締メテ モウ独リハ耐エラレナイカラ
           
  モウ 失ウノハ厭 私ヲ抱キ締メテ 私ト 我ガ子ノ
 飢餓ヲ 貴方ノ《精》デ癒シテ‥‥ラオス』

 静かに、狂気に引き摺られるように呟く言葉が、幹の空間に吸われて行く。
 内側の物音が漏れない、防音構造になっていることに、ふと蒼珠は気付く。

 そして、自分が堕ちてしまった、ロン・パルディーアがあやうい状態であることも、同時に知る。

 この女性‥‥‥すっごく不味くないか?
 かなぁ~り‥精神が病んでるぞ‥‥‥‥

 自分の意志を‥しっかり持っていないと‥俺も‥‥
 この‥くらぁ~い精神状態に‥‥ズルズルと‥‥‥
 引き摺られちまいそうだ
       
  あ~ぁ‥マジで【運命の女神】って呼ばれる存在が
 いるならば‥‥俺は‥‥今直ぐにでも、朱螺のいる‥‥‥

 あの場所に、帰してくれって言いたいぜ‥‥‥‥
 でも‥現実世界のあの男の下に戻るのは‥もっと厭だ

 それに‥このままだったら‥またラオスとの〈情交〉に
 感覚を共有したまま‥‥立ち合うハメになるじゃん‥‥

 そしたら、また‥‥ラオスのモノに‥‥躯の‥奥に‥‥
 侵入される‥侵される感覚を味わうハメになっちまう‥

 そんなの‥絶対に、耐えられないっっ‥もう‥厭だっ‥
 あぁ‥朱螺の側に‥帰りたい‥‥朱螺ぁ‥助けて‥‥

 蒼珠も、押し潰されそうな不安感を覚えて、心から悲鳴を上げる。
 そんな中、ロン・パルディーアが、悲痛に心細さを、今は側に居ないラオスを思いながら、虚空へと呟く。

 『ラオス 愛シイ貴方 私ノ守護者 早ク帰ッテ来テ
 孤独ニ凍エタ 私ノ心ト躯ヲ 優シク暖メテ アァ‥‥

 コノ静寂ト薄暗サガ 私ノ精神ヲ蝕ム モウ 愛スル者ヲ
 失ウ辛サト恐怖ヲ 私ニ 味合ワセナイデ ‥‥アァ‥‥‥

 異世界ノ新天地デ ラオス 貴方ト 私ト 我ガ子ト
 三人一緒ニ 穏ヤカナ生活ヲ送リタイ‥‥‥

 モウ‥追ワレルコトニ‥‥脅エナガラ生キルノハ 厭ッ』

 蒼珠の精神が、ロン・パルディーアの暗鬱(あんうつ)な精神状態に引き摺られて、ズブズブと暗い深淵へと沈み込んで行く。





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