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第1章
第1夜 不眠症夜曲(1)
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「ねぇ、蛍くん。私と一緒に寝てくれない?」
夜の理科室でひかり先輩がくくくと笑った。星空のような瞳が、俺をじっと見つめている。その声には少しの迷いもなく、透き通っていた。
「それ先週も聞きましたけど」
俺は窓辺で外をぼんやりと眺めながら、いつものようにさくっと断った。
先輩は長い黒髪を耳にかけ、八重歯を見せてクスッと笑う。その仕草が妙に色っぽくて、俺は慌てて目をそらした。
「どうせまた、眠れないでしょう?」
「けち。いいじゃない、減るものじゃないし」
それが2コ上の先輩が言うことか——。
「俺の尊厳が減るんですって」
わざと大げさに言うと、先輩は目を丸くした。その反応がかわいくて、俺は思わず微笑んでしまう。
「今度は上手くいくと思う。ねぇ、お願いっ!」
そう言って、先輩は深々とお辞儀をした。長い髪がしゅるりと垂れて、毛先が床につくかつかないかのところで顔を上げる。
「一生のお願い」
ピンク色の舌をちょこんと出す仕草に、俺の心は大きく揺らいだ。ずるい。絶対ずるい。もう何生目だよ——。俺は心のなかで悪態をついた。
「もう。そう言って前回も寝なかったじゃないすか」
大人たちが俺たちにつけた烙印、〈移住不適合〉。不眠症の一種で、上手く眠れない子供は新しい星への移住ができないのだ。俺も先輩も、その烙印を背負っている。その事実が、時々俺たちを苦しめる。
天文部に入ってすぐ、3年生のひかり先輩が同じ悩みを抱えていると知った。それからは二人で、夜な夜な理科室に集まっては、いろんな方法を試してきた。波の音、f分の1ゆらぎ、アロマ……でも、どれも効果はなかった。先週は「心臓の音を試してみよう」と先輩が言い出し、屋上に寝袋を広げて試してみたのだった。普通の生徒が入れない屋上も、天文部の俺たちには使い放題。観察会と称した宿泊だって可能だ。
「あれはいいセン行ってたと思うけどナ……」
先輩がそう言うと、俺は内心で呆れた。よく言うよ。自分から言い出したくせに、実行する段になるとめちゃくちゃ恥ずかしがるんだから。今もその時を思い出したのか、頬を桃色に染めている。俺はその時「じゃあ逆に」と言って、先輩の胸に耳をつけて眠るのを提案したけど、即座に拒否された。その時の先輩の慌てぶりを思い出すと、今でも少し笑ってしまう。
結局その時も、先輩は眠れずじまい。俺の胸で朝まで静かにしていた。もちろん、俺だって眠れるわけがない。でも、先輩の温もりを感じながら過ごした時間は、不思議と心地よかった。
「卒業式までに、ちゃんと眠れるようにならないとなぁ」
いつもは自信に満ちた先輩が、この話題になると途端に弱々しくなる。その姿を見ると、俺の胸に何かが込み上げてくる。先輩を守りたい、そんな気持ちが芽生えてくる。
先輩は移住不適合のことをクラスメイトには隠しているみたいだった。俺もそうだ。なんとなく理由はわかる。
学校では「クールビューティー」で通している先輩は、ちょっとミステリアスなところもあって「異星人」なんて呼ばれることもある。そんな先輩の、この可愛らしい表情を知っているのは世界で自分だけ。それを、俺は少し誇りに思っていた。
きっと卒業式を超えられない関係。でも、このままでもいいかなって思っていた。先輩との時間が、いつか終わってしまうことが怖かった。だからこそ、今この瞬間を大切にしたいと思う。
「やっぱ、屋上いこ?」
先輩がしつこく言うので、俺は嬉しい気持ちを隠しながら、しぶしぶ同意するふりをして頷いた。心の中では、また先輩と二人きりで過ごせる時間に、密かな期待を抱いていた。
理科室を出て、静かな廊下を歩きながら、俺は先輩の横顔を盗み見た。星明かりに照らされた先輩の横顔は、まるで天使のようだった。この瞬間が永遠に続けばいいのに、そんな思いが胸の中でふくらんでいく。
たとえ上手く眠れなくても、先輩と過ごす時間は俺にとってかけがえのないものだった。それは、きっと先輩も同じだと信じていた。
夜の理科室でひかり先輩がくくくと笑った。星空のような瞳が、俺をじっと見つめている。その声には少しの迷いもなく、透き通っていた。
「それ先週も聞きましたけど」
俺は窓辺で外をぼんやりと眺めながら、いつものようにさくっと断った。
先輩は長い黒髪を耳にかけ、八重歯を見せてクスッと笑う。その仕草が妙に色っぽくて、俺は慌てて目をそらした。
「どうせまた、眠れないでしょう?」
「けち。いいじゃない、減るものじゃないし」
それが2コ上の先輩が言うことか——。
「俺の尊厳が減るんですって」
わざと大げさに言うと、先輩は目を丸くした。その反応がかわいくて、俺は思わず微笑んでしまう。
「今度は上手くいくと思う。ねぇ、お願いっ!」
そう言って、先輩は深々とお辞儀をした。長い髪がしゅるりと垂れて、毛先が床につくかつかないかのところで顔を上げる。
「一生のお願い」
ピンク色の舌をちょこんと出す仕草に、俺の心は大きく揺らいだ。ずるい。絶対ずるい。もう何生目だよ——。俺は心のなかで悪態をついた。
「もう。そう言って前回も寝なかったじゃないすか」
大人たちが俺たちにつけた烙印、〈移住不適合〉。不眠症の一種で、上手く眠れない子供は新しい星への移住ができないのだ。俺も先輩も、その烙印を背負っている。その事実が、時々俺たちを苦しめる。
天文部に入ってすぐ、3年生のひかり先輩が同じ悩みを抱えていると知った。それからは二人で、夜な夜な理科室に集まっては、いろんな方法を試してきた。波の音、f分の1ゆらぎ、アロマ……でも、どれも効果はなかった。先週は「心臓の音を試してみよう」と先輩が言い出し、屋上に寝袋を広げて試してみたのだった。普通の生徒が入れない屋上も、天文部の俺たちには使い放題。観察会と称した宿泊だって可能だ。
「あれはいいセン行ってたと思うけどナ……」
先輩がそう言うと、俺は内心で呆れた。よく言うよ。自分から言い出したくせに、実行する段になるとめちゃくちゃ恥ずかしがるんだから。今もその時を思い出したのか、頬を桃色に染めている。俺はその時「じゃあ逆に」と言って、先輩の胸に耳をつけて眠るのを提案したけど、即座に拒否された。その時の先輩の慌てぶりを思い出すと、今でも少し笑ってしまう。
結局その時も、先輩は眠れずじまい。俺の胸で朝まで静かにしていた。もちろん、俺だって眠れるわけがない。でも、先輩の温もりを感じながら過ごした時間は、不思議と心地よかった。
「卒業式までに、ちゃんと眠れるようにならないとなぁ」
いつもは自信に満ちた先輩が、この話題になると途端に弱々しくなる。その姿を見ると、俺の胸に何かが込み上げてくる。先輩を守りたい、そんな気持ちが芽生えてくる。
先輩は移住不適合のことをクラスメイトには隠しているみたいだった。俺もそうだ。なんとなく理由はわかる。
学校では「クールビューティー」で通している先輩は、ちょっとミステリアスなところもあって「異星人」なんて呼ばれることもある。そんな先輩の、この可愛らしい表情を知っているのは世界で自分だけ。それを、俺は少し誇りに思っていた。
きっと卒業式を超えられない関係。でも、このままでもいいかなって思っていた。先輩との時間が、いつか終わってしまうことが怖かった。だからこそ、今この瞬間を大切にしたいと思う。
「やっぱ、屋上いこ?」
先輩がしつこく言うので、俺は嬉しい気持ちを隠しながら、しぶしぶ同意するふりをして頷いた。心の中では、また先輩と二人きりで過ごせる時間に、密かな期待を抱いていた。
理科室を出て、静かな廊下を歩きながら、俺は先輩の横顔を盗み見た。星明かりに照らされた先輩の横顔は、まるで天使のようだった。この瞬間が永遠に続けばいいのに、そんな思いが胸の中でふくらんでいく。
たとえ上手く眠れなくても、先輩と過ごす時間は俺にとってかけがえのないものだった。それは、きっと先輩も同じだと信じていた。
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