#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

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第3章

第10夜 異星入植録(1)

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 埃っぽい空気が鼻をくすぐる。俺はくしゃみを抑えながら、重たい天文ドームの扉を開けた。
 新学期が始まって2週間。俺たち2年生が中心となって天文部を運営することになった。でも、部室に足を踏み入れるたび、先輩の不在を痛感せずにはいられない。先輩の優しい笑顔が、まだ目に焼き付いている。

「よし、今日は徹底的に掃除するぞ」

 俺の声に、未来と哲が頷いた。未来は髪を後ろで束ね、哲はいつものように眼鏡を直す。三人で手分けして、長年使われてきた機材や資料を整理し始める。俺は古びた望遠鏡を手に取り、レンズを丁寧に拭き始めた。

「あれ?」

 少し離れた場所で作業をしていた未来が声を上げた。

「どうしたあ?」
「ねぇこれ、観察ノート。結構、昔のだね。ちょうど、ひかり先輩が1年の頃かな。先輩の字、きれいだなぁ」

 未来の声に、俺も哲も振り向いた。
 彼女は古い観測日誌を開いていた。俺は息を呑んで日誌に目を落とす。そこには、先輩の几帳面な字で、星座や惑星の動きが細かく記録されていた。日付を見ると、3年前から毎日欠かさず書かれている。先輩の情熱が伝わってくるようだ。

「毎日……一人で……」

 俺の呟きに、未来が静かに頷いた。

「先輩、寂しかったのかな……。ほら、俺らが入部したとき、先輩めっちゃ喜んでくれたじゃん? 覚えてる?」
「もちろん。まずはじめに蛍が勧誘されて、蛍がわたしを誘って、それで——」
「未来が僕に声をかけた」

 哲はメガネを直しながら、少し照れくさそうに答えた。その表情には、懐かしさと喜びが混ざっている。

「僕らと星を見ることが、ひかり先輩の支えになってたのかな。先輩にとって、僕らはどんな存在だったんだろう」

 哲の言葉に三人で顔を見合わせる。この部屋にあるものすべてが、先輩の孤独と情熱を物語っているようだった。望遠鏡、星図、観測ノート——すべてが先輩の思いを伝えている。

「先輩の孤独に、俺たち、もっと早く気づくべきだったかもな」

 俺は思わず呟いた。ひかり先輩の孤独と疎外感に、胸が痛む。同時に、自分たちの鈍感さに対する後悔の念が込み上げてきた。先輩の笑顔の裏に隠れていた寂しさを、どうして気づけなかったんだろう。

 未来がおりてきた前髪を耳にかけながら、小さな声で言った。

「私たち、ひかり先輩のこと、ほとんど知らなかったんだね。知ろうとしなかったわけじゃないんだけどな……。ちょっと寂しいよね。先輩、案外わたしたちにも壁を作ってた感じもした。でも、その壁の向こうで、先輩は何を考えていたんだろう」

 その時、哲が眼鏡の奥の目を輝かせながら、小さなノートを見つけた。

「これ、ひかり先輩の忘れ物じゃないか?」

 俺はそのノートを手に取った。表紙には「H.A.」というイニシャルが記されている。ひかり先輩の大切なものに違
いない。手のひらに感じる重みが、先輩の思いを伝えているようだ。

「中を見てみようか? 先輩の秘密が隠されているかもしれないよ」

 哲が興味深そうに提案した。その目には、科学者特有の好奇心が光っていた。
 俺は一瞬迷った。ひかり先輩の秘密を知りたい気持ちと、プライバシーを守るべきだという思いが交錯する。先輩との距離を縮めたい気持ちと、尊重すべき一線がある。

「いや、見ない方がいいと思う。ひかり先輩の大切なものだろうし。俺たちが勝手に覗いていいものじゃない」

 俺は決断を下した。哲は少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐに納得したように頷いて、俺の判断を尊重してくれた。

「そうだね。でも、このノートが先輩の謎を解く鍵かもしれないって思うと……」

 哲の言葉が途切れる。未来は長い睫毛の下で瞳を揺らしながら、何か考え込んでいる様子だった。

「私たち、先輩のことをもっと知りたかったのに、今さらって感じがして……複雑だね」

 そのとき、ドアが開き、顧問の月城先生がポニーテールを揺らしながら入ってきた。先生の表情には、いつもの温厚さの中に、何か心配そうな影が見えた。その目には、私たちには読み取れない複雑な感情が宿っている。

「よく頑張ってるね、みんな」

 月城先生が言った。その声には、何か言いよどむような響きがあった。
 俺は、望遠鏡から手を離し、胸の高鳴りを感じながら勇気を振り絞って尋ねた。

「先生、あの……先輩の、天野先輩の住所って、わかりますか? 先輩に、どうしても渡したいものがあって……」

 月城先生は、少し驚いたような、そして何か複雑な表情を浮かべた。

「住所? ああ、忘れ物かな? 生徒管理システムで確認してみようか」

 先生は小脇に抱えていたノートPCを開いて調べてくれた。未来と哲が心配そうに俺の方をちらちらと見ている。部屋の空気が、急に重くなったような気がした。

「おかしいな」

 月城先生が眉をひそめ、画面を何度も確認する。その声には困惑と不安が滲んでいた。

「何がおかしいんですか、先生?」

 俺の声は、自分でも気づかないうちに震えていた。胸の奥に、不安が広がっていく。

「ない、けど…… これは一体……」

 月城先生は、ため息をつくように言った。

「どういう意味ですか?」
「システムに、そもそも天野ひかりさんという生徒はいなかったことになっている」
「そんな!」

 俺は思わず叫んだ。その声に、未来がノートを落とし、哲が眼鏡を外した。部屋中に衝撃が走る。

「先生は先輩のこと、覚えていますよね? 先輩が天文部にいたこと、一緒に星を見たこと…」
「もちろんよ。天野さんのことは、はっきりと覚えているわ」

 月城先生は力強く頷いた。その目には、確かな記憶の光と共に、何か言いようのない感情が浮かんでいた。
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