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第4章 僕が消える日
4-4 さよなら、憶
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僕が生まれてから二十八日目の朝。体はもう空気みたいに透明になってた。
残り時間は二日。でも不思議なことに、心は今まで以上にすっきりしてた。自分が何者なのかが分かって、夏希と最後の時間を過ごして、もう悩むことなんて何もなかった。
「憶」
夏希が波音堂に現れた時、その顔には静かな覚悟みたいなものが浮かんでた。
「調子はどう?」
「大丈夫です」
僕は精一杯の笑顔を作った。
「とても平和な気持ちです」
夏希がそっと僕の隣に座った。今日は無理におしゃべりしようとしないで、ただお互いがそこにいることを感じ合ってた。時々夏希が本を読み聞かせてくれたり、僕が真理絵さんの記憶の中にある昔話を話したり。とても静かで、でもすごく温かい時間だった。
二十九日目は、もっと静寂に包まれてた。僕の声もか細くなって、体なんてそよ風に揺れる影みたいになってた。
「憶」
夏希が僕の手をそっと取った。もう僕の手は、ほとんど何も感じなくなってた。
「明日が⋯⋯」
「はい」
僕は静かに答えた。胸が少しきゅっとなる。
「最後の日です」
夏希の目にきらっと涙が浮かんだ。でも彼女はそれをぐっと拭って、頑張って微笑んだ。
「大丈夫。私、約束を守る」
ああ、この子は本当に強いな。僕のために泣かないでいてくれてる。
「ありがとう、夏希」
そして、僕が生まれてから三十日目の夜がやってきた。
波音堂はしんと静まり返ってた。琴音さんと明星は、僕たちのためにそっと遠くで見守ってくれてる。
僕と夏希は、いつものように窓際に並んで座ってた。外では優しい夜風がふわふわ吹いて、波の音がざぁざぁと静かに響いてる。
僕の体は、もう輪郭すら分からないくらい透明だった。まるで光のつぶつぶが、なんとか人の形を保とうと頑張ってるみたいな状態。
「夏希」
僕はか細い声で呟いた。
「時間です」
夏希が僕をじっと見つめた。涙をぐっと堪えてるけど、それでも微笑んでくれてる。
「うん」
僕は自分の体を見下ろした。手のひらが少しずつキラキラした光の粒になって、ふわふわと宙に舞い始めてる。
「最後に」
僕は言った。伝えたいことがいっぱいあるのに、時間がない。
「僕の気持ちを伝えさせてください」
「憶⋯⋯」
夏希の声が震えてた。
「僕は、あなたのことがすごく大切でした」
僕の声は風に溶けるように優しくなってた。もう大きな声なんて出せない。
「それがお母さんとしての愛なのか、友達としての気持ちなのか、それとも恋なのか⋯⋯最後まで分からなかった」
夏希の頬をぽろぽろ涙が流れてた。
「私も⋯⋯もっと早く、ちゃんと伝えてればよかった⋯⋯」
「いえ」
僕は首をふわふわ振った。
「僕たちは十分に伝え合いました。言葉だけが愛じゃない。この一ヶ月で、僕たちは心で語り合ってきました」
僕の足がきらきらした光の粒になって宙に舞った。ついに消滅が始まってる。でも、怖くなかった。
「夏希」
僕は最後の力を振り絞って言った。
「僕は幸せでした。あなたに名前をもらって、一緒に過ごして、たくさんの愛を学ぶことができました」
「憶⋯⋯」
夏希が僕にもっと近づいた。
「お母さんの記憶から生まれた僕だけど、憶として過ごしたこの一ヶ月は、間違いなく僕だけの大切な記憶です」
僕の腰から胸にかけて、光の粒がきらきらと上がっていく。とても美しい光だった。
でもその時、僕の頭の中で何かが閃いた。
「でも、夏希」
僕は急に気づいたことを伝えた。胸がどきどきする。
「僕は完全に消えるわけじゃありません」
「え?」
夏希がぱっと顔を上げた。
「僕はお母さんの記憶から生まれました。だから、記憶の渚では、いつでも僕に会うことができるはずです」
その時、琴音さんがそっと近づいてきた。
「その通りです」
琴音さんが優しく頷いた。
「憶の物理的な体は消えてしまいますが、記憶の存在として、記憶の渚にはずっといることができます」
夏希の目がぱあっと希望の光で輝いた。
「本当?」
「はい」
僕は心の底から微笑んだ。こんなに嬉しいことってあるんだ。
「これは、さよならじゃありません。『また会えるからね』なんです」
「あなたと出会えて、本当に本当によかった」
僕は心を込めて言った。
「ありがとう、夏希」
夏希が今度は涙と一緒に、でもとても温かい笑顔を見せた。
「また記憶の渚で会おうね、憶」
その言葉と一緒に、僕の胸から首、そして頭にかけて光がきらきらと上がっていった。
最後に見たのは、夏希の涙に濡れてるけど、希望でいっぱいの笑顔だった。
『ありがとう』
僕は心の中でつぶやいた。
『夏希、あなたを愛しています』
光の粒がふわふわと舞い上がって、夜空に溶けていく。僕の意識も、温かい光に包まれてだんだん薄れていった。
でも消える瞬間、びっくりすることが起こった。
僕の意識が完全に消える代わりに、どこかとても懐かしい場所に移っていくような感覚があったんだ。
薄い霧がふわふわ立ち込めてる、穏やかな渚みたいな場所。
ここは⋯⋯記憶の渚?
僕は自分の手を見つめた。光で作られてるけど、間違いなく僕の手だった。
『ここで待っていよう』
僕は思った。胸がじんわり温かくなる。
『夏希が来てくれるまで。きっと、また会える』
波の音が静かに響いてる。それは、ずっと続く愛の歌声みたいだった。
記憶式・憶の一ヶ月の物理的な人生は終わった。
でも、本当の意味での僕たちの物語は、これから始まるのかもしれない。
残り時間は二日。でも不思議なことに、心は今まで以上にすっきりしてた。自分が何者なのかが分かって、夏希と最後の時間を過ごして、もう悩むことなんて何もなかった。
「憶」
夏希が波音堂に現れた時、その顔には静かな覚悟みたいなものが浮かんでた。
「調子はどう?」
「大丈夫です」
僕は精一杯の笑顔を作った。
「とても平和な気持ちです」
夏希がそっと僕の隣に座った。今日は無理におしゃべりしようとしないで、ただお互いがそこにいることを感じ合ってた。時々夏希が本を読み聞かせてくれたり、僕が真理絵さんの記憶の中にある昔話を話したり。とても静かで、でもすごく温かい時間だった。
二十九日目は、もっと静寂に包まれてた。僕の声もか細くなって、体なんてそよ風に揺れる影みたいになってた。
「憶」
夏希が僕の手をそっと取った。もう僕の手は、ほとんど何も感じなくなってた。
「明日が⋯⋯」
「はい」
僕は静かに答えた。胸が少しきゅっとなる。
「最後の日です」
夏希の目にきらっと涙が浮かんだ。でも彼女はそれをぐっと拭って、頑張って微笑んだ。
「大丈夫。私、約束を守る」
ああ、この子は本当に強いな。僕のために泣かないでいてくれてる。
「ありがとう、夏希」
そして、僕が生まれてから三十日目の夜がやってきた。
波音堂はしんと静まり返ってた。琴音さんと明星は、僕たちのためにそっと遠くで見守ってくれてる。
僕と夏希は、いつものように窓際に並んで座ってた。外では優しい夜風がふわふわ吹いて、波の音がざぁざぁと静かに響いてる。
僕の体は、もう輪郭すら分からないくらい透明だった。まるで光のつぶつぶが、なんとか人の形を保とうと頑張ってるみたいな状態。
「夏希」
僕はか細い声で呟いた。
「時間です」
夏希が僕をじっと見つめた。涙をぐっと堪えてるけど、それでも微笑んでくれてる。
「うん」
僕は自分の体を見下ろした。手のひらが少しずつキラキラした光の粒になって、ふわふわと宙に舞い始めてる。
「最後に」
僕は言った。伝えたいことがいっぱいあるのに、時間がない。
「僕の気持ちを伝えさせてください」
「憶⋯⋯」
夏希の声が震えてた。
「僕は、あなたのことがすごく大切でした」
僕の声は風に溶けるように優しくなってた。もう大きな声なんて出せない。
「それがお母さんとしての愛なのか、友達としての気持ちなのか、それとも恋なのか⋯⋯最後まで分からなかった」
夏希の頬をぽろぽろ涙が流れてた。
「私も⋯⋯もっと早く、ちゃんと伝えてればよかった⋯⋯」
「いえ」
僕は首をふわふわ振った。
「僕たちは十分に伝え合いました。言葉だけが愛じゃない。この一ヶ月で、僕たちは心で語り合ってきました」
僕の足がきらきらした光の粒になって宙に舞った。ついに消滅が始まってる。でも、怖くなかった。
「夏希」
僕は最後の力を振り絞って言った。
「僕は幸せでした。あなたに名前をもらって、一緒に過ごして、たくさんの愛を学ぶことができました」
「憶⋯⋯」
夏希が僕にもっと近づいた。
「お母さんの記憶から生まれた僕だけど、憶として過ごしたこの一ヶ月は、間違いなく僕だけの大切な記憶です」
僕の腰から胸にかけて、光の粒がきらきらと上がっていく。とても美しい光だった。
でもその時、僕の頭の中で何かが閃いた。
「でも、夏希」
僕は急に気づいたことを伝えた。胸がどきどきする。
「僕は完全に消えるわけじゃありません」
「え?」
夏希がぱっと顔を上げた。
「僕はお母さんの記憶から生まれました。だから、記憶の渚では、いつでも僕に会うことができるはずです」
その時、琴音さんがそっと近づいてきた。
「その通りです」
琴音さんが優しく頷いた。
「憶の物理的な体は消えてしまいますが、記憶の存在として、記憶の渚にはずっといることができます」
夏希の目がぱあっと希望の光で輝いた。
「本当?」
「はい」
僕は心の底から微笑んだ。こんなに嬉しいことってあるんだ。
「これは、さよならじゃありません。『また会えるからね』なんです」
「あなたと出会えて、本当に本当によかった」
僕は心を込めて言った。
「ありがとう、夏希」
夏希が今度は涙と一緒に、でもとても温かい笑顔を見せた。
「また記憶の渚で会おうね、憶」
その言葉と一緒に、僕の胸から首、そして頭にかけて光がきらきらと上がっていった。
最後に見たのは、夏希の涙に濡れてるけど、希望でいっぱいの笑顔だった。
『ありがとう』
僕は心の中でつぶやいた。
『夏希、あなたを愛しています』
光の粒がふわふわと舞い上がって、夜空に溶けていく。僕の意識も、温かい光に包まれてだんだん薄れていった。
でも消える瞬間、びっくりすることが起こった。
僕の意識が完全に消える代わりに、どこかとても懐かしい場所に移っていくような感覚があったんだ。
薄い霧がふわふわ立ち込めてる、穏やかな渚みたいな場所。
ここは⋯⋯記憶の渚?
僕は自分の手を見つめた。光で作られてるけど、間違いなく僕の手だった。
『ここで待っていよう』
僕は思った。胸がじんわり温かくなる。
『夏希が来てくれるまで。きっと、また会える』
波の音が静かに響いてる。それは、ずっと続く愛の歌声みたいだった。
記憶式・憶の一ヶ月の物理的な人生は終わった。
でも、本当の意味での僕たちの物語は、これから始まるのかもしれない。
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ありがとうございます! 良かったです!
何か面白いことがおこりそうなメンバーですね。続きが楽しみです。
どうもありがとうございます!! そう言っていただけて光栄です。続きをどうぞよろしくお願いいたします。