新米キャラに無双チート⁉︎そんなのあったら苦労しねぇ!!!

水晶

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3話

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 あれは・・・何年前だった? 20・・・いや、25か? とにかく、思い出せないくらいはるか昔。俺は、両親によって死んだことにされた。

 よくある、交通事故だ。ただ少し違うのは、轢かれたのは人をかばってのことだということ。学校に行く途中、居眠り運転のトラックが歩道に突っ込み、児童13人を轢いた。そのうちの1人が、俺だ。この事故では痛ましいことに、5人が亡くなったそうだ。あとから聞いた話だが。

まあなにはともあれ俺の話だ。

 普通に轢かれて、どこか骨折とか擦りむいただけとかなら良かっただろう。しかし、俺の怪我は・・・顔面だった。

「岬平ー!隆くん来てるわよー!早く降りてらっしゃい!」

玄関先で母親が、家中に響き渡るような声で叫んでいる。ピリピリと、微かな音を立てて窓ガラスが震えている。全く、いくら昔舞台俳優で大きい声が自慢だったからって、毎朝あの声で叫ぶのは勘弁してほしい。

 目玉焼きのトーストを急いで咀嚼して飲み込みながら、俺は眉をしかめた。

「はーい!今行くー!」

2階から、慌てたような岬平の声が聞こえてきた。俺の方が起きるのは遅かったのに、なんで朝食をとるのは俺の方が早いのか。

「あぁもう!」
バタバタと階段を駆け下りてきた岬平は、トーストを見て苛立ったように声を上げた。

「スープだったらいいのに・・・こんなもん食べる暇ないじゃんか」

「持ってけば?」

食べ終えた後の食器をキッチンに持って行きながら俺は言った。そばのラックからラップを取り出し、手渡す。

「包んで持ってって、校舎裏とか先生いいない時とかに食べたらいいじゃん」

「あ、それいいかも!」

ラップを受け取り、岬平はいそいそとトーストを包み始めた。そこにまた、母親の声が響き渡る。

「岬平ー! 早くしなさい! 先行ってもらうわよー! 歌の朝練なんでしょー!?」

「今行くってば!」

包んだトーストをランドセルに乱暴に突っ込み、やかましく岬平は玄関へ出て行った。

「さてと・・・」

俺もそろそろ行かないとな。

 テーブルの下に置いていたランドセルを軽く肩に引っ掛け、LDKに入ってきた母親に声をかけた。

「そろそろ行ってくる。バスケ大会の朝練あるから」

「あら、もうそんな時間? いってらっしゃい」

母親は、笑顔で俺を見送ってくれた。

 ーーーこれが、母親が優しかった最後の瞬間だった。

「ふんふふーん・・・」

なんとなく思いついた曲を鼻歌にしてとりとめもなく歌って歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

「わっ! ・・・どう?びっくりした? びっくりした?」

「なんだ、お前か」

にやにやしながら俺の顔を覗き込んでくるこいつは、宮川大智みやがわたいち。俺らの家の3軒ぐらい挟んで隣に住んでいるやつで、幼稚園から一緒の幼馴染だ。跳ねたように突っ立っているくせっ毛と、若干茶色が混ざった瞳が印象的なやつ。男から見てもそこそこイケメンで、大概いつも女子に囲まれている。

「なんだってなにさぁ。やっぱ面白くねーな、篤樹は」

「なら関わらなきゃいいだろうが」

横目でチラッと見てくる奴に背を向けて再び歩き出すと、慌てたように大智はついてきた。

「じょ、冗談だって。怒んなってー」

「別に怒ってねーよ」

俺たちの横を、ゆっくりとトラックが抜かしていった。それを見てか、大智が怪訝そうな声をあげる。

「おい、あのトラック、なんか変じゃねーか?」

「ん?」

思いついた旋律を留めるのをやめて顔を上げると、妙な動きのトラックが目に入ってきた。

 確かに、変だ。まず、異常にスピードが遅い。俺が全力で走ったら抜かせるくらいのスピードだ。普通に走っている車に連続で抜かされ続けている。

 しかも、左右に小刻みに揺れて、フラフラしている。コントロールが取れないのか?止まってどうにかすればいいものを・・・。

 まぁ、今のところ俺に危険はないし、近くの大人に言うだけいってなんとかしてもらおう。

 そう思ってちょうどあったコンビニに寄ろうとした途端。大智が声を上げた。

「おい、あれ!」

「あぁ?」

見ると、トラックの左右への振れがますます悪化していた。今にも歩道に突っ込みそうだ。そして、隣の歩道には・・・

「「低学年の登校班・・・!」」

珍しく、俺と大智の意見が一致した。互いに顔を見合わせて頷きあい、同時に走り出す。

 ーーー子供特有の無駄に強い正義感と無鉄砲さが、この場合は悪い方向に働いた。

 車通りの多い交差点を、猛スピードで駆け抜ける。ギリギリで避けたタクシーの運転手が、クラクションを鳴らしてなにやら怒鳴っている。だが、俺の耳にはなんの音も入ってこなかった。視界に映るのは、危うい動きをするトラックと低学年の列だけだ。

 肩で息をしながらやっとの事で車の渦を通り抜けると、加速したのかさらに揺れが激しくなっているトラックが目に入った。

「急ぐぞ!」

大智が叫び、再び駆け出していった。

「おお!」

俺も答え、後に続く。

「危ないでーすっ! 後ろーっ!」

「おじいさーん! トラックがーっ!」

 走りながら、声を限りに付き添いらしいおじいさんに叫んだ。なんだと言いたげに振り向いたおじいさんの顔が、トラックを見た瞬間真っ青になる。あわてて児童たちを急かすものの、おしゃべりに夢中になっているらしい1・2年生は全く気づかない。

 あまりにも危なっかしい動きに、他の車も不審に思ったのだろう。何台かの車が追い抜かしざまにクラクションを鳴らしている。しかし、トラックの妙な動きはまだ変わらない。むしろ、ますます揺れが激しくなっているように見える。

 そんな時。俺の目は・・・列の1番後ろに釘付けになった。

「岬平・・・!」

溜息のような、吐息のような声が漏れた。大智が振り向く。

「岬平・・・いんのかよ⁉︎」

「助け・・・っないと・・・っ!」

 大智が何か言っているのはわかっていたが、俺の耳には1つも入らなかった。悲鳴のような声が意図せず出る。心臓が撫でられたようにひやりと冷たい感覚があった。

「「うぉりゃぁぁぁーーっ!」」

 2人で雄叫びをあげながら勢いよく登校班に突っ込む。俺たちのガタイがよかったのもあって、数人児童が吹き飛んだ。尻餅をついたチビ達は一瞬きょとんとした後、大声で泣きだした。

「なに、なんなの⁉︎」

 急に騒がしくなった住宅街に驚いたのか、近隣住民がわらわらと出てきた。

 ブォーン・・・ブォォーーン・・・

 ぶわっと後ろから風を感じた。激しくなったエンジン音に背筋が震える。

 ちらりと横を確認すると、吹っ飛んだ児童の中に岬平がいたのがわかった。横目でウインクして、笑ってみせる。

 目があった、と思った瞬間、岬平が息を飲んだ。

 ドガッ。

 俺は空を飛んだ。妙に周りの景色が鮮やかに見える。生まれ育った街を、俺はくっきりと目に焼き付けた。

 黒い地面が近づいてくる。しかし、ぶつかられた時に痺れたようになった両腕は、もう抗ってくれなかった。

 ゴッ。グシャッ。

 鈍い音とともに、痛いと感じる暇もなく、俺の意識は途絶えた。




まず最初に意識したのは、身体が包まれている感覚だった。ふわふわしてて、若干重たいくらいの何か。

このまま、俺の身体は溶けてくんじゃないか・・・?

徐々に力が抜けていく感じから、そんなことを半ば本気で思った時。ガラガラガラ、と扉の開く音がした。そして、どこからか声が聞こえ始めた。

「・・・・ですから、・・・・・・・なんです。」

「そん・・・・じゃないですか!」

「双方・・・・・で、僕た・・・・・・ですよ。」

なんだかくぐもっていて、やたらと聞き取りにくい。ぶつぶつ切れて、少しの単語だけが聞こえてくる。

何の話だろうか。母親のような声がする。俺の話だろうか。あーもう、イライラすんなぁ。どうせなら本人に聞こえるとこで話せよな!

あまりの歯痒さに、俺は起き上がって聞いてやろうと思った。・・・・・のだが。

「っつ!」

力をこめた瞬間ビクンと背中に引きつるような感覚が走り、俺は顔を歪めた。あまりの激痛に、言葉にならない叫びが漏れる。

繰り返し襲ってくる痛みの波を、布団を噛んでなんとかやり過ごす。気がつくと、布団だけでなく枕までがぐっしょりと濡れていた。無意識のうちに涙を流していたようだ。恐る恐る腕を上げて指でそっと触れると頰は熱く、2・3滴ほどまだ水が残っていた。肌にこすりつけるようにして拭う。

徐々に、これまでの経緯を思い出してきた。大智と一緒に低学年を助け、岬平を助けた。トラックに吹き飛ばされて、顔面から地面に突っ込んだ。の割に、顔の肌は無事そうだが・・・?

左腕がギプスで固定されて動かせなかったので、さっきも使った右腕をあげてゆっくりと顔をなぞる。右側はなんともなかったが、左側に入った瞬間とてつもない違和感を覚えた。

何か・・・何か、ある。

触ったことのある感じ。何だったか・・・ひどく身近にあるもの・・・

糸。

答えは急に訪れた。肌で、触ったことあるものって言ったら糸くらいじゃね? この縫い目の感じは、間違いなく糸だ。

顎の方から額に向かって縫い目をたどっていく。ビニールの糸だろうか、普通の糸よりかためな感じだ。昔友達が腕を切って縫っていた時に触らせてもらった、あの感じとほぼ同じだと思う。

縫い目は目のすぐ下まで続いていた。だが、不思議なことに痛みはほとんどなかった。表情を変えてもひきつれないくらいには余裕もあったし。今から考えると麻酔か鎮痛剤の効果だったのだろうが、当時の俺にはそんなところまで思考を巡らす頭脳はなく、ただただ不思議に思っていた。

一通り傷を触ってから、俺は話し声がしなくなったことに気づいた。結局俺の話だったかはわからないままだ。話していたのが母親だったのかも。

そのことに気づくと、何故か一気に気持ちに余裕ができた感じがした。病室の様子が徐々に頭に入ってくる。

よく小説で使われるありふれた表現だが、天井は白かった。ただ、古いのか黄ばんでいたのが印象に残っている。縦にかすかに入っている模様にも黒ずみが入っていた。綺麗に洗われたのがわかる真っ白なカーテンとは対照的に。

首だけを回して左右を見る。左には小さな箪笥とテレビ、右には壁から電気スタンドが生えていた。テレビも電気スタンドも、よく電気屋で宣伝しているような最新のものなのが見て取れた。テレビの前にはカレンダーが置かれ、×印がたくさんつけられている。

「何の×印だ・・・?」

しばらく考える。左ばかりを見過ぎて、寝違えたように首が痛くなってきた。一度右を向いてから向き直すのを3回は繰り返しただろうか、俺は×印が事故の日から始まっていることに気がついた。

「そういうことか」

2週間分ほどの×がついている。そんなに俺は寝ていたのだろうか。いや、まだ日付のカウントとは限らないけど。何か違うものかもしれない。でも、その可能性が1番高いだろうな。

カツ、カツ、カツ。

高い靴音が扉の前で止まったのが分かった。なんとなく嫌な予感がして、布団に慌てて潜り込む。同時に、端を少しだけ持ち上げて中から床が見えるようにした。人のあたりをつけるために。

「あら、寝てるのね」

入って来たのは黒いヒールだった。声からして、間違いなく母親だ。

「お静かになさってください、寝てらっしゃるんですから・・・」

もう1人はピンクの靴下に白いサンダル。看護師さんだな。

「ここで言い残してっても、言ったことになるわよね? 寝てるなんて知らなかったってことで」

「なりませんよ!」

看護師さんが語気を荒くした。母親がコツコツと踵を鳴らす。

「静かにしろって言ったあなたが騒いでどうするの。まあいいわ、私はここで言い捨てていくから。ちゃんと言ったからね!」

こっちも語気を荒くしている。いったい何を言おうというのだろうか。

「私は、私たちは、篤樹、あんたを死んだことにしたから」

・・・は?

え? まじで、てか、は?

布団の下で愕然とする俺に気づくわけもなく、母親は淡々と言葉を紡ぐ。

「そんな顔面の怪我して、普通に帰ってこれるつもりだった? 冗談じゃないわ。せっかく私が顔のいいあの人と結婚したのに」

「顔がいいから、成績や運動神経がいいのも褒めてもらったのよ。それを無駄にするなんて・・・なんてこと考えてるの?」

「その顔面は我が家の恥よ。あの人とも相談して、もう今日お葬式終わったから。岬平が不自然に思わないように、ちゃんと違う人の骨も入れたから、安心して?」

呆然としつつも、俺はひとつだけ安心した。岬平は無事だったのか、よかった・・・。これで岬平が万が一にも死んでしまっていたら、俺が体をはった甲斐がない。

「だから退院したら、あんた施設に行ってね? もう手続きしてるんだから。私たちの家に戻ってくることは絶対に許さないわ、分かったわね?」

コツ、音を立ててヒールの向きが変わった。

「さ、これで全部よ。満足した? これをこの子が起きた時に伝えるかどうかはあんた次第よ、任せるわ。じゃ、用が終わったんで私は帰る。じゃあね」

ヒールが遠ざかる。

「篤樹、あんたのその顔を二度と見なくてすむと思うと、せいせいするわ」

扉を開けると同時に言い捨てて、ヒールは高い音を立てて遠ざかって行った。

「はぁ・・・」

白いサンダルは重いため息をついて部屋の窓を開け、ゆっくりと部屋を出て行った。

30秒ほど数えてから俺は布団から顔を出した。今聞いたことを反芻する。

縁を切るとはっきり言われたのにも関わらず、涙は全く出なかった。

ーーーいや、嘘だ。

母親の態度、言葉を徐々にはっきりと思い出すにつれ、優しかった頃との差に俺は泣いた。

俺は、捨てられたのだ。

後から後から湧いてくる熱い涙は、どんどん俺の頰を流れ下った。唇を噛み締めても、手などをつねって意識を逸らそうとしても、全く止まる気配がなかった。

「ふうっ・・・うっ・・・ううっ・・・」

布団を歯が折れそうなくらい噛み、泣き声を懸命に堪えながら、涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにして俺は疲れるまで泣き続けた。

気がつけば、消灯寸前の時間になっていた。

知らない間に眠っていたらしい。寝ている間も泣いていたのか、頰に数滴の雫が残っていた。

何もしないままぼーっと天井を見つめる。母親の言葉が徐々に蘇り、じわりとまたしても涙が湧いてきた。

天井のしみを数えて気を紛らわそうとするものの、うまくいかない。目の前が霞み、涙が溢れ出した。

「っ・・・ふうっ・・・うううっ・・・」

若干乾いたくらいになっていた布団が再び涙に濡れる。姿勢が悪かったのか、左手がじくじくと痛み出した。俺はそれに気を取られ、思わず口を布団から離してしまった。

「う・・・うわああああああああっ・・・・ああああああああっ・・・」

夜の病棟に、俺の泣き声が響き渡った。

「どうしたの!?」

昼間の看護師さん(声で分かった)がばたばたと飛んできた。

「痛かった? 先生、呼ぼうか?」

俺が泣きながら首を振ると、怪訝そうにしばらく俺のことを見つめていた。が、思い当たったのか、その瞳が大きくなってゆく。

「ひょっとして、昼間の話、聞いてた?」

俺は首がもげるほどに頷いた。その間も、俺の喉からは吠えるような声があふれ続ける。

「まじか・・・」

看護師さんがぽそっと呟いた。そして、俺の方にゆっくり近づいてきた。

そしていきなり、俺は抱きしめられた。驚いて泣き声が止まる。

「大丈夫よ、大丈夫・・・」

背中をとんとんと叩かれる。その安定したリズムで、俺は知らぬ間に眠りに落ちていた。
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