4 / 4
4話
しおりを挟む
腕や足の骨折が思ったより酷かったらしく、退院には3ヶ月ほどかかった。しかし、これでも治りは早い方だったらしい。すっかり友達になった整形外科の先生に、
「若いのはいいねぇ」
と笑われてしまった。70くらいのおじいさんだったが、子供の扱いがうまいと評判の人だったらしい。俺がリハビリしんどい、行きたくないとほざいた時にもうまく励ましてその気にさせてくれた。病院で俺が最も仲良くなった人だ。
その3ヶ月の間に、俺のもとには家――いや、かつての家か――から毎日のように私物が送られてきた。施設に入れるとか言ってた割にこんな大量に送んなよ、と思ったのを覚えている。さすがに小6にもなると、それぐらいの知識は本で知っていた。全部俺に捨てさせる気かよ・・・。処分するのは病院の人たちなのに・・・。もちろん、しょうがないから全て自分で仕分け、捨ててもらった。かなりのものがゴミ行きになり、ダンボール20箱ほどあったものが4箱にまで減った。看護師さんにはかなり迷惑をかけてしまっただろう。間違いなく。すごく申し訳ない。
日が経って病院の生活に馴染んでくるにつれて、俺が家や両親のことを思い出すことはなくなっていった。最初どうしてあんなに泣いてしまったのか、と首を傾げたくなるほどに情が薄くもなった。
こんなことされたら普通憎んだり恨んだりしそうなものだが、俺はそんなこともなかった。
『赤の他人』
この意識の方が強かったからだろう。たぶん。もう知らない人だしどうでもいいや、って感じだった。
ああそうだ、大智とは病院で再会した。お互いちゃんと生きている状態で。あれから1ヶ月半くらい経ってからだ。ちょうど俺がギプスで車椅子をこぐのに慣れた頃。やっちゃいけないと厳命はされていたが、いちいちナースコール押して待つのもめんどくさかったし。時間さえわかってれば自分で検査にも行ける。そうして俺が車椅子でキコキコ検査に向かっている時、廊下ですれ違ったのだ。
「おー、篤樹じゃん! 死んだかと思ってたー!」
そう言って大爆笑してるあいつは、もとのまんまだった。いや、正確に言うともとのままではなかった。少なくとも、俺の見た目でどうのこうの言ってくることはなかった。お互いだったからかもしれない。
―――大智には、左足がなかった。
「いやー、生きてるとは聞いてたけどよ、この病院広すぎなんだよ! どっかで会うかなって思ってたけど全然会わねーし」
「俺はお前が生きてるって聞いてなかったからな、完全に死んだと思ってた」
俺が軽口で返すと、あいつは目を見張って言った。
「うっわ珍し、篤樹が冗談言ってる・・・明日ぐらい雪降るかもな・・・」
「おい」
俺があいつの車椅子を真顔でどつくと、ぎゃははははっと騒々しくあいつは笑った。病院だっての。まあ、久し振りに会ってお互いテンション上がってたのは認めるが。
「今から検査なのか?」
「あー違う違う、今終わったとこ」
「じゃあこの後暇か?」
「え、おう」
「売店でも行こうか。再会祝いに」
「ふぉぉぉぉ・・・」
さりげなく誘ったのにめちゃくちゃ驚かれている。なんでだ?
「今日何!? ミラクル!? 篤樹に何があったんだ・・・」
「色々あったぞ、悪い意味で」
俺が正直に言うとあいつは顔を引きつらせた。マジなのが伝わったのだろうか。
「おう、じゃあ後で聞くわ・・・篤樹何号室?」
「ああ、217だ」
「あー俺406。道理で会わないわけだな」
「じゃあ1階の売店の前で。その後のはそこで決めよう。たぶん10分くらいで終わるから」
「おっけ、じゃあ10分後な」
今日ばっかりは、検査が終わるのが待ち遠しかった。
「はいオッケー」
の声とともに部屋を飛び出す。そこまで速く行けないけど。車椅子だし。でも、こげる限りこいでエレベーターへ疾走した。
「はあ、はあ・・・」
「大丈夫かよ、あっはっはっはっは!」
息切らして行ったらあいつにげらげら笑われた。遅れないように頑張ったんだ、これでも。
「悪い、遅くなったな・・・はあ・・・」
「いや、全然いいけど・・・あっはっはっはっは! なんか篤樹の見たことない面が見れて幸せだわ」
「気持ち悪いな」
「あ、気のせい、いつも通りだったわ」
「おう」
「んで、何買うよ? 食事制限ねーよな?」
「ああ」
「じゃあ俺これかなー」
「俺はこれだな、一応昼ご飯出るし」
あいつが手に取ったのはハンバーガー、俺が手に取ったのは焼肉入りのおにぎりだった。
「やっぱ肉だよな!」
「おう」
「じゃあ買いに行こうぜー」
会計をすませた後、大智が真顔になって言った。
「車椅子って低いからさ、売店とかの会計不便だよな」
「そうだな、金出す時もやりにくい」
「俺、一生こうなのかな・・・」
息が止まりそうになった。大智はぽつりぽつりと続ける。
「最近、よく思うんだよな。俺らまだ小6じゃん? 中学とかなったら、部活も選び放題だったわけじゃん。もちろんあるやつに限るけどさ。でも、俺はもうそういうこと全部できないんだよな・・・」
言葉が出なかった。大智が抱えているものは、俺よりずっと重い。
「中学入ったら、篤樹とバスケしようって決めてたのによ・・・」
大智の声が涙交じりになった。俺はなすすべもなく手で顔を覆って静かに涙を流す大智を見つめているしかなかった。
しばらくして、大智が鼻をすすりながら顔から手を離した。
「悪いな、みっともないとこ見せちまって・・・」
「いや、俺こそ、悪い。お前に何もできない・・・」
無力感に苛まれて殺されそうだった。
「お前だって色々あっただろ? 俺親からお前が生きてること聞いたけど、聞いてなかったんだろ。なんかあったってことくらい、俺だって分かる。さっきあったって言ってたしな」
「今度は俺が聞く。お前の部屋エレベーターから近いか?」
「いや、むしろ反対側だ」
「じゃあ俺の部屋だな。行こう」
黙って2人で車椅子を転がす。大智の部屋に着くまで、空間は重たい沈黙に満ちていた。
「あ、景色いいな。さすが4階だ」
先に口を開いたのは俺だった。いい加減沈黙に耐えられなかったからだ。
「ああ、結構遠くまで見えるだろ? 俺地味にこの部屋気に入ってんだよなあ」
何にもなかったかのような顔で大智が笑った。俺はほっとして袋からおにぎりを取り出す。
「先、食うか。俺の話の前に」
「そうだな」
再び沈黙が俺らの間に満ちる。でもさっきより空気は重くなかった。
ありがたいことに、大智の部屋も俺と同じ個室だった。色々と話し込むには最適。
「んで? 何があったんだよ」
食い終わると同時に口を開く大智。俺まだ食ってるっての。
「ちょい待ち・・・ん。色々あったぞ。ほんとに」
「悪い意味で、な。それはさっきも聞いた。早く本題に入れ」
「せかすなよ。んー、どっから説明したらいいのやら・・・最初からいくか」
起きたら既にブラック◯ャックみたいなこの顔だったこと。腕がつってあって足も骨折していて動くのもままならなかったこと。看護師と親が揉めてて何かと思ったら死んだことにされてたこと。岬平は無事だったこと。『我が家の恥』だかなんだか忘れたけど顔について色々言われてたこと。毎日のようにダンボールが送られてきたこと。ここを退院したら施設に入らなければいけないこと・・・。
全てを事細かに説明するのに30分はかかっただろうか、いやもっとか? とにかく俺は長い時間をかけて大智に説明した。終わった後の大智は予想どおり唖然としていた。まあ誰でもこうなるだろな。
「お前大変だったんだなぁ・・・てか展開早すぎじゃね?」
「それは俺も思った。まじで親かよって思ったな」
「だろうな。お前まじで施設行くのか?」
「行くっきゃないだろうな。もう手続きしたって言ってたし」
「まじかぁ・・・じゃあ俺の家には呼べないなぁ・・・」
「呼んでくれる気あったのかよ、でもどっちみち岬平に会っちゃうからだめだろうな。岬平にわざわざ違う人の骨見せてまで死んだことにしたって言ってたし」
「つーか法律から考えてできんの? そんなこと」
「知らね。でも権力のコネは無駄にあるような人らだからな。どっかにねじ込んでどうにかしてても不思議じゃない、気はする。よく分かんねえけど」
「もはやドラマだろ・・・」
「ほんとだよな」
その後は、他愛もない話で盛り上がった。お互いに重い話を出さないよう気を使い、馬鹿な話に爆笑した。
―――事故の前の関係に戻ることができないのは、俺たち自身が一番わかっていた。
「そんじゃ、またな」
「おう」
別れは淡白なものだった。もう二度と会わないような気がしていたのは向こうも同じだっただろう。いつもふざけあっていた俺らにふさわしい別れ方だった。
退院後、俺は話の通り施設に行った。慣れないことも多く異質な環境だったが、雰囲気はいいところだった。もっとギスギスしているところかと思っていた。俺たちの代は多いらしく、同級生が5人もいた。5人が5人とも俺の顔を見ても引かないいい奴らだった。
「篤樹は俺の相棒だかんな!」
盛り上げ役で若干大智に似たところのあった海翔。
「・・・篤樹、お茶飲む?」
気配り上手で、のんびりしているようだが実はしっかり者の瑠羽。
「篤樹ー! 買い物行かない?」
おしゃれでリーダー格の陽葵。
「お前もうちょっと勉強できたらもてたんじゃね?」
天に二物も三物も与えられた天才でユーモア抜群の優吾。
「ねっむ・・・あ、篤樹や、あとでこれ教えてや」
マイペースな関西人、凛音。
大智以外で一番馬鹿な話ができたのはこいつらだっただろう。当然俺たちに大学に行くお金はなかったので、高校卒業後は6人でせまいアパートに詰めつつ懸命に働いた。最初に独立したのは瑠羽だったか。ひとり、ふたり、アパートを旅立っていった。俺は4番目だった。派遣として入った会社に能力を見初められ、正社員にならないかと誘われたのだ。今でも5人とはときどき飲む。
正直、俺は岬平の顔を半ば忘れていた。離れていた期間が長すぎて、弟だという感覚も遥か昔に置いてきてしまっていた。
―――だから、こんなところで会うとは思いもしなかった。
「若いのはいいねぇ」
と笑われてしまった。70くらいのおじいさんだったが、子供の扱いがうまいと評判の人だったらしい。俺がリハビリしんどい、行きたくないとほざいた時にもうまく励ましてその気にさせてくれた。病院で俺が最も仲良くなった人だ。
その3ヶ月の間に、俺のもとには家――いや、かつての家か――から毎日のように私物が送られてきた。施設に入れるとか言ってた割にこんな大量に送んなよ、と思ったのを覚えている。さすがに小6にもなると、それぐらいの知識は本で知っていた。全部俺に捨てさせる気かよ・・・。処分するのは病院の人たちなのに・・・。もちろん、しょうがないから全て自分で仕分け、捨ててもらった。かなりのものがゴミ行きになり、ダンボール20箱ほどあったものが4箱にまで減った。看護師さんにはかなり迷惑をかけてしまっただろう。間違いなく。すごく申し訳ない。
日が経って病院の生活に馴染んでくるにつれて、俺が家や両親のことを思い出すことはなくなっていった。最初どうしてあんなに泣いてしまったのか、と首を傾げたくなるほどに情が薄くもなった。
こんなことされたら普通憎んだり恨んだりしそうなものだが、俺はそんなこともなかった。
『赤の他人』
この意識の方が強かったからだろう。たぶん。もう知らない人だしどうでもいいや、って感じだった。
ああそうだ、大智とは病院で再会した。お互いちゃんと生きている状態で。あれから1ヶ月半くらい経ってからだ。ちょうど俺がギプスで車椅子をこぐのに慣れた頃。やっちゃいけないと厳命はされていたが、いちいちナースコール押して待つのもめんどくさかったし。時間さえわかってれば自分で検査にも行ける。そうして俺が車椅子でキコキコ検査に向かっている時、廊下ですれ違ったのだ。
「おー、篤樹じゃん! 死んだかと思ってたー!」
そう言って大爆笑してるあいつは、もとのまんまだった。いや、正確に言うともとのままではなかった。少なくとも、俺の見た目でどうのこうの言ってくることはなかった。お互いだったからかもしれない。
―――大智には、左足がなかった。
「いやー、生きてるとは聞いてたけどよ、この病院広すぎなんだよ! どっかで会うかなって思ってたけど全然会わねーし」
「俺はお前が生きてるって聞いてなかったからな、完全に死んだと思ってた」
俺が軽口で返すと、あいつは目を見張って言った。
「うっわ珍し、篤樹が冗談言ってる・・・明日ぐらい雪降るかもな・・・」
「おい」
俺があいつの車椅子を真顔でどつくと、ぎゃははははっと騒々しくあいつは笑った。病院だっての。まあ、久し振りに会ってお互いテンション上がってたのは認めるが。
「今から検査なのか?」
「あー違う違う、今終わったとこ」
「じゃあこの後暇か?」
「え、おう」
「売店でも行こうか。再会祝いに」
「ふぉぉぉぉ・・・」
さりげなく誘ったのにめちゃくちゃ驚かれている。なんでだ?
「今日何!? ミラクル!? 篤樹に何があったんだ・・・」
「色々あったぞ、悪い意味で」
俺が正直に言うとあいつは顔を引きつらせた。マジなのが伝わったのだろうか。
「おう、じゃあ後で聞くわ・・・篤樹何号室?」
「ああ、217だ」
「あー俺406。道理で会わないわけだな」
「じゃあ1階の売店の前で。その後のはそこで決めよう。たぶん10分くらいで終わるから」
「おっけ、じゃあ10分後な」
今日ばっかりは、検査が終わるのが待ち遠しかった。
「はいオッケー」
の声とともに部屋を飛び出す。そこまで速く行けないけど。車椅子だし。でも、こげる限りこいでエレベーターへ疾走した。
「はあ、はあ・・・」
「大丈夫かよ、あっはっはっはっは!」
息切らして行ったらあいつにげらげら笑われた。遅れないように頑張ったんだ、これでも。
「悪い、遅くなったな・・・はあ・・・」
「いや、全然いいけど・・・あっはっはっはっは! なんか篤樹の見たことない面が見れて幸せだわ」
「気持ち悪いな」
「あ、気のせい、いつも通りだったわ」
「おう」
「んで、何買うよ? 食事制限ねーよな?」
「ああ」
「じゃあ俺これかなー」
「俺はこれだな、一応昼ご飯出るし」
あいつが手に取ったのはハンバーガー、俺が手に取ったのは焼肉入りのおにぎりだった。
「やっぱ肉だよな!」
「おう」
「じゃあ買いに行こうぜー」
会計をすませた後、大智が真顔になって言った。
「車椅子って低いからさ、売店とかの会計不便だよな」
「そうだな、金出す時もやりにくい」
「俺、一生こうなのかな・・・」
息が止まりそうになった。大智はぽつりぽつりと続ける。
「最近、よく思うんだよな。俺らまだ小6じゃん? 中学とかなったら、部活も選び放題だったわけじゃん。もちろんあるやつに限るけどさ。でも、俺はもうそういうこと全部できないんだよな・・・」
言葉が出なかった。大智が抱えているものは、俺よりずっと重い。
「中学入ったら、篤樹とバスケしようって決めてたのによ・・・」
大智の声が涙交じりになった。俺はなすすべもなく手で顔を覆って静かに涙を流す大智を見つめているしかなかった。
しばらくして、大智が鼻をすすりながら顔から手を離した。
「悪いな、みっともないとこ見せちまって・・・」
「いや、俺こそ、悪い。お前に何もできない・・・」
無力感に苛まれて殺されそうだった。
「お前だって色々あっただろ? 俺親からお前が生きてること聞いたけど、聞いてなかったんだろ。なんかあったってことくらい、俺だって分かる。さっきあったって言ってたしな」
「今度は俺が聞く。お前の部屋エレベーターから近いか?」
「いや、むしろ反対側だ」
「じゃあ俺の部屋だな。行こう」
黙って2人で車椅子を転がす。大智の部屋に着くまで、空間は重たい沈黙に満ちていた。
「あ、景色いいな。さすが4階だ」
先に口を開いたのは俺だった。いい加減沈黙に耐えられなかったからだ。
「ああ、結構遠くまで見えるだろ? 俺地味にこの部屋気に入ってんだよなあ」
何にもなかったかのような顔で大智が笑った。俺はほっとして袋からおにぎりを取り出す。
「先、食うか。俺の話の前に」
「そうだな」
再び沈黙が俺らの間に満ちる。でもさっきより空気は重くなかった。
ありがたいことに、大智の部屋も俺と同じ個室だった。色々と話し込むには最適。
「んで? 何があったんだよ」
食い終わると同時に口を開く大智。俺まだ食ってるっての。
「ちょい待ち・・・ん。色々あったぞ。ほんとに」
「悪い意味で、な。それはさっきも聞いた。早く本題に入れ」
「せかすなよ。んー、どっから説明したらいいのやら・・・最初からいくか」
起きたら既にブラック◯ャックみたいなこの顔だったこと。腕がつってあって足も骨折していて動くのもままならなかったこと。看護師と親が揉めてて何かと思ったら死んだことにされてたこと。岬平は無事だったこと。『我が家の恥』だかなんだか忘れたけど顔について色々言われてたこと。毎日のようにダンボールが送られてきたこと。ここを退院したら施設に入らなければいけないこと・・・。
全てを事細かに説明するのに30分はかかっただろうか、いやもっとか? とにかく俺は長い時間をかけて大智に説明した。終わった後の大智は予想どおり唖然としていた。まあ誰でもこうなるだろな。
「お前大変だったんだなぁ・・・てか展開早すぎじゃね?」
「それは俺も思った。まじで親かよって思ったな」
「だろうな。お前まじで施設行くのか?」
「行くっきゃないだろうな。もう手続きしたって言ってたし」
「まじかぁ・・・じゃあ俺の家には呼べないなぁ・・・」
「呼んでくれる気あったのかよ、でもどっちみち岬平に会っちゃうからだめだろうな。岬平にわざわざ違う人の骨見せてまで死んだことにしたって言ってたし」
「つーか法律から考えてできんの? そんなこと」
「知らね。でも権力のコネは無駄にあるような人らだからな。どっかにねじ込んでどうにかしてても不思議じゃない、気はする。よく分かんねえけど」
「もはやドラマだろ・・・」
「ほんとだよな」
その後は、他愛もない話で盛り上がった。お互いに重い話を出さないよう気を使い、馬鹿な話に爆笑した。
―――事故の前の関係に戻ることができないのは、俺たち自身が一番わかっていた。
「そんじゃ、またな」
「おう」
別れは淡白なものだった。もう二度と会わないような気がしていたのは向こうも同じだっただろう。いつもふざけあっていた俺らにふさわしい別れ方だった。
退院後、俺は話の通り施設に行った。慣れないことも多く異質な環境だったが、雰囲気はいいところだった。もっとギスギスしているところかと思っていた。俺たちの代は多いらしく、同級生が5人もいた。5人が5人とも俺の顔を見ても引かないいい奴らだった。
「篤樹は俺の相棒だかんな!」
盛り上げ役で若干大智に似たところのあった海翔。
「・・・篤樹、お茶飲む?」
気配り上手で、のんびりしているようだが実はしっかり者の瑠羽。
「篤樹ー! 買い物行かない?」
おしゃれでリーダー格の陽葵。
「お前もうちょっと勉強できたらもてたんじゃね?」
天に二物も三物も与えられた天才でユーモア抜群の優吾。
「ねっむ・・・あ、篤樹や、あとでこれ教えてや」
マイペースな関西人、凛音。
大智以外で一番馬鹿な話ができたのはこいつらだっただろう。当然俺たちに大学に行くお金はなかったので、高校卒業後は6人でせまいアパートに詰めつつ懸命に働いた。最初に独立したのは瑠羽だったか。ひとり、ふたり、アパートを旅立っていった。俺は4番目だった。派遣として入った会社に能力を見初められ、正社員にならないかと誘われたのだ。今でも5人とはときどき飲む。
正直、俺は岬平の顔を半ば忘れていた。離れていた期間が長すぎて、弟だという感覚も遥か昔に置いてきてしまっていた。
―――だから、こんなところで会うとは思いもしなかった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ハイエルフの幼女に転生しました。
レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは
神様に転生させてもらって新しい世界で
たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく
死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。
ゆっくり書いて行きます。
感想も待っています。
はげみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる