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もしもし、こんにちは。
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ピロピロピロ、ピロピロピロ……
朝6時。携帯の着信音とともに、私の朝は始まる。
ピッ。
「もしもし、青空屋です。おはようございます」
『おはようございます……』
途切れがちの細い声が、スピーカーの向こうから聞こえてくる。
「何か、ありましたか?かりんさん」
昨日とは様変わりしたその声を不思議に思い、私は問う。すると、かすかな泣き声が聞こえ始めた。
『母が……昨日、帰ってきて……またしんどくて重い生活に戻るのかと思うと……辛くて……っ」
「……」
かりんさんは、私が何もわからずに青空屋を始めた時からのお客さんだ。2番目に電話してきた人。そう、あの日も今日と同じ相談だった。
泣き声が収まるまで、私は黙ってじっと待った。こういうお客さんには、’’ちゃんと聞いているよ’’と伝えることが大事だ。待っている間に何かしようと動くとそれが物音でばれ、’’私の話なんてどうでもいいんだ’’と思わせてしまうことになる。
『すみません……いつもいつも……』
数分後、かりんさんは震える声で謝ってきた。いつも、泣いたあと彼女は謝ってくる。その度に私は、微笑んで同じ答えを返す。
「いいんですよ、仕事ですから」
『……』
『明日の晩って……空いてますか?』
急に問われた。完全に不意打ちだったせいで、反応が少し遅れる。
「え?あぁ、少々お待ちください……」
カバンの中をゴソゴソ探り、スケジュール表を取り出す。確認すると、明日の晩は誰の予定も入っていなかった。
「お待たせしました。明日の晩は空いてますよ。何時にされますか?」
『えっと……9時ぐらいでお願いします』
「わかりました。」
胸ポケットから取り出したボールペンを使って、片手でスケジュール表に書き込む。
【かりん・9時ぐらい】
『ふふふ……』
急に電話の向こうから笑い声がした。
「どうかしました?」
私が尋ねると、
『いや、なんか……リリさんも人間なんだなって』
「へ?」
思いもよらない回答に、間抜けな声が漏れた。彼女がまた、くすくす笑う。
『ほら、今みたいな。正直リリさん固くて、機械みたいだってずっと思ってたから……ふふふ……』
「ちゃんと人間ですよ。ふふふ……」
思わず私も笑ってしまった。同時に、かなりほっとした。さっきまで泣いていた彼女はもう笑えている。それぐらいの強さがあれば、きっと大丈夫だろう。
『大事なご報告があるので……明日、よろしくお願いしますね!』
「はい、了解しました。お待ちしています」
『では!』
プツッ……ツーッ、ツーッ、ツーッ……
思わせぶりなセリフと明るい声を残して、彼女は電話を切った。
大事な報告……学校に通うとかだろうか?彼女の卒業はもうすぐかもしれないな……。
パタン。
閉じたガラケーを見つめて、私は小さくため息をついた。もし大事な話というのが学校にいけるようになったことだとしたらーー。
もしそうだったら、の話だが、彼女が卒業となるとかなり寂しい。いいことだというのはわかっていても、新米だった頃の私に合わせてくれたという感謝は別れ難さを呼び起こす。
ピンポン。
部屋のインターホンの音で、私は我に返った。ぶるぶると頭を振って、考えを追い出す。パタパタと走ってドアを開けると、従業員の人は驚いた顔をした。
「起きていらしたんですか。お時間ですよ。会計は、下のフロントで承りますので」
「はい」
部屋に戻り、昨日のうちにまとめていた荷物を持つ。まぁ、荷物といってもそんな大したものじゃなくて、最低限の着替えと必要なものが入ったスポーツバックだけだ。もうすでに古びてきたそれは、ビニールの光沢をとうの昔に失っている。
ふかふかのカーペットの廊下を歩き、従業員の人とともにエレベーターに乗り込む。月曜だからか、ほとんど人を見かけなかった。スーツ姿のサラリーマンが数人いたくらいだ。
フロントの階に着いてエレベーターから降りると、怪訝そうな目をあちこちから向けられた。ようく考えてみれば、ごくごく自然のことなんだが、今日は平日。中学生か高校生くらいの女子が1人でホテルなど、私が逆の立場でも怪しむだろう。こんなところで何をしているのか、学校はどうしたのかーーとか。
カードの一括払いで会計を済ますと、自動ドアを抜けて私は外に出た。
「ありがとうございました!」
後ろから声が聞こえる。外は眩しいくらいの快晴だった。真っ青な空に、綺麗に雲が映えている。
「今日は、いい日になりそうだな・・・」
誰ともなしに呟き、愛車の鍵を外した。勢いよく地面を蹴って、またがる。水色のフレームがキラッと光った。
不登校の人々のための電話相談所。
私はーー
青空屋。
朝6時。携帯の着信音とともに、私の朝は始まる。
ピッ。
「もしもし、青空屋です。おはようございます」
『おはようございます……』
途切れがちの細い声が、スピーカーの向こうから聞こえてくる。
「何か、ありましたか?かりんさん」
昨日とは様変わりしたその声を不思議に思い、私は問う。すると、かすかな泣き声が聞こえ始めた。
『母が……昨日、帰ってきて……またしんどくて重い生活に戻るのかと思うと……辛くて……っ」
「……」
かりんさんは、私が何もわからずに青空屋を始めた時からのお客さんだ。2番目に電話してきた人。そう、あの日も今日と同じ相談だった。
泣き声が収まるまで、私は黙ってじっと待った。こういうお客さんには、’’ちゃんと聞いているよ’’と伝えることが大事だ。待っている間に何かしようと動くとそれが物音でばれ、’’私の話なんてどうでもいいんだ’’と思わせてしまうことになる。
『すみません……いつもいつも……』
数分後、かりんさんは震える声で謝ってきた。いつも、泣いたあと彼女は謝ってくる。その度に私は、微笑んで同じ答えを返す。
「いいんですよ、仕事ですから」
『……』
『明日の晩って……空いてますか?』
急に問われた。完全に不意打ちだったせいで、反応が少し遅れる。
「え?あぁ、少々お待ちください……」
カバンの中をゴソゴソ探り、スケジュール表を取り出す。確認すると、明日の晩は誰の予定も入っていなかった。
「お待たせしました。明日の晩は空いてますよ。何時にされますか?」
『えっと……9時ぐらいでお願いします』
「わかりました。」
胸ポケットから取り出したボールペンを使って、片手でスケジュール表に書き込む。
【かりん・9時ぐらい】
『ふふふ……』
急に電話の向こうから笑い声がした。
「どうかしました?」
私が尋ねると、
『いや、なんか……リリさんも人間なんだなって』
「へ?」
思いもよらない回答に、間抜けな声が漏れた。彼女がまた、くすくす笑う。
『ほら、今みたいな。正直リリさん固くて、機械みたいだってずっと思ってたから……ふふふ……』
「ちゃんと人間ですよ。ふふふ……」
思わず私も笑ってしまった。同時に、かなりほっとした。さっきまで泣いていた彼女はもう笑えている。それぐらいの強さがあれば、きっと大丈夫だろう。
『大事なご報告があるので……明日、よろしくお願いしますね!』
「はい、了解しました。お待ちしています」
『では!』
プツッ……ツーッ、ツーッ、ツーッ……
思わせぶりなセリフと明るい声を残して、彼女は電話を切った。
大事な報告……学校に通うとかだろうか?彼女の卒業はもうすぐかもしれないな……。
パタン。
閉じたガラケーを見つめて、私は小さくため息をついた。もし大事な話というのが学校にいけるようになったことだとしたらーー。
もしそうだったら、の話だが、彼女が卒業となるとかなり寂しい。いいことだというのはわかっていても、新米だった頃の私に合わせてくれたという感謝は別れ難さを呼び起こす。
ピンポン。
部屋のインターホンの音で、私は我に返った。ぶるぶると頭を振って、考えを追い出す。パタパタと走ってドアを開けると、従業員の人は驚いた顔をした。
「起きていらしたんですか。お時間ですよ。会計は、下のフロントで承りますので」
「はい」
部屋に戻り、昨日のうちにまとめていた荷物を持つ。まぁ、荷物といってもそんな大したものじゃなくて、最低限の着替えと必要なものが入ったスポーツバックだけだ。もうすでに古びてきたそれは、ビニールの光沢をとうの昔に失っている。
ふかふかのカーペットの廊下を歩き、従業員の人とともにエレベーターに乗り込む。月曜だからか、ほとんど人を見かけなかった。スーツ姿のサラリーマンが数人いたくらいだ。
フロントの階に着いてエレベーターから降りると、怪訝そうな目をあちこちから向けられた。ようく考えてみれば、ごくごく自然のことなんだが、今日は平日。中学生か高校生くらいの女子が1人でホテルなど、私が逆の立場でも怪しむだろう。こんなところで何をしているのか、学校はどうしたのかーーとか。
カードの一括払いで会計を済ますと、自動ドアを抜けて私は外に出た。
「ありがとうございました!」
後ろから声が聞こえる。外は眩しいくらいの快晴だった。真っ青な空に、綺麗に雲が映えている。
「今日は、いい日になりそうだな・・・」
誰ともなしに呟き、愛車の鍵を外した。勢いよく地面を蹴って、またがる。水色のフレームがキラッと光った。
不登校の人々のための電話相談所。
私はーー
青空屋。
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