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あなたに、とらわれて
①
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ライヴはあっという間に終わってしまった。
二時間ほどの時間が一瞬のように思える。
ザワザワと周りの客達が出口へと流れて行く中、ほなみは呆けたようにその場から動けずにいた。
バーを握りしめたまま、スタッフが忙しく楽器を片付けているステージを見つめていると、あぐりに肩を軽く揺さぶられる。
「大丈夫?……どこか具合が悪くなったんじゃないよね?」
「ああ……うん。大丈夫」
「なかなか良かったんじゃない?
西君の声、良く出てたね」
「うん……」
「グッズ、一応見てみようか」
あぐりに腕を引っ張られ、引きずられるように外に出た。
ライヴハウスの熱気の中、少々汗ばむ位だったが、外の冷気が今は心地好い。
グッズ売り場では、シャツやパーカ、缶バッジやトートバッグ、CDなどが売られていた。
「クレッシェのグッズって可愛いよね。パーカどうしようかなあ」
あぐりがパーカを手に取り、スタッフにサイズのSがあるか聞いている。
ほなみはCDを全種類手に取った。
「全部下さい!」
「ありがとうございます!
実は今日、3枚以上お買い上げのお客様にはメンバーからサインをしてもらえるんですよ」
女性スタッフが、ほなみにそっと耳打ちする。
「えっ!?」
「何々っ?どうしたの?……うわ!買うの?言ってくれれば貸すのに~」
買ったパーカを早速羽織った姿のあぐりは、ほなみが沢山のCDを抱えているのを見て目を丸くした。
「欲しいの」
きっぱり言うほなみを、あぐりはまじまじと見つめ、そして嬉しそうに言った。
「珍しくお気に入りになったらしいね。
良かったよ~誘って」
ほなみも笑ってうなずいた。
すると先程の女性のスタッフに呼ばれた。
「お客様、こちらへ」
ほなみは、先導されて"STAFF ONLY"と書かれたドアを開けた。
「サインお願いしまーす」という女性スタッフの声に
「――はい」
と聞き覚えのある、よく通る男性の声が返ってくる。
「すみません、今メンバーが来ますのでサインしてもらって下さい!私、片付けがあるので失礼します!」
スタッフは早口で言うと、あたふたと行ってしまった。
ほなみは心細くなってしまい、所在なげにキョロキョロした。
控室の壁には、ミュージシャンのサインが無数に書かれていた。
今やドームツアーをするほどのビッグなバンドの名前もあり、思わず感嘆する。
「すご……」
小さくつぶやいた時、真後ろで
「うん。すごいよね」と声がした。
「ーー!」
ほなみは飛びのき、持っていたCDを落としてしまった。
「――大変っ」
慌てて拾おうとして屈むと、一緒に屈んでCDを拾い上げる人物を見て息をのんだ。
――西君だ。
ステージではスーツ姿だったが、ゆったりとしたシンプルなTシャツとGパンに着替えいた。先程よりも男性ぽさが感じられる。
身体の線は細いけれど、手は思いのほか骨張り大きくて、ほなみの手はすっぽりと包まれてしまうだろう。
「驚かしてゴメンね」
真っすぐに見つめられ、ほなみは余裕が全く無くなってしまった。
長いまつ毛におおわれた彼の瞳は、おどおどと戸惑うほなみを見て、わずかに揺れた。
「たくさん買ってくれたんだね、ありがとう……どれにサインする?全部にして欲しければ、全部に書くよ?」
緊張のあまり、カクカクと奇妙な動きでうなずくしかできなかった。
何が可笑しいのか、彼はクスリと笑みを零し、CDのケースを優雅な手つきで開くと盤面にサラサラとペンを走らせた。
「お名前は?」
「は……はいっ?」
「……あなたの、名前」
西本祐樹は優しい笑みをたたえた瞳で、ほなみの目を見つめ、ゆっくりと訪ねた。
ほなみは、胸苦しさで喉がつまるような感覚を覚えながら、やっとの思いで答えた。
「ほ……ほなみ、と言います」
彼はCDに"ほなみへ"と書き加える。
「他のメンバーにも書いてもらってくるから、ちょっと待っててね?」
滑らかな口調でそう言うと、部屋から出て行こうとした。
「待って!」
ほなみの口から、自分でもびっくりするような大きな声が出た。
彼が目を丸くして振り返る。
ほなみは、バッグからラッピングしたトリュフのチョコレートを差し出した。
二時間ほどの時間が一瞬のように思える。
ザワザワと周りの客達が出口へと流れて行く中、ほなみは呆けたようにその場から動けずにいた。
バーを握りしめたまま、スタッフが忙しく楽器を片付けているステージを見つめていると、あぐりに肩を軽く揺さぶられる。
「大丈夫?……どこか具合が悪くなったんじゃないよね?」
「ああ……うん。大丈夫」
「なかなか良かったんじゃない?
西君の声、良く出てたね」
「うん……」
「グッズ、一応見てみようか」
あぐりに腕を引っ張られ、引きずられるように外に出た。
ライヴハウスの熱気の中、少々汗ばむ位だったが、外の冷気が今は心地好い。
グッズ売り場では、シャツやパーカ、缶バッジやトートバッグ、CDなどが売られていた。
「クレッシェのグッズって可愛いよね。パーカどうしようかなあ」
あぐりがパーカを手に取り、スタッフにサイズのSがあるか聞いている。
ほなみはCDを全種類手に取った。
「全部下さい!」
「ありがとうございます!
実は今日、3枚以上お買い上げのお客様にはメンバーからサインをしてもらえるんですよ」
女性スタッフが、ほなみにそっと耳打ちする。
「えっ!?」
「何々っ?どうしたの?……うわ!買うの?言ってくれれば貸すのに~」
買ったパーカを早速羽織った姿のあぐりは、ほなみが沢山のCDを抱えているのを見て目を丸くした。
「欲しいの」
きっぱり言うほなみを、あぐりはまじまじと見つめ、そして嬉しそうに言った。
「珍しくお気に入りになったらしいね。
良かったよ~誘って」
ほなみも笑ってうなずいた。
すると先程の女性のスタッフに呼ばれた。
「お客様、こちらへ」
ほなみは、先導されて"STAFF ONLY"と書かれたドアを開けた。
「サインお願いしまーす」という女性スタッフの声に
「――はい」
と聞き覚えのある、よく通る男性の声が返ってくる。
「すみません、今メンバーが来ますのでサインしてもらって下さい!私、片付けがあるので失礼します!」
スタッフは早口で言うと、あたふたと行ってしまった。
ほなみは心細くなってしまい、所在なげにキョロキョロした。
控室の壁には、ミュージシャンのサインが無数に書かれていた。
今やドームツアーをするほどのビッグなバンドの名前もあり、思わず感嘆する。
「すご……」
小さくつぶやいた時、真後ろで
「うん。すごいよね」と声がした。
「ーー!」
ほなみは飛びのき、持っていたCDを落としてしまった。
「――大変っ」
慌てて拾おうとして屈むと、一緒に屈んでCDを拾い上げる人物を見て息をのんだ。
――西君だ。
ステージではスーツ姿だったが、ゆったりとしたシンプルなTシャツとGパンに着替えいた。先程よりも男性ぽさが感じられる。
身体の線は細いけれど、手は思いのほか骨張り大きくて、ほなみの手はすっぽりと包まれてしまうだろう。
「驚かしてゴメンね」
真っすぐに見つめられ、ほなみは余裕が全く無くなってしまった。
長いまつ毛におおわれた彼の瞳は、おどおどと戸惑うほなみを見て、わずかに揺れた。
「たくさん買ってくれたんだね、ありがとう……どれにサインする?全部にして欲しければ、全部に書くよ?」
緊張のあまり、カクカクと奇妙な動きでうなずくしかできなかった。
何が可笑しいのか、彼はクスリと笑みを零し、CDのケースを優雅な手つきで開くと盤面にサラサラとペンを走らせた。
「お名前は?」
「は……はいっ?」
「……あなたの、名前」
西本祐樹は優しい笑みをたたえた瞳で、ほなみの目を見つめ、ゆっくりと訪ねた。
ほなみは、胸苦しさで喉がつまるような感覚を覚えながら、やっとの思いで答えた。
「ほ……ほなみ、と言います」
彼はCDに"ほなみへ"と書き加える。
「他のメンバーにも書いてもらってくるから、ちょっと待っててね?」
滑らかな口調でそう言うと、部屋から出て行こうとした。
「待って!」
ほなみの口から、自分でもびっくりするような大きな声が出た。
彼が目を丸くして振り返る。
ほなみは、バッグからラッピングしたトリュフのチョコレートを差し出した。
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