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十六歳の誕生日

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 ピアノ発表会で繰り広げられた昼ドラさながらの不倫愛憎劇は、瞬く間に町中に知れわたった。

 透太と透太の母は、事件のあと忽然と町からいなくなった。

 ふたりが暮らしていたアパートの部屋は、生活用品がほぼ残されたままだった。透太の幼稚園の黄色いリュックや、帽子や園服、母親がよく着ていた赤茶色のコートがハンガーに掛けられていた。

 黄色と青のギンガムチェックのテーブルクロスが掛かっている、小さな丸テーブルの上には、飲みかけの紅茶とココアが入ったカップがふたつ、取り残されていた。

 
 真理子は家事も、育児も一切しなくなり、ある日失踪した。

 発見されたのは一ヶ月後。彼女は赤色の派手なドレスを着て、裸足で海岸の砂浜を歩いていた。

 真っ白な血の気のない頬と鮮やかな色の唇は見る人をぞっとさせるほどだったという。

 焦点の合わない瞳の彼女が吸い寄せられるように波のほうへと向かって行くのを通りすがりの釣り客が助けたのだった。

 真理子は妊娠していた。慎の子ではない。放浪している時にゆきずりの男と関係を持ったらしい。

 慎は逆上し、真理子にお腹の子の事を詰問した。

 その様子を真由は病院の扉の前でじっと見ていた。

 

ーーお母さんにかかった悪い魔法は、お父さんにも伝染してしまったのだろうか。お父さんまでが、絵本に出てくる悪魔のような怖い顔をして、大きな声で怒鳴っているなんて。

 

 その時までは、母と父は仲直りをして、元通りの家族になれーーという根拠のない希望を抱いていた。

 

 その夜、真理子は流産する。

 ショックで、真理子は失踪している間の記憶を失った。

 その後、夫婦の深い溝が埋まることはなく、真由が小学校に上がる前には、別居状態となった。

 心と心で通じあっていた筈の透太もいなくなってしまい、真由の家庭はめちゃくちゃに壊れた。

 真由の希望はなにもかも打ち砕かれた。

 
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