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出逢いは悪夢の中で
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中学二年になって、強制的にやらされた自己紹介。
そこで僕は痛恨のミスした。
「……す、鈴木勇人(はやと)です……特に特徴は無くて地味な自分ですが、よ、よろしくお願いします」
緊張から訳の解らない事を口走ってしまった。
途端に教室は爆笑に包まれた。
芸人なら、この爆笑を
『ウケた』
と捉え喜ぶも知れないが、決してボケた訳じゃないんだ。
クラスの皆は、僕が次に何を言うのか期待して見ていたが、勿論そんな器用な事ができる訳も無く赤くなり俯いた。
「君のニックネームは、地味だから『ジミー』だな!」
「ジミー!がんばれよwww」
「ジミー!」
「ジミー!(笑)」
「ジミー!(爆)」
「こら。静かに――!」
担任のウッチー(内山)がその場を収めてはくれたが、笑いを噛み殺してやがる。
僕が口元を引き攣らせながら着席すると、後ろの席から自己紹介が始まった。
「河本茜(かわもと あかね)です。部活は音楽部です。」
(可愛い声。それに凄くハキハキしてんな〜。
何で他の奴らはこんな緊張する状況でも噛まずに冷静に喋る事が出来るんだろう……度胸が通常の人間の千分の一程度も無い僕には無理だ……
どうせ僕は…僕は……)
「2ーD組が『皆が楽しいクラス』
になるように頑張ります!」
(――可愛い声だなあ――
ムニャ……)
……はっ!
深刻に考え事をしてたつもりだったが居眠りをしていたらしい。
頬杖をしていた腕が外れ顔を机に強打して、地味に痛い。
寝ぼけてる間にクラス委員が後ろの席の河本茜に決定したらしい。
パチパチパチパチ。
僕も一応拍手しておく。
「河本、頼んだぞ〜。
さて早速だが宿題だぞ。
……ブーブー言うな。
提出期限は来週まで!余裕だろ?
作文だ。原稿用紙三枚以上書けよ?
テーマは『自分』!
名前の由来でも家族のエピソードでもいいぞ?先生も皆の事を知りたいからちゃんと書いてくれよな?
はい日直!……えっと今日は……誰だ?まあいいや河本、号令!」
「起立!礼!さようなら!」
「さよーならー」
チャイムと共に、男子も女子もけたたましく騒いで帰り支度を始める。
「ジミー!バイバイ!」
「バイバ……」
(て、違うだろ!)
――マズいぞ。
誰にも気づかれず漂う様に存在していたいのに、これでは悪目立ちしてしまう。
「おいジミー」
「っ!?」
「……悪い。ついな」
「ウッチー先生まで酷いじゃないですか……」
「それはそうとな。兄貴は元気か?今日も来てないようだが」
「岳人(がくと)?……ちゃんと生きてますよ……」
「むむ。サッカー部でも皆が待ってるって、伝えてくれな?……てか、お前もがんばれよ!」
ウッチーはせかせかとした足取りで教室を出て行った。
(何を頑張るんだか)
「鈴木君」
後ろから突然聞こえる涼やかな声。
この声は――っ
河本茜!?
「な……なんですか?」
♪ちゃんちゃらちゃんちゃちゃんちゃらちゃらりら
ちゃらちゃらちゃらちゃらりらちゃららら♪
ディズニーのエレクトリカルパレードが頭の中に壮大に響く。
――マズい。
これが始まると暫く脳内パレード……
「シャラップ!」
「え?」
「あ、あ!ち違う違う!何でもないです!……で、何か?」
茜を真正面から間近で見たのは初めてだ。
密かに男子に人気の優等生の女子だが、僕は今まで興味を持った事がなかった。
――女子は苦手だ。
だからって、男が好きなわけじゃない。
自分はストレートだと思う。多分。
ただ、女子特有のあの黄色い声とか――
三人集まると姦しい、というが、女子の集団の威圧感――あれは一体何なのだろう。
二歳の幼女から七十超えのおばあちゃんに至るまで、僕は得意ではない。
現実の女の子よりも、二次元の萌えに癒されている僕なのだ。
――しかし。
今目の前に存在する茜を見て脳ミソが蒸発する位の衝撃を感じていた。
♪ちゃーらーちゃららー
ちゃーらーちゃららー
エレクトリカルパレードが鳴り止まない。
「サキリン☆……」
思わず呟いてしまい、慌てて口を塞いだ。
僕にとっての『神アニメ』
"魔法少女☆サキリン"
のヒロインの『サキリン』に茜は似ているのだ。
アニメーションのキャラと三次元の女子が似てるなんておかしいけど……
でもなんか知らないけど似てるんだから仕方ない。
定番のサラサラ黒髪セミロング。
黒目が大きくて少し釣り気味の瞳。
制服から伸びたすらりとした手足。
絵心のある人が茜をイラストに書いたら、まんま
『魔法少女☆サキリン』になるだろう。
「さきりん?」
茜が気持ち目を大きくして首を傾げた。
「ななな何でもない……」
「そう?……あのね、鈴木君ちの家ってライブハウスcallingの隣なんだよね?」
「な、何故それを知って!?」
「いいなあ〜」
茜は、尊敬するような眼差しを僕に向けている。
一瞬、こそばゆいような気持ちになったが、頭の中で
―『おい、ちょっと待てよ。茜がお前に話しかけてくるなんざ、何かよからぬ目的があるに違いないぞ』―
と"勇人二号"が囁いてきた。
突如、脳内のミュージックが
『ダースベイダーのテーマ』に切り替わった。
(……よからぬ事ってなんだよ!)
『お前みたいな真性一重瞼で地味で面白くない奴に学年のアイドルが興味を持つ訳がないだろうが。
せいぜい茜のパシリにされる位だろうな』
(……"アンパン買ってこい"
とか?
サキリン☆がアンパンなんか食うかよ!
サキリン☆は焼きたてクロワッサンだろ!?)
『何がサキリン☆だ。
お前はせいぜいギャルゲーでもやって二次元に悶えてろよ。お前が女子とお友達になろうなんざ、無理だよ。ム〜リ』
「うるさ――――い!!」
僕は声に出して怒鳴っていた。
茜が、目を点にして固まっている。
(――しまった!)
「ご……ゴメン……ちょっとお腹の調子が……今にも決壊寸前なので僕はこれで失礼いたしますっ!」
僕は裏返る声で一気にまくし立て鞄を掴み教室から飛び出した。
……ぜ――は――
ぜ――は――
ぜ――は――
久々ダッシュして吐きそうになりながら家の近くまで来ると、周辺にはゾロゾロと行列が出来ている。
僕は、憂鬱な気分で家の入口を目指す。
大勢の知らない人間が集まる場所には近づきたくないのだ。
他人の目が怖いから。
しかしあの中を通らないと家に入れない。
ライブハウスの隣ではなく、正しくは隣の隣が僕の家だ。
ライブハウスの隣はしょっちゅうテナントが変わるビルで今は
『入居者募集中』になっている。
(今日は確か、V系の
『サド』のライブだったな)
開場の1時間前だが既に客が100人位は並んでいる。
髪が金色やらピンクやら緑やら赤やらのド派手で化粧も唇が黒い女の子達がわんさか居る。
行列で玄関が塞がれているので、恐怖を堪えて言った。
「あ、あのう。通してください」
緑の髪の、二十歳位の鼻ピアス男子が連れの茶髪の女子の肩を抱いてイチャイチャしていたが、僕に気がつくと、
「あ、はい。どぞ」
と、すんなりと場所を空けてくれた。
「あ、ど、どうも」
その時、急に咳が込み上げて来てゲッホゲッホしながら僕はドアを開けたが、
「ゲエッ」
と本当に吐きそうになるまで咳が止まらなかった。
吐く一歩手前で収まったが、人前で変な声を出してしまった事がショックだった。
「ただいま……」
リビングのソファーでは岳人が座って呑気にスマホをいじっていた。
「おう」
僕をちらっと見て、又スマホを触ってはニヤニヤしている。
「ウッチーが部活に顔出せって言ってたよ」
「あ――……そう。気が向いたら行くって言っとけよ」
気が向く事など永遠になさそうな口調で岳人は言った。
岳人が学校へ行かなくなって半年以上経つ。
岳人は成績も良くてスポーツも出来て顔も良いので人気者だったのだが、ある日を境に登校しなくなったのだ。
母さんも最初は学校は勿論、カウンセラーやら医者やら色々な所に相談しに行ったが、何をやっても何を言っても岳人は変わらなかった。
学校へ行かなくても家で勉強はしているし、フラフラ外へ出かけて万引きしたり家出する訳ではないので、
『もう仕方ない』
と母さんも父さんも諦めたみたいだ。
ただ、学校には岳人の熱烈なファンが多くいて、僕が弟だと知ると
『えっ……似てないね』
『岳人君元気?何で学校来ないのかな?』
『岳人君を紹介してよ〜』
等と言われるので、僕は大いに迷惑している。
ただでさえ人が苦手な僕なのに、説明しようの無い質問をされるのは困る。
ましてや
『兄弟なのに全然似てないね』
なんて言われるのは苦痛でしかないし、一種のイジメにも思える。
「あ――そうだ。俺、今度の『クレッシェンド』
のライブ、行けないわ」
岳人は、冷蔵庫から出したバリバリ君アイスをかじりながら言った。
「ええ!?行けないって」
「野暮用でムリなんだよ」
「もともと岳人が行こうって言い出したからチケット取ったんじゃないかよ」
「メンゴメンゴ!」
「……何にも悪いて思ってないだろ」
「他に誰か誘えばいいだろ?クレッシェなら行きたがる奴沢山いるだろうよ。
ガールフレンドと行けばどうだ?」
「ぶ――――っ」
僕は盛大に珈琲牛乳を噴いた。
「きったね――な――」
「げほっげほっ……
岳人が変な事言うから悪いんだぞ!」
♪君は旋律(恋)を奏でた
君は旋律(恋)を撒いた〜
岳人のスマホから着メロが流れる。
「もしもし?……うん。うん。……そんな訳ないだろ?俺が一番愛してるのはアケちゃんだけだって☆」
電話でイチャイチャ始めた岳人を見て僕は溜息をつき、噴いた珈琲牛乳を拭き取り2階の自分の部屋に上がった。
岳人はガールフレンドが複数いて、その中には年上も居るらしい。
なにせ、母さんの友達――つまり、父兄にも岳人のファンが居る位なのだ。
全く、恐ろしい中学生だ。
僕は机の中から来週callingで予定されているクレッシェンドのチケットを出して眺めた。
「君と恋撒く全国ツアー……かあ」
(困ったぞ。一人でライブ参戦は御免だし、さりとてチケットを無駄にするのも勿体ないし)
誰か誘う――?
その時、脳裏に茜の顔が浮かんだ。
「いや、ありえないありえない」
callingでは、『サド』のライブが始まったようだ。
隣の隣の、この家には当然音洩れがバッチリ聴こえる。
『……さあ…振れ…
…を振れ…』
ベッドに仰向けになり、音洩れで微かに聴こて来るサドのヒット曲
『SHAKE』を口ずさむ。
「♪頭を振れ――腰を振れ――YEAH!YEAH!」
強烈に眠くなり僕は欠伸をし、瞼を閉じた瞬間、眠りに堕ちた。
―――――――――――――
夢の中、僕は六歳になっていた。
親戚の家に行った時の記憶だろうか?
隣には岳人がいて、手を繋いでいる。
確かお正月に集まった事があったような気がする。
叔父さんが買ったばかりのカメラをルンルンと出して、記念撮影をしようと言い出して、みんなで並んでいたのだが――
『ううーん、勇人君、眠いのかな?』
叔父さんはカメラから目を話して言った。
僕は首を振った。
『眠くないよ』
『そうか〜じゃあ、もうちょっと、大きな目を開けて笑ってみようね!?』
……ががーん。
僕は、その時一生懸命目を見開いて居たのに。
この時、自分が極小の目力しか持っていない事に気がついたのだ。
そして、小学5年の時。
バレンタインに女の子二人が尋ねてきて、岳人へのチョコレートを置きに来た事があった。
丁度岳人は不在で、僕が玄関口に出た時の、二人の
『 見たいのはテメーの顔じゃないんだよ』
的な倹を含む表情が、心に多大なるダメージを与えた。
「うう~うう……」
過去の夢にうなされていた僕だが……
――ぬらぬらぬらぬら……
何か不気味な声が聴こえる。
――ぬらぬらぬらぬら……
それに体が重い……
誰かが乗ってるみたいな――
ドスン!!
「ぐええっ」
鳩尾に何か衝撃が加わった。
瞼を開くと、目の前に知らない女の顔がドアップであった。
「ひいいいい」
悲鳴を上げて布団を頭まで被るが、ひとりでに布団はつつ、つつ、と剥がされて僕の身体はフワリと宙に浮く。
黒い尖った帽子を被り、腰まである長い髪をゆらさせた女王様メガネの女。
足元まで被さる黒い長いドレスを纏い、箒にまたがり僕をじっと見ている。
「お……お前誰だよ!」
「°▽°)°▽°)°▽°)
ぬらぬらぬらぬら……
わたくしは魔法使いぺコリーヌ」
夜の闇全部に響き渡りそうな不思議な声で女は言った。
僕は宙に浮きながらバタバタもがき喚いた。
「魔法使いって……なんだよ!怪しい占い師にしかお前見えないぞ!」
「……°▽°)おい。勇人。お前今
『魔法少女じゃなくて オバサンじゃん。きめえよ訳わかんねーよどっか行けよ』
とか思ったかい?」
「……そ、そこまで思ってない!!……て、何で僕の名前!?」
「 °▽°)°▽)……
わたくしは魔法使いぺコリーヌ。鬱屈した少年の心がわたくしを呼ぶ声が聞こえたのだよ……だからお前の所にやってきたのだ」
「呼んでねえよ!……うぎゃああ」
ぺコリーヌが星のスティッキを振ると、僕の身体が逆さまになる。
「……(°▽°(°▽°
お前の願いは?」
目の前にぺコリーヌの底知れない輝きの瞳がある。
見ていると眩暈に襲われる。
「やだよ!どっかの馬の骨みたいなお前になんて頼むもんか!どうせこれは夢だろ?
それに何か交換条件があるんだろっ?例えば寿命が縮むとか」
ぬらぬらぬらぬら
°▽°)
ぺコリーヌの目が緑に光ると僕の身体が落下する。
ジェットコースターの急降下を思わせる恐怖に思わず絶叫した。
「ひゃああああ」
ベッドに落ちる寸前で止まる。
箒に乗ったぺコリーヌはくるくる回転を始めた。
‥´¨‥¨゜¨゜¨‥゛°
°▽°)(°▽°)°▽°)
゛。・:¨:¨´゜゜‥
ぬらぬらぬらぬらぬらぬら
――勇人よ
お前のそのドロドロした劣等感
屈辱感
全部わたくしはわかっている
その感情がわたくしのエネルギー源なのだ
お前のその感情全部わたくしに寄越しなさい
そうしたら
お前の願いを
叶えてやれる かも知れないし
知れないかも しれない
かも ……しれない
うふふ ふふふ―――
「――て、叶えるのか叶えないのか一体どっちなんだよぉぉ!!」
ぬらぬらぬらぬら
ぺコリーヌの回転速度は増し、もはや目に止まらない程だ。
見ていると酔いそうだ。
(°▽°¨¨°▽°)゜¨”
ぬるぬらぬら
――見えたぞ勇人
お前の願い……
今日、お前が強烈に望む事を口に出して見なさい……
必ず、言葉にしてみるのだ……
願いは口に出さなくては
叶う事はないぞ――
「うわああ」
叫びながら目覚めるともう朝の6時だった。
外からはチュンチュンと小鳥の囀りが聞こえてくる。
(あの夢は一体何だったんだ……)
手鏡で自分の顔を映すと、頭が寝癖で爆発していた。
「ぎゃ。直さなきゃ」
僕はベッドから飛び起きて、バスルームへ向かい部屋から出た。
ベッドの上に置かれた天井を向けた手鏡に、一瞬ぺコリーヌの長い髪が横切った。
ぬらぬらぬら。
――夢ではないぞ
勇人――
そこで僕は痛恨のミスした。
「……す、鈴木勇人(はやと)です……特に特徴は無くて地味な自分ですが、よ、よろしくお願いします」
緊張から訳の解らない事を口走ってしまった。
途端に教室は爆笑に包まれた。
芸人なら、この爆笑を
『ウケた』
と捉え喜ぶも知れないが、決してボケた訳じゃないんだ。
クラスの皆は、僕が次に何を言うのか期待して見ていたが、勿論そんな器用な事ができる訳も無く赤くなり俯いた。
「君のニックネームは、地味だから『ジミー』だな!」
「ジミー!がんばれよwww」
「ジミー!」
「ジミー!(笑)」
「ジミー!(爆)」
「こら。静かに――!」
担任のウッチー(内山)がその場を収めてはくれたが、笑いを噛み殺してやがる。
僕が口元を引き攣らせながら着席すると、後ろの席から自己紹介が始まった。
「河本茜(かわもと あかね)です。部活は音楽部です。」
(可愛い声。それに凄くハキハキしてんな〜。
何で他の奴らはこんな緊張する状況でも噛まずに冷静に喋る事が出来るんだろう……度胸が通常の人間の千分の一程度も無い僕には無理だ……
どうせ僕は…僕は……)
「2ーD組が『皆が楽しいクラス』
になるように頑張ります!」
(――可愛い声だなあ――
ムニャ……)
……はっ!
深刻に考え事をしてたつもりだったが居眠りをしていたらしい。
頬杖をしていた腕が外れ顔を机に強打して、地味に痛い。
寝ぼけてる間にクラス委員が後ろの席の河本茜に決定したらしい。
パチパチパチパチ。
僕も一応拍手しておく。
「河本、頼んだぞ〜。
さて早速だが宿題だぞ。
……ブーブー言うな。
提出期限は来週まで!余裕だろ?
作文だ。原稿用紙三枚以上書けよ?
テーマは『自分』!
名前の由来でも家族のエピソードでもいいぞ?先生も皆の事を知りたいからちゃんと書いてくれよな?
はい日直!……えっと今日は……誰だ?まあいいや河本、号令!」
「起立!礼!さようなら!」
「さよーならー」
チャイムと共に、男子も女子もけたたましく騒いで帰り支度を始める。
「ジミー!バイバイ!」
「バイバ……」
(て、違うだろ!)
――マズいぞ。
誰にも気づかれず漂う様に存在していたいのに、これでは悪目立ちしてしまう。
「おいジミー」
「っ!?」
「……悪い。ついな」
「ウッチー先生まで酷いじゃないですか……」
「それはそうとな。兄貴は元気か?今日も来てないようだが」
「岳人(がくと)?……ちゃんと生きてますよ……」
「むむ。サッカー部でも皆が待ってるって、伝えてくれな?……てか、お前もがんばれよ!」
ウッチーはせかせかとした足取りで教室を出て行った。
(何を頑張るんだか)
「鈴木君」
後ろから突然聞こえる涼やかな声。
この声は――っ
河本茜!?
「な……なんですか?」
♪ちゃんちゃらちゃんちゃちゃんちゃらちゃらりら
ちゃらちゃらちゃらちゃらりらちゃららら♪
ディズニーのエレクトリカルパレードが頭の中に壮大に響く。
――マズい。
これが始まると暫く脳内パレード……
「シャラップ!」
「え?」
「あ、あ!ち違う違う!何でもないです!……で、何か?」
茜を真正面から間近で見たのは初めてだ。
密かに男子に人気の優等生の女子だが、僕は今まで興味を持った事がなかった。
――女子は苦手だ。
だからって、男が好きなわけじゃない。
自分はストレートだと思う。多分。
ただ、女子特有のあの黄色い声とか――
三人集まると姦しい、というが、女子の集団の威圧感――あれは一体何なのだろう。
二歳の幼女から七十超えのおばあちゃんに至るまで、僕は得意ではない。
現実の女の子よりも、二次元の萌えに癒されている僕なのだ。
――しかし。
今目の前に存在する茜を見て脳ミソが蒸発する位の衝撃を感じていた。
♪ちゃーらーちゃららー
ちゃーらーちゃららー
エレクトリカルパレードが鳴り止まない。
「サキリン☆……」
思わず呟いてしまい、慌てて口を塞いだ。
僕にとっての『神アニメ』
"魔法少女☆サキリン"
のヒロインの『サキリン』に茜は似ているのだ。
アニメーションのキャラと三次元の女子が似てるなんておかしいけど……
でもなんか知らないけど似てるんだから仕方ない。
定番のサラサラ黒髪セミロング。
黒目が大きくて少し釣り気味の瞳。
制服から伸びたすらりとした手足。
絵心のある人が茜をイラストに書いたら、まんま
『魔法少女☆サキリン』になるだろう。
「さきりん?」
茜が気持ち目を大きくして首を傾げた。
「ななな何でもない……」
「そう?……あのね、鈴木君ちの家ってライブハウスcallingの隣なんだよね?」
「な、何故それを知って!?」
「いいなあ〜」
茜は、尊敬するような眼差しを僕に向けている。
一瞬、こそばゆいような気持ちになったが、頭の中で
―『おい、ちょっと待てよ。茜がお前に話しかけてくるなんざ、何かよからぬ目的があるに違いないぞ』―
と"勇人二号"が囁いてきた。
突如、脳内のミュージックが
『ダースベイダーのテーマ』に切り替わった。
(……よからぬ事ってなんだよ!)
『お前みたいな真性一重瞼で地味で面白くない奴に学年のアイドルが興味を持つ訳がないだろうが。
せいぜい茜のパシリにされる位だろうな』
(……"アンパン買ってこい"
とか?
サキリン☆がアンパンなんか食うかよ!
サキリン☆は焼きたてクロワッサンだろ!?)
『何がサキリン☆だ。
お前はせいぜいギャルゲーでもやって二次元に悶えてろよ。お前が女子とお友達になろうなんざ、無理だよ。ム〜リ』
「うるさ――――い!!」
僕は声に出して怒鳴っていた。
茜が、目を点にして固まっている。
(――しまった!)
「ご……ゴメン……ちょっとお腹の調子が……今にも決壊寸前なので僕はこれで失礼いたしますっ!」
僕は裏返る声で一気にまくし立て鞄を掴み教室から飛び出した。
……ぜ――は――
ぜ――は――
ぜ――は――
久々ダッシュして吐きそうになりながら家の近くまで来ると、周辺にはゾロゾロと行列が出来ている。
僕は、憂鬱な気分で家の入口を目指す。
大勢の知らない人間が集まる場所には近づきたくないのだ。
他人の目が怖いから。
しかしあの中を通らないと家に入れない。
ライブハウスの隣ではなく、正しくは隣の隣が僕の家だ。
ライブハウスの隣はしょっちゅうテナントが変わるビルで今は
『入居者募集中』になっている。
(今日は確か、V系の
『サド』のライブだったな)
開場の1時間前だが既に客が100人位は並んでいる。
髪が金色やらピンクやら緑やら赤やらのド派手で化粧も唇が黒い女の子達がわんさか居る。
行列で玄関が塞がれているので、恐怖を堪えて言った。
「あ、あのう。通してください」
緑の髪の、二十歳位の鼻ピアス男子が連れの茶髪の女子の肩を抱いてイチャイチャしていたが、僕に気がつくと、
「あ、はい。どぞ」
と、すんなりと場所を空けてくれた。
「あ、ど、どうも」
その時、急に咳が込み上げて来てゲッホゲッホしながら僕はドアを開けたが、
「ゲエッ」
と本当に吐きそうになるまで咳が止まらなかった。
吐く一歩手前で収まったが、人前で変な声を出してしまった事がショックだった。
「ただいま……」
リビングのソファーでは岳人が座って呑気にスマホをいじっていた。
「おう」
僕をちらっと見て、又スマホを触ってはニヤニヤしている。
「ウッチーが部活に顔出せって言ってたよ」
「あ――……そう。気が向いたら行くって言っとけよ」
気が向く事など永遠になさそうな口調で岳人は言った。
岳人が学校へ行かなくなって半年以上経つ。
岳人は成績も良くてスポーツも出来て顔も良いので人気者だったのだが、ある日を境に登校しなくなったのだ。
母さんも最初は学校は勿論、カウンセラーやら医者やら色々な所に相談しに行ったが、何をやっても何を言っても岳人は変わらなかった。
学校へ行かなくても家で勉強はしているし、フラフラ外へ出かけて万引きしたり家出する訳ではないので、
『もう仕方ない』
と母さんも父さんも諦めたみたいだ。
ただ、学校には岳人の熱烈なファンが多くいて、僕が弟だと知ると
『えっ……似てないね』
『岳人君元気?何で学校来ないのかな?』
『岳人君を紹介してよ〜』
等と言われるので、僕は大いに迷惑している。
ただでさえ人が苦手な僕なのに、説明しようの無い質問をされるのは困る。
ましてや
『兄弟なのに全然似てないね』
なんて言われるのは苦痛でしかないし、一種のイジメにも思える。
「あ――そうだ。俺、今度の『クレッシェンド』
のライブ、行けないわ」
岳人は、冷蔵庫から出したバリバリ君アイスをかじりながら言った。
「ええ!?行けないって」
「野暮用でムリなんだよ」
「もともと岳人が行こうって言い出したからチケット取ったんじゃないかよ」
「メンゴメンゴ!」
「……何にも悪いて思ってないだろ」
「他に誰か誘えばいいだろ?クレッシェなら行きたがる奴沢山いるだろうよ。
ガールフレンドと行けばどうだ?」
「ぶ――――っ」
僕は盛大に珈琲牛乳を噴いた。
「きったね――な――」
「げほっげほっ……
岳人が変な事言うから悪いんだぞ!」
♪君は旋律(恋)を奏でた
君は旋律(恋)を撒いた〜
岳人のスマホから着メロが流れる。
「もしもし?……うん。うん。……そんな訳ないだろ?俺が一番愛してるのはアケちゃんだけだって☆」
電話でイチャイチャ始めた岳人を見て僕は溜息をつき、噴いた珈琲牛乳を拭き取り2階の自分の部屋に上がった。
岳人はガールフレンドが複数いて、その中には年上も居るらしい。
なにせ、母さんの友達――つまり、父兄にも岳人のファンが居る位なのだ。
全く、恐ろしい中学生だ。
僕は机の中から来週callingで予定されているクレッシェンドのチケットを出して眺めた。
「君と恋撒く全国ツアー……かあ」
(困ったぞ。一人でライブ参戦は御免だし、さりとてチケットを無駄にするのも勿体ないし)
誰か誘う――?
その時、脳裏に茜の顔が浮かんだ。
「いや、ありえないありえない」
callingでは、『サド』のライブが始まったようだ。
隣の隣の、この家には当然音洩れがバッチリ聴こえる。
『……さあ…振れ…
…を振れ…』
ベッドに仰向けになり、音洩れで微かに聴こて来るサドのヒット曲
『SHAKE』を口ずさむ。
「♪頭を振れ――腰を振れ――YEAH!YEAH!」
強烈に眠くなり僕は欠伸をし、瞼を閉じた瞬間、眠りに堕ちた。
―――――――――――――
夢の中、僕は六歳になっていた。
親戚の家に行った時の記憶だろうか?
隣には岳人がいて、手を繋いでいる。
確かお正月に集まった事があったような気がする。
叔父さんが買ったばかりのカメラをルンルンと出して、記念撮影をしようと言い出して、みんなで並んでいたのだが――
『ううーん、勇人君、眠いのかな?』
叔父さんはカメラから目を話して言った。
僕は首を振った。
『眠くないよ』
『そうか〜じゃあ、もうちょっと、大きな目を開けて笑ってみようね!?』
……ががーん。
僕は、その時一生懸命目を見開いて居たのに。
この時、自分が極小の目力しか持っていない事に気がついたのだ。
そして、小学5年の時。
バレンタインに女の子二人が尋ねてきて、岳人へのチョコレートを置きに来た事があった。
丁度岳人は不在で、僕が玄関口に出た時の、二人の
『 見たいのはテメーの顔じゃないんだよ』
的な倹を含む表情が、心に多大なるダメージを与えた。
「うう~うう……」
過去の夢にうなされていた僕だが……
――ぬらぬらぬらぬら……
何か不気味な声が聴こえる。
――ぬらぬらぬらぬら……
それに体が重い……
誰かが乗ってるみたいな――
ドスン!!
「ぐええっ」
鳩尾に何か衝撃が加わった。
瞼を開くと、目の前に知らない女の顔がドアップであった。
「ひいいいい」
悲鳴を上げて布団を頭まで被るが、ひとりでに布団はつつ、つつ、と剥がされて僕の身体はフワリと宙に浮く。
黒い尖った帽子を被り、腰まである長い髪をゆらさせた女王様メガネの女。
足元まで被さる黒い長いドレスを纏い、箒にまたがり僕をじっと見ている。
「お……お前誰だよ!」
「°▽°)°▽°)°▽°)
ぬらぬらぬらぬら……
わたくしは魔法使いぺコリーヌ」
夜の闇全部に響き渡りそうな不思議な声で女は言った。
僕は宙に浮きながらバタバタもがき喚いた。
「魔法使いって……なんだよ!怪しい占い師にしかお前見えないぞ!」
「……°▽°)おい。勇人。お前今
『魔法少女じゃなくて オバサンじゃん。きめえよ訳わかんねーよどっか行けよ』
とか思ったかい?」
「……そ、そこまで思ってない!!……て、何で僕の名前!?」
「 °▽°)°▽)……
わたくしは魔法使いぺコリーヌ。鬱屈した少年の心がわたくしを呼ぶ声が聞こえたのだよ……だからお前の所にやってきたのだ」
「呼んでねえよ!……うぎゃああ」
ぺコリーヌが星のスティッキを振ると、僕の身体が逆さまになる。
「……(°▽°(°▽°
お前の願いは?」
目の前にぺコリーヌの底知れない輝きの瞳がある。
見ていると眩暈に襲われる。
「やだよ!どっかの馬の骨みたいなお前になんて頼むもんか!どうせこれは夢だろ?
それに何か交換条件があるんだろっ?例えば寿命が縮むとか」
ぬらぬらぬらぬら
°▽°)
ぺコリーヌの目が緑に光ると僕の身体が落下する。
ジェットコースターの急降下を思わせる恐怖に思わず絶叫した。
「ひゃああああ」
ベッドに落ちる寸前で止まる。
箒に乗ったぺコリーヌはくるくる回転を始めた。
‥´¨‥¨゜¨゜¨‥゛°
°▽°)(°▽°)°▽°)
゛。・:¨:¨´゜゜‥
ぬらぬらぬらぬらぬらぬら
――勇人よ
お前のそのドロドロした劣等感
屈辱感
全部わたくしはわかっている
その感情がわたくしのエネルギー源なのだ
お前のその感情全部わたくしに寄越しなさい
そうしたら
お前の願いを
叶えてやれる かも知れないし
知れないかも しれない
かも ……しれない
うふふ ふふふ―――
「――て、叶えるのか叶えないのか一体どっちなんだよぉぉ!!」
ぬらぬらぬらぬら
ぺコリーヌの回転速度は増し、もはや目に止まらない程だ。
見ていると酔いそうだ。
(°▽°¨¨°▽°)゜¨”
ぬるぬらぬら
――見えたぞ勇人
お前の願い……
今日、お前が強烈に望む事を口に出して見なさい……
必ず、言葉にしてみるのだ……
願いは口に出さなくては
叶う事はないぞ――
「うわああ」
叫びながら目覚めるともう朝の6時だった。
外からはチュンチュンと小鳥の囀りが聞こえてくる。
(あの夢は一体何だったんだ……)
手鏡で自分の顔を映すと、頭が寝癖で爆発していた。
「ぎゃ。直さなきゃ」
僕はベッドから飛び起きて、バスルームへ向かい部屋から出た。
ベッドの上に置かれた天井を向けた手鏡に、一瞬ぺコリーヌの長い髪が横切った。
ぬらぬらぬら。
――夢ではないぞ
勇人――
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