eyes to me~私を見て

ペコリーヌ☆パフェ

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焦がれる獣

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「うわあ……広い……こんな所に一人で住んでるなんて、贅沢というか……ムカつく」



綾波のマンションの部屋に足を踏み入れて最初に美名が放った言葉はいきなりクレームじみていた。


「ムカつくってお前」



美名はリビングをぐるりと見渡して、水槽の中の魚を見ると少し頬を緩めた。



「可愛い……私が来たら側に寄ってきたよ?」



「俺と同じでお前の事が好きなんだろうよ」



上着を脱ぎながら軽く言ったら、水槽に映る美名の顔が真っ赤になっている。



(おい……
この位の軽口でそんな反応をするのか)



美名が振り返り目が合うと、明らかに狼狽していた。

取り繕う様に笑って、綾波の脇を顔を見ずにすり抜ける。




「でも片付いてるね。自分で掃除するの?」



美名は収納部屋やら物置になっている部屋やら、探索を始めた。




一番奥の部屋のドアを開けると美名は溜め息混じりの喚声を上げる。



「すご……ピアノ!?しかもグランドピアノって」






美名はスキップするような足取りでピアノに近づく。



「綾波さんの弾いてる所が見たいな……」



「弾いてる所?ピアノの音を聞きたい、じゃないのか?」



美名は部屋に入ってきた綾波を見ると、恥ずかしそうに目を逸らした。



「音も聞きたいけど……けど……弾いてる姿を見たいっていうか……ん――っ!?」




口ごもる美名を抱き締めて唇を奪う。


手で胸を押しているが、こんな力は抵抗の内に入らない。

美名は嫌がってはいない。



ホテルで中途半端に触れあった熱が、口づけた途端に身体を燃やし始める。



「ピアノに目が行っても、奥のベッドは気がつかないのか?」



「きゃ」



美名を抱き上げてベッドへ向かうと、細い指が俺のシャツをギュッと掴む。





ゆっくりとベッドへ倒して、自分のネクタイを外す。


美名は潤んだ目で見詰め、捲れあがった裾を直した。


――どうせすぐに脱がすのに。可愛い――



頬にキスすると、美名は強い力で綾波の耳を引っ張った。



「――いてえ!」



いくら屈強な綾波でも不意打ちは流石に敵わない。


呆気に取られていると美名が抱き着いてきた。



「ご、ごめんなさい!だって始まったらもう話すタイミングがないと思って……痛かった、よね?」



「痛かった痛かった。このお仕置きはきっちりするからな……思いきり気持ち良くさせて貰おうか……ん?」



美名にのしかかり裾から手を差し入れると、脚をバタバタさせて抵抗する。



「待って……!私、帰らなくちゃ……」



「何処へ帰るんだ」



「自分のアパートに戻って、バイトに行かなきゃならないの」




美名の鼻をつまみ、黙らせる。



「んがっ」




「おい。俺はお前をスカウトしたんだぞ。意味がわかってるか?もうバイトなんぞ行かなくていい」





「えっ……で、でも」



「いや、寧ろ行くな。これからレッスンやらボイストレーニングやらキャンペーンで忙しくなる予定なんだぞ。そんなもんに行く暇があると思うか? 」



「ぐ……そうだけど……お店が困る……」



「何のバイトだ」



「居酒屋だよ」



「……絶対にもう行くな」


「ええっ?」




「酔っぱらいが絡んで来て何かされたらどうするんだ!」



言ってから、しまったと思った。
これではヤキモチ丸出しじゃないか。

言葉が続かず、黙って見つめる綾波を美名の大きく見開いた瞳が見つめている。
やがてそれが溢れそうに潤むと、美名は素直に頷いた。




「うん……分かった……」



その仕草に撃ち抜かれて、つい強い力で抱き締めてしまい、美名が痛がった。



「綾波さ……いたい」



「その呼び方は……やめろ」





彼が愛していた女は、そう呼んでいたのだ。


名前を呼ばれる度に胸が粟立った。


同じ様に呼ばれたら、美名と彼女が重なってしまう。




「え……じゃあ、何て呼べば……」



困惑して美名は考え込むが、パッと目を輝かせた。




「『綾ちゃん』は?」



「……バンドの奴等がそう呼ぶから、それは却下だ」



内心綾波はずっこけていた。



――苗字呼びを止めてくれと言われたら普通名前呼びしかないじゃないか……なんなんだ……
その思考回路は……




「う――ん『変態君』とか」



「おまっ……」



絶句するしかない。




「ダメ?……だって、本当に変態じゃないの」



綾波はこめかみを押さえる。



「あのな。俺はお前のマネージャーでもある訳で……この先挨拶回りだとか、例えばお前がテレビに出る事になって、そういう場でマネージャーの俺の事を『変態君』呼びするのか!?
おかしいだろ!えっ?」







綾波の言葉に美名はコロコロ笑った。


「あはは……本当だね……じゃあ、『綾っぺ』は?何だか親しみがあって良くない?」



尚も笑い続ける美名に呆気に取られていたが、心の底から焦れた思いが沸き上がる。




――美名……
俺の名前を呼べ……
はぐらかすな……




「仏頂面だから、呼び方を可愛くしたらギャップが面白いかも……んっ」



良く回るお喋りな愛らしい唇を指で摘まむと、美名の頬はみるみる間に紅く染まる。



そうか。
やはり、照れてはぐらかしていた訳だ。





「美名……俺を何て呼ぼうか?」



「んんっ……」



唇から指を離して、首筋を撫でると、ワンピースから覗く胸元まで赤みが差した。





「剛、と呼んでみろ」



「――!」



美名の瞳が溢れそうに潤む。


指を首筋から胸元に移動して、突起の辺りをキュッと優しく摘まむと身体を震わせて叫ぶ。


その敏感な反応に、彼の身体の獣が一気に覚醒する。




両の指で、柔らかい膨らみをそっと撫でて耳元で囁いた。




「さあ……名前を呼べ」



「んんっ……は、恥ずかしい……よ」



「呼ばないと……このままだぞ……」



「あんっ」



執拗に繰り返す突起への愛撫に美名は焦れているのがわかる。

指を動かす度に声を漏らし、脚がビクリと動く。

この先の行為を求めているのが熱の籠った瞳から伝わってくる。





指を胸の膨らみから離し、つつつ、と腹に向かって先で触れて行くと大きく美名の身体が震えた。


そのまま秘蕾を愛したくなる衝動を呑み込んで太股を撫でる。


美名は泣き出しそうな目をしていた。


唇を震わせて、首を振り恨めしく見つめてくる。


「や……ダメ……そんなんじゃ……」



「我慢出来ないか?」



両方の指で再び二つの膨らみを悩ましく弄ぶ。


美しい双丘は俺の指を押し戻す程の弾力があり、思わず溜め息を付いた。




――焦らすつもりが、俺が焦らされて、先に限界になりそうだ……




「綾波……さ」



言いかける唇を素早くキスで塞ぐ。



「んっ……ん」



「その呼び方は却下だと言ったろう」





「だって……名前で呼ぶなんて……そんなの……」



美名は真っ赤な顔のまま僅かに視線をさ迷わせる。



――何をそんなに躊躇するのか。
先程は俺に詰めよって、『好きだ』と言わせた癖に……
不可解で、不思議でどうしようも無くいとおしい――




「……まるで、恋人みたいじゃない……」



美名が小さな、掠れた、しかし甘い声で呟くと、涙をポロリと流し、綾波は軽く混乱した。




「美名……」



「ご、ごめんなさい……今の言葉は忘れて?」



「恋人、じゃないのか?」



美名の頬を両手で挟み込み、自分の方を向かせた。




「こ……」




「お前は、こと細かくいちいち言わなきゃわからんようだな」




「恋人……て思ってて、いいの?」




「それ以外何がある」



――こっちが照れてきそうだ。




綾波はついぶっきらぼうな口調になる。




ピンクの唇が花開く様に微かに動いた。



「剛……」




どんな甘い蕩ける様なスイーツも、ここまでの甘さを以て彼を溶かさないだろう。

美名の声で呼ばれると、全く違う意味の響きを持つように思える。

甘さが染み渡るよりも深く、何故か痛みが胸に突き刺さる。




――もう一度呼ばれたら、完全に俺は美名の虜になる――




長い流れる髪にキスして、その唇が動くのを待つ。




美名の顔がゆでダコみたいになったと思うと、突然顔を手で覆い甲高く叫んだ。




「あ―――――!無理!ムリムリムリムリ――!」





只でさえ通る美名の声だ。何処から出しているんだと聞きたくなる程の高いシャウトみたいな叫びに、綾波の鼓膜は限界寸前だった。



耳がキンキンする。




「お前な……雰囲気も何も台無しだろ……声でかすぎだ」



「だって!キャー!」



「うおっ」



美名は真っ赤な顔を臥せたままゲンコツで胸をボカボカ殴ってくる。

もはや叩くというレベルではない。
殴ってやがる。




「ち……ちょっと……まて」




美名は綾波に馬乗りになり尚も殴り続けた。




「恥ずかしすぎて無理――!もう――っ」



暴れる美名の腕をやっとの思いで綾波が掴むが、今度は頭を鳩尾にドスッと落としてきた。



「ぐっ!頭突き……かよっ」




思わず咳き込むと、美名の動きが止まった。
頭を鳩尾に埋めたままでギュッとしがみついてくる。




「ごめんなさい……ど、どうしても恥ずかしいです」


消え入る様に呟く美名は顔を埋めたままだ。


髪に触れて、ついまた深い溜め息が出る。



「もっと恥ずかしい事を何回もしてるだろう?」



「だって……昨日会ったばかりでこんな事になってるだけでもうキャパオーバーなのに……
名前呼びとか……まだ無理です……」




「……」



綾波は今更すぎる美名の照れように唖然としながら、可笑しくて仕方がない。



小さな子供にするように背中をポンポン叩くと、美名は微かに震えた。




「わかったよ……まあその内馴れる事を願うか」




「綾波さん……」



顔を上げると、また目を潤ませている。

泣きすぎじゃないのかこの女は。





「で、でもね?」


身体を起こして頭を掻き、乱れたシャツを直す綾波の背中に、美名は必死な感じの声で話しかけてくる。



「でも何だ」



「一週間に一度位なら、呼べるかも!」




「週一かよ……」




「頑張るから……」



不意に背中に抱きつかれて、柔らかい胸の感触がまた欲望を呼び覚ました。


振り返り、美名の顎を掴む。



「じゃあ、早速今から頑張って貰おうか」



「えっ――?」




目を丸くして紅くなるその頬に口づけて、うなじにも唇を落とすと美名はビクンと震えてしがみついてくる。



「今度こそ……邪魔が入らないだろうな……」



「んんっ……」



唇を奪おうとした時、覚えのある声がガヤガヤと玄関から足音と共に聞こえてきた。




ドタドタと賑やかに小走りする足音。
多分リビングに行ったのだろう。
そしてまた足音が寝室に近づいてくる。



案の上、バーンとドアが開けられた。






「綾っちゃーん!祐樹から赤ちゃんの名前考えろミッションの連絡来たよね――!?」



「酒呑みながら皆で考えようぜ――!」



スーパーの袋に食料品やら酒やら大量に詰め込んで持参してきた二人の男は、綾波の後ろにいる美名を見た途端口を開けて固まった。



神田亮介(かんだりょうすけ)は動揺してドアに指を挟み絶叫し、根本三広(ねもとみつひろ)は袋から缶ビールを全部転がして右往左往している。



綾波は仕方なく奴等を美名に紹介した。



「うちの事務所のバンド『クレッシェンド』のメンバーのこっちのガリガリ骸骨男が神田亮介。
チビギョロ目の猿が根本三広だ」




「あ……クレッシェンドの!は、初めまして、灰吹 美名といいます!ふつつか者ですがどうか、どうかよろしくお願いしますっ」



「あ、いえいえ……俺らもよろしくお願いします……三広っ!頭を下げろ!」



亮介が三広の頭を思いきりシバいたが、三広はまだぼうっと美名を見ている。


綾波は思わず美名を抱き寄せた。


びっくりして見る美名の肩を抱いたまま二人を見ると、亮介が青くなって震えている。



「なに、何々っ?綾ちゃん怒ってるよ――!お願い許してっなあ三広!」


「う、うん……」




綾波は内心舌打ちしたくなった。



――多分、こいつら、ひと目で美名に惚れやがったな。

やれやれ。先が思いやられる……



綾波は美名の肩を強く抱いた。
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