深見小夜子のいかがお過ごしですか?2

花柳 都子

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予定調和のカーテンコール

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 さて、今日は〇月〇日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
 突然ですが、人生には数多の選択肢があります。いまこの瞬間にも私たちは何かを選択しながら生きている。子どもの名前、マイホームを買うかどうかという大きなものから、夕ご飯は何を食べようか、このラジオを聴くかどうかという小さなものまで。いつかどこかでお話ししたこともあったかもしれませんね。この選択肢を私たちは自らの意志で選んでいますが、誰かや何かに影響を受けていることは確かです。お子さんの名前にも流行りというものがあるし、夕飯は「考えるのが面倒だから職場の先輩が言っていたアレにしよう」なんて日常茶飯事のはず。そして、もっと極端なことを言えば、それらは全て私たちが生まれてきたとき、いえ、生まれる前から私たちの思考や答えに至るまで決まっているのかもしれません。なんだか恐ろしく感じますよね。まるで、壮大なゲームのようです。ゲームはたとえストーリーの分岐があったとしても、ある程度決まった結末を迎えます。私たちの人生もゲームの主人公と同じなのかもしれません。
 ゲームといえば、人気作品の舞台化が上演されることも多いですが、私も職業柄、ジャンルや内容に関わらず舞台の観劇に赴くことが多くあります。
 これは最近よく見られる光景ですが、私は個人的に『カーテンコールの応酬』と呼んでいます。舞台に行ったことのある方なら経験があるかもしれません。終演を迎えるとキャスト陣が並んで挨拶をします。1回目は普通にお辞儀だけ。ここからはその舞台の毛色によりますが、大抵の場合は拍手が鳴り止まず、2回目も出てきてくれます。ここまではおそらく制作側としても予定調和で、ここでコメントがある時とお辞儀だけの時とがあります。3回目にもなると対応はバラバラで、全員出てきてくれる時もあれば、主人公のみが出てきてくれることもあります。
 そして、その過程のどこかでスタンディングオベーションになることも多々あります。本来、スタンディングオベーションはその公演期間の中でも、特に良かった時に見られるもののはず。もちろん、全ての回を観られるわけではないので、「素晴らしい回だったから」という理由を否定することはできません。それでも、──語弊を恐れずに言うのなら──それぞれの推しへのアピールでする場合が多いことも確かなはず。それ自体を否定しているわけではもちろんありません。気持ちはとてもよくわかります。できるだけ長く、同じ空間と時間を共有したい思いもありますよね。
 けれど、中には「素晴らしかったですよね!ほらみんなも立って!」という圧を感じる人もいるのではないでしょうか。周りに合わせる日本人の習性とも言えるので、本人に圧をかける意図がたとえなかったとしてもです。そして、その圧を感じるのは役者さんたちも同じでしょう。もちろん役者さんは『圧』とは感じていないでしょうが、公演終わりでどんなにしんどくても、応援してくれる方や遠路はるばる来てくれた方を無碍にするわけにはいきませんし、スタンディングオベーションやカーテンコールを求める声が嬉しくないはずはないでしょう。
 ただ、前置きが長くなりましたが、毎度のスタンディングオベーションとなると、スタンディングオベーション自体の価値は下がりますよね。もちろん全ての回が素晴らしいのは前提ですが、全20公演中1回だけと18回とではその1回分の価値は全然違います。
 これは私の個人的見解ですが、だからといってスタンディングオベーションをする人の心の中を否定することができないのが厄介なのです。たとえそれがあからさまなアピールのためだったとしても、他人が止めることはできません。本当に素晴らしかったと思っている心を、絶対に否定はできないからです。
 カーテンコールに関しても、役者さんたちはそうは思わないでしょうが、私としては無理やり何度も呼び戻しているような思いがあって、──しかも役者さんたちに断る術や選択肢がないことをわかっていてです──気が引けることがあります。その回の公演が終われば身も心もほっとして、一つ一つの公演に全力であればあるほど早く休みたいはず。程度は違えど、私たちだって仕事が終われば休みたいですよね。どんなに好きでやっている仕事でもです。
 もう一度会いたい、声を聴きたい、その感情はきっと際限なく続きます。カーテンコールが3回以上にもなると、全員やめ時がわからなくなっている──少なくとも私はそう感じます。「本日の公演は終了しました」というアナウンスが流れても、やめられない。もはや強迫観念に取り憑かれてしまったように。
 役者さんたちが──気を利かせて──また出てきてくれることもあるので、期待値はどんどん高まっていくばかりです。この事態をなんとかできる術はないかと思って、私は制作側の予定調和と思われる以外の場面では、拍手を終えることにしています。たとえ周りにどう思われても、スタンディングオベーションを否定できないように、私が拍手をやめたからといってイコール「素晴らしかった」と思ってことにはならないはずです。だって、それを証明することは誰にもできないのですから。
 とはいえ、拍手が続けば役者さんが出てきてくれることがあって、その拍手に私が参加していないのに、その場面を観られるというのもなんだか違う気がしてしまってモヤモヤするのです。その前に会場を出てしまえば良いのでしょうが、座席の関係で出られないこともあるし、役者さんに失礼な気もしてしまう。本当に難儀な問題です。
 ところが、今回、私が観劇した舞台ではその上手な解決策を拝見しました。なんと、カーテンコールをしない、という斬新な演出だったのです。これもネタばらしになってしまうでしょうか……大抵は物語の終幕の後にカーテンコールがあるものですが、キャスト陣の挨拶の後に主人公の独白が続き、物語の終幕がそのまま舞台の終わり──つまりカーテンコールとスタンディングオベーションの隙さえ与えない、物語の結末としても「もう彼らには会えない」寂寞の念を余韻に残す美しい終演なのです。その後すぐにアナウンスがあり、一切カーテンコールはありません。
 制作側の意図は、私の『隙さえ与えない』という考えと同じところにはないのかもしれませんが、たとえそうであったとしても、際限のないカーテンコールやスタンディングオベーションを避けたい、一度始まってしまったものを断れないのなら、いっそ始めなければいい、それがイコール感謝していないことにはならないはずなのです。
 そろそろお別れの時間です。
 私たち人間は、希望があれば縋ってしまいます。際限なく目の前に現れればいつまでだって。そしていつか希望を追いすぎて、絶望の淵に立たされていることにも気がつかないことがある。それならいっそのこと、希望なんてないほうが幸せだったのかもしれない。これも以前に話したことがあるかもしれませんね。希望や絶望だなんて大げさに聞こえるでしょうが、私たちの人生が壮大なゲームであるならば、多かれ少なかれ皆さんにも経験があるはずです。
 どうせ叶わぬ願いなら、「好きになんてならなきゃ良かった」というドラマのような出会いも、実は意外にも多くの人が経験しているのかもしれません。でも、好きになった『私』や好きになった『あの人』の全てを否定することは、誰にもできません。あなた自身にも、です。
 私たちは主観に囚われすぎて、自分を見失うことがあります。それがいつでも間違いだとは限らないし、主観があるからこそ正しいと信じ込んでしまうこともあります。けれど、その『主観』は──誰にも否定できないその『主観』は──誰の心にもあることをどうか忘れないでください。そして、その『主観』は誰にも否定できないということもまた然りです。私自身も『主観』に囚われすぎないように、それでも私の心を大事に、バランスよく生きていきたいものです。
 では、また来週お会いしましょう。眠れない夜のお供に、深見小夜子でした。




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