Vの秘密

花柳 都子

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関係者への取材(1)

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 私は藤倉さんの手を借り、まずは一番連絡の取りやすいアルバイト先の店長に取材を試みた。
 場所は繁華街近くの居酒屋。瀬名さんや藤倉さんのアルバイト先で、彼が店長を務める店でもある。
 ルポライターの名刺を渡し挨拶をすると、彼は意外そうな表情になった。
 私にとっては見慣れた光景なのだが、オカルト専門のルポライターなどと言うと、にわかに『胡散臭さ』のようなものが漂うらしく、おそらく私はそうは見えないからこそ、この反応なのだろう。
 ちなみにいまは平日の昼間で、藤倉さんは大学に行っている。
「どうしても美大に入りたくて、予備校なんかにも熱心に通ってましたよ。アルバイトもやりながら、大したもんです」
 店長は浪人時代の彼女もよく知っているらしく、懐かしそうに、そして少し誇らしげにそう答えた。
 しかし一転、瀬名さんの話を切り出すと、目に見えて表情が暗くなる。
「不躾な質問で恐縮ですが、警察に届出はされたんでしょうか?」
 結論から言うと、私は親族など近しい人間にしか届出ができないことを知っている。
 試すようで意地悪かもしれないが、店長の人となりが垣間見られると思ってあえてそう訊ねた。
「はぁ……それが、出そうと思ったんです。でも、その前に実家に帰っているのかもしれないと──あぁ彼は都内に一人暮らしなんですが──、学生のアルバイトには自分の携帯以外に緊急連絡先を提出させているので、その番号に連絡してみました」
 固定電話だったので実家の番号だろうと思ったが、『現在使われておりません』のアナウンスが流れてきたそうだ。
 番号を間違えた、あるいは考えたくないが偽ったのかもしれないと、検索にかけてみると、彼がアルバイトを始めた頃ちょうど廃校になった学校のものだったという。
「他に連絡先は知らないし、実家の住所もわからずで……結局、自分で警察に行くことにしたんです。たぶん一週間以上は経っていました」
 時間が経った理由について聞くと、学生アルバイトが急に連絡もなしに来なくなることは、特段珍しいことではないので、彼もその類だと考えてそれくらい様子を見たという。
「……いま思えば、自分がそうであって欲しいと思いたかったからかもしれません」
 藤倉さんによれば、店長は以前から瀬名さんの行動に対して苦言を呈していたとのことだった。何か事件や得体の知れないものに巻き込まれたと考えるより、「もう嫌になった」などの至極人間らしい感情によるもののほうが数倍安心できると感じていたのかもしれない。
「でも、警察に行ってこれまでの事情を説明しても、行方不明者として届け出ることはできませんでした。親族などの近しい人でないと、って」
 さらに仇となったのは、実家やご両親の連絡先を教えてもらっていないことだった。
「警察からは、なんじゃないかって言われましたよ……」
 店長はそう言って肩を落とした。
 つまり、瀬名さんの失踪は自らの事情によるものだと、警察は(おそらく)店長を励ますつもりでそう進言したのだろう。
 よほど事件性が強く疑われなければ、警察が大々的に捜索することはまずないと考えて良い。
 店長としては気が休まるはずなどなく、この上『心霊スポットに行ったかもしれない』などと追加の情報を与えれば、鬼の首でも取ったように「それが原因だ!」と言われかねないと、そこで断念したらしい。
 とはいえ、警視庁のホームページによれば、年間の行方不明者数は延べ9万人以上。探して欲しくなくて誰にも何も言わずに姿を消す人が、私たちが思っているよりはるかに大勢いたとしてもおかしくはない。
 警察としてもその一人一人を探すとなれば、絶望的な労力が必要になってしまう。
 店長は藤倉さんにも一部始終を伝え、彼女が「自分で探してみる」と申し出たとのことだった。
「ちなみに、藤倉さんからお伺いしたのですが、瀬名さんはこれまでも度々心霊スポットに出かけていたとのことでしたね?」
「はい」
「あなたはそれを快く思っていなかった、とか?」
「……あぁええ、まぁ。僕、実は──」
 あえてきつい言葉を使い、私は彼に詰め寄る。
 店長の真意とは若干のニュアンスの相違があっただろうが、そこには触れることなく、彼は神妙に打ち明けた。
 ここで店長が語った内容は後述の通り、瀬名さんへの言動と矛盾せず、納得できるものであった。
 以下は、店長自身に許可を得て、瀬名さんの行動を諌めていた理由について公開する。
 店長は数年前に配偶者を亡くしたが、彼女は生前霊感があったのだという。
「どこそこに誰々がいるだの、こういう夢を見たから訃報があるだの、って。僕からすると怖いくらいに当たってましたよ。でも、彼女はその、に対しても、とても優しかったんです」
 その存在を決して否定することなく、夢に出てきた故人に「会いにきてくれたんだね」と仏壇代わりの写真に手を合わせるなど、邪険にしたことは一度もなかったと。
「だから、僕は幽霊──という言い方が正しいかわかりませんが、そういうものがもしいたとしても、悪いものとは限らないんじゃないかって思ってるんです」
 確かに『守護霊』という言葉もあるくらいだ。それが生きている人間の願望から来るまやかしの存在だとしても、私からすれば幽霊だって似たようなものだと思う。
 生きている人間が勝手に善や悪を判断し、都合の良いように認識しているだけなのではないだろうか。
 とはいえ、私はこのルポライターという仕事を通して、それだけでは説明し得ない出来事もあると既に知ってはいるのだが。
「──瀬名さんの心霊スポット巡りは、そういったあなたや奥様の考え方に反して、彼らを否定する行為だと?」
「『否定』というよりは『冒涜』に近いかもしれません。彼はそのことを除けばとても良い子なんです。居酒屋スタッフとしての働きぶりもそうですが、酔っ払いの扱いも上手いし、先輩からも可愛がられ、後輩への教え方も的確です」
 だから、店長としては複雑な思いだろうが、瀬名さんが自ら姿を消したとは考えにくいという。
「妻は亡くなった後、よく僕の夢に出てきます。彼女はいつも、笑っているんです」
 彼はそう言うと、少しはにかんだように見えた。
 自分はオカルトに詳しくもないし、どちらかというと関心がないほうだと思う。けれど、彼女はきっと僕に会いにきてくれているのだと信じている。
 瀬名さんの話を聞く度に、自分と奥さんの気持ちを踏み躙られているようで、口を挟まずにはいられなかった──店長は後悔の面持ちでそう締め括った。
 これで店長の瀬名さんへの忠告は、彼なりの信念に伴った行動であることがはっきりした。

 さて、続いて連絡が取れたのは意外にもオカルト研究会のメンバーの一人だった。
 店長には主に瀬名さん自身のことをいくつか確認したが、彼らにまず確かめたいのは、『瀬名さんの行き先の情報』である。
 藤倉さんの依頼がなかったとしても、私は瀬名さんが向かったという心霊スポットのを集めるつもりでいた。図らずも、その手がかりともなるだろう。
 瀬名さんの一つ後輩だという女子学生は、私の質問にこう答えた。
「──X県の心霊スポットは『必ず行方不明になる』と噂で、その真偽を確かめに行ったんです」
 彼女の話によれば、瀬名さんを含める5人はオカルト研究会の中でも殊更、心霊スポットへ行きたがるメンバーだったという。
「オカルト研究会って言っても色々です。うちのサークルに限って言えば、そのほとんどが『怖い話が好き』ってくらいの、本当にライトな集まりだと思います」
「瀬名さんたちがその心霊スポットに行ったきっかけは何かあるのですか?」
「さあ……そこまでは私もわかりません。ただ──」
 彼女が語った内容は、私がこれまで聞いたどの話より衝撃的だった。
「──あの5人は、いつか呪われる」
 そういう噂はまことしやかに囁かれていた。オカルト研究会の中では、彼らと距離を置く者も多かったという。
「……でも、あの人はとても優しい人なんです」
 彼女は生憎これ以上時間が取れないということで、インタビューは打ち切りとなった。
 心霊スポットに行ったきっかけも、藤倉さんの言うオカルト研究会が隠していることについても、結局分からずじまいだった。
 しかし、隠しごとのあるガードが固そうなメンバーの中で、今後も話を聞いてくれそうな人ができただけ収穫だったと考えることにした。

 なぜなら、前項で挙げた疑問を解決するためのインタビューは、今回これで終わりとなったからだ。
 『合コン』というキーワードをもたらした瀬名さんの友人には、藤倉さんを通じて連絡を取ることはできなかった。
 何度も謝ってくれる藤倉さんに恐縮しつつ、私は別の角度からアプローチを試みることにした。


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