Vの秘密

花柳 都子

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病は気から

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 岡さんは2時間ほど、その掲示板での会話を眺めていた。
 曰く、「近寄ってはならない場所がある」。
 曰く、「『恋愛成就のパワースポット』とは名ばかり」。
 曰く、「行った人と連絡が取れない」。
 曰く、「本当にそんな場所があるのか」。
 岡さんによれば、噂というより最終的にはと論破されてしまっていたらしい。行った人と連絡が取れない=行った人がいないも同じ──そういう結論に達したところで、岡さんは一旦見るのをやめた。
っていうのは、そういう──?」
「いや、違うんだよ。なのは場所だけじゃなくて、これに関わるなんだ」
 数日後、岡さんが再度その掲示板の続きを読もうとしたら、スレ自体が削除されたらしくどう探しても何度確認しても、辿り着くことはできなかったという。
「あんたの兄さんから『ゴーコン』のことを聞かれた時は、この場所の話にはならなかったから。俺は一応このランキングサイトも知ってはいたけど、兄さんが知ったら怒るだろうと思ってね。これは明らかに『面白半分』だろうから。いつもの勢いだと、このランキングサイトに出入りする輩全員とっちめかねないものな」
 それは確かにそうである。
 兄は自分にも厳しいが、他人にも厳しい。そして、オカルトに関する倫理観はかなり常軌を逸する基準を持っているので、岡さんの気持ちはよくわかる。
 先ほど兄は「悪いことだと判断するのは『悪さされたほう』だ」と述べたが、それはあくまでもに対する物言いで、まずはそう疑われる行為そのものをが肝心だと兄は私にずっと言い聞かせてきたのだ。
 世の中にはオカルト界隈に限らず、そういう類のものが思いの外多く存在すると私は感じている。
 あまり良くない例えだが、語弊を恐れず言うのなら、イジメや不倫だって元を糺せばそうなのだ。
 起きてしまったことをどう判断し、どう対処するかは当事者によるところが大きい。しかし、そもそも『しない』という選択肢だって同じ分岐点に用意されているはずで、その選択肢を選ばなかったが為に誰かにとっての不幸が繰り返し起きてしまう。それを通り過ぎてしまわないように、私は兄にうまく教育されたのだと思っている。
 マスターが豆を取りに後ろに引っ込む姿を横目で見て、岡さんは私にだけ聞こえるような声音で苦笑した。
「──っていうのは保身みたいなもんで、知っていて放置していた俺にだって責められる一端がある。そう思ったから、言い出せなかったのかもしれねえな」
 そう言う岡さんに、私は答えた。
「わかります。私も、友達が心霊スポットにで行くのを止められなかったことがあって、それを兄に知られるのが怖くて、言い出せなかったことがあります」
 夜になっても帰ってこない──そう、その友達の母親から家に電話があったのは、もう夜の十時を過ぎた頃だった。
 私の様子がおかしいことに気がついた兄によって、その友達の居場所が判明し、事なきを得た。友達は怪我を負い、動けない状態になっていた。他に一緒に来た子たちは、走って逃げ帰ってしまったという。
 彼女の怪我は幽霊の仕業ではなかった(足を滑らせたのは怖がって逃げた為。それをとするのは人間のエゴだ)が、兄の言う通り、因果応報──そもそもである。
 ちなみに、逃げ帰った子たちは後日、毎晩悪夢にうなされたり、交通事故に遭って入院したりと、動けなかった彼女よりも大変な目に遭ったという。
「あの時、私が止めていればあんなことにはならなかったかもしれない──」
 そう感じたからこそ、私はオカルト専門のルポライターなどと自称して、そういう人たちを少しでも減らそうと考えている。
 さて、身の上話は終わりにして、岡さんの話の続きである。
 マスターも戻ってきて、コーヒーを淹れる心地のいい音が身も心もリラックスさせてくれる。
「このランキングサイトもそうなんだけど、X県やこの場所に関わる内容は気になってこまめにチェックしてんのよ。毎回同じような噂が書き込まれるんだけど、堂々巡りっていうのかねぇ。大体同じ流れを辿って、また全部消えてなくなってる。言いふらしたい誰かと、知られたくない誰かのイタチごっこみたいな感じかねぇ」
「その、X県の他の心霊スポットについても何か知ってるんですか?」
「いやぁ、噂に聞いたことがある程度よ──あ、今度は保身とかじゃなく本当に。例のランキング1位の場所が語られてるスレッドやサイトで、たまに関連する場所って感じで話題に上がるくらい。そっちに関しても詳細はほとんどないまま、全体が削除されちまうのか、『そういう場所がどこかに存在する』くらいの、どこにでもあるようなオカルト話程度の情報しか持ってないね」
「でも、同じスレで話題になるってことは、やっぱりそれなりに関連があるってことかな?」
「場所も近いし、何かしら理由はあるだろうね」
 兄が答えたその時、私のスマートフォンに一本の電話が入った。
 知らない番号だったが、このタイミングであれば、X県で名刺を渡したうちの誰かだろう。
 果たして、X県で出会った旧家の次男からだった。
 彼には『必ずゴミ屋敷になる心霊スポット』についての追加情報をお願いしていた。
 近いうちに実家に帰ると言っていたし、早速確認してくれたのかもしれない。
「あの家、元は移住してきた夫婦の家だったらしいね」
 その情報自体は特段驚くほどのものではなかったが、なぜか次男は小声だったので、それについて私が言及すると彼はより声を顰めて答えた。
「いや、義姉あね──兄貴の嫁さんがこのところ具合が悪くてさ、兄貴と母親が買い物行ってる間、俺が子守りしてるんすよ。今は甥っ子が寝てるんで」
 実家には自分の嫁は連れて来られない──詳細には触れなかったが、おそらく早く家を出たかった次男の意向だろう──ので、致し方ないのだという。
 移住してきた夫婦はその後、一年も経たないうちにどこかへ引っ越してしまったという。
 理由は次男も知らないようだったが、昔ながらのしがらみのある町に住むのは、私たちが考えるより大変なのかもしれなかった。
 私はそれよりも、次男の話に登場した彼の義姉あね──現地で取材した主婦の話に出てきた旧家の奥さんと思われる──の様子のほうが気になった。
 そう、子どもを虐待しているという、彼女である。
 一連の心霊スポットや心霊現象に関わりがあるかと言われると微妙なところだが、彼女は村と町の境にあるスーパーによく通っていたらしい。
 また、そのスーパーは自動ドアが開かずに入れない人がいる上に、入って買い物をした人の中にも体や心の異常を感じている人がいるという。
 まさに、その当事者である。
 さすがに取材をさせてもらえないかと頼むのは気が引けたので、世間話がてら次男に話を振ってみた。
「お義姉ねえさんは、お風邪か何かを召されて?」
「え? あぁいや、心の病みたいなもんですよ──ここだけの話、親も兄貴も『怠けてるだけ』とか、『病は気から』とか言ってまともに義姉あねと向き合おうとしないんです。そもそもんだから、病は気からも何もないっていうのに。俺はね、義姉ねえさんの気持ち、わかる気がするんすよね。こんなとこ、から来た人には地獄っていうか。で育ってきた俺が言うんだから。そりゃノイローゼにもなりますって」
 心の病──
 虐待が事実かどうかは、さすがに子どもの叔父にあたる彼には聞けなかった。
 しかし、という言葉から鑑みても、彼女は外界のに追い詰められているとは考えられないだろうか。
 ルポライターの勘──というほど私には経験値がないのだが、それでもなんとなく瀬名さん行方不明事件との関わりを疑いたくなる事案である。
 同じX県の近い場所であることも大きいが、私は今のところ瀬名さんが自ら行方をくらました可能性は低いと見ているので、彼も外界からのに影響されたとは考えすぎだろうか。
 それとはまた別に、旧家の奥さんということで、市内在住の人たちより、物理的にも心理的にも村に近い分、明らかになっていない事実を知っているかもしれないのだ。
 やはりどうしても彼女の話を聞いてみたいが──。
「──移住って言えばさ」
 思い出したような次男の声が耳に届き、私は我に返った。
「昔、外国人がこの辺りに越してきたって聞いたことがあるんだよ。関係あるかわかんないけど」
「その移住してきた夫婦とは別に?」
「いやぁそこもわかんないんだよね。何せ、その手合いのことは俺、適当に聞き流してきたからさ。でも、外国人なんて日本ってだけでも文化やら何やらが違うってのに、こんな村でやってけんのか?って思った気がするから、詳しいことは全然覚えてないけど、それだけはやけに印象に残ってるよ」
 甥っ子が目を覚ましたということで、そこで電話は切れた。
 外国人がどうの、という話は今の時点では参考程度にしかならないが、兄がいつかも言ったようにずいぶんと閉鎖的な村だということはよくわかった。今時、外国人など珍しくもないだろうに──。いや、となれば話は別か?
「ところで、お前のほうはどうだったの?」
 唐突に兄に訊かれ、私はそういえばと思い出す。
 兄が『合コン』を調べる間、私は『ゴミ屋敷』について調べていた。旧家の次男からの情報によれば、移住してきた夫婦の家だったというところである。
 瀬名さんと関わりがあるかはわからないが、少なくとも私のルポをより濃密にする為にはこちらも疎かにするわけにはいかない。
 私は兄のPCを借りて、とあるネットラジオのアーカイブが並ぶ画面を開いた。






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