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第二章
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見本用の義手と義足を作った翌日。
職人街の木工店で看板を作ってもらって、ついでに工房の壁に取り付けてもらった。
通りからもよく見える。
ただ、職人街の通りは大路よりもずっと人通りが少ないのでしばらくは客も来ないだろう。
どうやって売り込むかは今後の課題だが、ひとまずご近所に挨拶をすることにした。
件の八百屋で例のリンゴもどきをたくさん買い込んでジャムを作った。
砂糖はわりと高価だから贈答品にするならちょうどいい。
瓶詰めにして向こう三軒両隣に持っていく。
鍛冶に木工、鋳物、仕立て、石工だった。
どこも喜んでくれたし、俺みたいな若い男が工房を構えるなんてと珍しがっていた。
彼らの弟子たちにもいい刺激になったようだ。
彼らにも魔導義肢が必要な人がいれば紹介してくれと言っておいた。できるだけ金額は安くするからと言ったら、一人か二人は紹介してもらえることになったのでよしとする。
当面の生活費の不安はないけれども、値段設定はしっかりしないとダメだ。
一応材料費に加えて初期投資額を二十年ほどで減価償却するように計算してみたが、月にひとつ売れるとしても、かなりの高額になってしまう。
ここは仕方がないが、廉価版と特注品とを分けることで利益をあげようと思う。
よくよく考えると、見本でもより人体に近い動きができるように作ってある。
庶民が買えるようにするならば、機能ももっと簡素化して、材料も金属以外のフレームを考えてみるべきかもしれない。
腕なら「掴む」動作があればいいし、脚なら「歩く」ことができればいいのだ。
通常の義肢ではできない自然さを少しでも出せればそれでいいと思う。
挨拶が終わったので昼食を作る。
八百屋の隣に肉屋があったので鹿のもも肉を買った。
併せて八百屋で買った根菜類と一緒にシチューを作った。
我ながら良い出来だ。
煮込みが足りないから肉がまだ固い。
明日には柔らかくなるだろうけど、もちろん待たない。
鍋に魔法障壁で蓋をして圧力鍋みたいにぐらぐら炊く。
待っている間、師匠からもらった魔導書を読みふけった。
もう何度も読み返しているが、理解はできてもいまいち意味がわからない。
そうというのも、この魂魄魔法と題した魔導書は普通の人間では使えないからだ。
ある種の高エネルギー体を使って、一度死んだ人間を蘇生させる方法が書かれている。
それ自体は別におかしくはないし、理論的にできないわけではないとも思う。
命を落として間もない死者ならば、まだ治癒魔法で身体的欠損を補うことができる。だから、あとは命を呼び戻せばいいだけだ。
けれど、ここに書いてある「高エネルギー体」というものがよくわからない。
なんだろう。見たことないけど、エクトプラズムでも存在するのだろうか。
まあ、いいや。
師匠のことだから、何かに使える魔法なんだろう。
一体どんな場面で使うのか全然わからないけど。
一時間ほど煮込んだら鹿肉もトロトロになった。
「おー、美味そうだな」
上機嫌で皿に取り分けて顔を上げると、台所の窓から顔を覗かせている子ども三人と目が合った。
「何やってんだ?」
思わず声をかけたら「やべえ!」と叫んで逃げていった。
もしかしてこのあたりの丁稚だろうか。
空き家に入った住人を見に来たのかもしれない。
失礼だとは思うが子どものすることなので無視してやろう。
そんなことよりも昼飯だ。
一緒に軽く焼き直したパンをシチューにつけて食べる。
「うん。美味い」
師匠が店を開けというのも頷ける美味さだ。
師匠の世話を毎日していたせいで料理スキルが上がった気がする。
前世でも料理が好きでよく作っていた。こっちの世界はスパイスとか調理器具が少なくていまいちだけど、それでも手間暇をかければそれなりのものができる。
まあ、料理に魔法を使うのは俺ぐらいだと思う。
圧力鍋みたいに使うこともあるし、魔法障壁を網状にして網焼きにしたり、箱状の魔法障壁の中に高温のスチームを満たして蒸したりもする。
魔法って万能だ。
未だに魔力の微調整は苦手だが、料理で使ってみるとかなり微調整の練習になる。
「それにしても、やっぱり気配察知は苦手だな。いや、最近は師匠がいないせいで油断してたってのもあるけど……」
まさか子どもに覗かれてるのに気づかないとは。
さすがに師匠級の魔力を感じたら気づくが、あの子らからは人並みの魔力しか感じなかった。見て気づくぐらいのレベルだ。俺からすればあってないような程度なのでそれも仕方がない。
これは別に見下しているというわけではなくて、師匠からも仕方がないと言われた。
自分の持ってる魔力が多すぎて、他人の魔力に気づきにくいんだそうだ。
一応訓練はしてそれなりになっていたつもりだったのに、気が緩んでいたら意味がない。
「一応防犯もしておくか」
住居全体を軽い結界で包む。魔法陣は天井の屋根裏にくっつけたので簡単には壊せないはずだ。
ちなみに入るのは簡単だが、出られなくなる結界だ。
貴重品は大抵倉庫に入れたし、金は工房の床下なので、そう見つからないとは思う。一応倉庫と工房は俺以外が入れないように結界を組んだ。かなり強力な魔法陣を使ったので師匠でもないかぎり開けられないと思う。
結界魔法は魔法障壁の一種だ。
簡単に使える魔法障壁とは違ってかなり条件付けの魔法陣が細かい。
「こんなもんかな。まあ、空き巣なんてそう滅多に入らないだろうけど」
そんなこんなで戸締まりをして家を出る。
まだ王都に慣れていないので散策がてら探検をしようと思う。
客はさすがにまだ来ないだろうし。
日中はまだまだ暖かい。
夜になると冷え込む。もう一ヶ月もしたら本格的な寒さがやってくるだろう。
山が近い内陸のタッカ市はきっとすでに寒くなっているに違いない。
師匠は大丈夫だろうか。
お手伝いさんを雇うとは言っていたけれども、毎日ちゃんとご飯を食べているか不安だ。
職人街から大路に向かい、市場を抜けて商人街を通る。
どこも商売に成功した人たちの屋敷だろう。俺でも屋敷と土地の購入に金貨四百枚弱もかかった。建てるとなればもっと費用がかかるはずだ。
そういえば、師匠に手紙を送っていなかった。
帰ったら手紙を書こう。帰りにどこかで羽根ペンとインク壺を買わなくちゃいけない。
どこにあったか覚えていないけれども、聞けばわかるはずだ。
商人街を抜けると貴族街がある。
貴族街とはいっても見えるのは壁だけだ。そこかしこに衛兵がいる。
たぶん背伸びをして中を覗こうものなら呼び止められるに違いない。
貴族街を抜けると今度は宮殿がある。
壁は一応あるけれども、宮殿の方が大きいので外からでも見える。
周囲には水を張った堀がある。橋が渡してあるが、有事の際にはこの橋が防衛の要になるのだろう。
宮殿の周りをぐるっと回って最初の場所に戻る。どうやら橋はひとつだけのようだ。
よく考えてある。
「そこの男、先ほども通ったな。何者か」
普通に衛兵に事情聴取された。
王都に来たばかりで不慣れなんだとお上りさん全開で答えたら許してくれた。
案外気さくな衛兵だった。
「あ、そうだ。職人街でハロルド魔導義肢装具店ってのは始めたんです。もし知り合いに義肢を必要とする方がいらっしゃいましたら、ご紹介ください」
「魔導義肢か。だが、あれは高いだろう? 騎士ともなればそれなりの財産はあるだろうが、衛兵は所詮一兵卒だからな。蓄えは少ない。いや、覚えはある。先の帝国との争いでも幾人か友人が腕や脚を失った。残念だが、普通の義肢しか買えんよ」
先の帝国との争い、というのは俺の両親が殺された戦争のことだ。
あれは戦争というよりも小競り合いのようなもので、かなりの短期間で収束したそうだが、それでも失ったものは多い。
もう十三年も前になるが、あの時のことは今でもよく覚えている。
「それは残念です。かくいう俺も実は当時の争いに巻き込まれて義手に義足なんですよ」
「それは不憫だが……腕も脚も、か」
「ええ、ほらこの通り」
裾と袖を捲って見せてみると衛兵は驚いていた。
「これは自分用に作ったので特注品なんですけどね。一応金貨数枚で買えるような廉価版も作るつもりなので、もし良ければお願いします」
「金貨数枚、か。それでも高いな。いや、その腕と脚を見れば技術はわかる。動きはほとんど生身じゃないか。だがなあ。こんなことを言うのは申し訳ないが、やはり高くて手が出らんだろう」
「……そうですか。自分の意思で動かせますし、他の魔導義肢よりもずっと魔力の消費も少ないので、それだけの値打ちはあると思います。まあ、金貨一枚まで負けるとしたら、義手なら掴む、義足なら歩く。そんな感じで機能だけを求めた感じになりますね。でも耐久性や使用感も悪くなるので、そこは仕方がないとは思いますが」
「それなら欲しいというやつもいそうだな。わかった。今度会ったときに教えておこう。ハロルド魔導義肢装具店だったな?」
「はい。ぜひよろしくお願いします」
呼び止められた時はどうしようかと思ったが、思わぬところで商機が見つかった。
今後の口コミに広がればいいが、まずは店に来てもらわなければどうしようもない。
廉価版は衛兵の口コミにひとまず任せるとしよう。
問題は特注品の方だ。
まあ、マリウスに頼めば傷痍軍人の貴族とか紹介してくれそうだけど、紹介の礼金なんかも包んだ方がいいのだろうか。
「特注品を作るってなると、ミスリルの量が足りないんだよなあ。自分で作るのってめちゃくちゃ面倒くさいからできれば買いたいんだけど……」
ミスリルは銀と核を融合させたもので、通常は数年単位で作る。
魔術師が作ることができる合金の一種とはいえ、そもそも核は金属ではない。
どちらかと言えば宝石みたいなものだ。いや、それでも鉱物でもない。
言わば魔力の塊みたいなものだ。
じっくりと時間をかけて銀の中に溶かし込む。
きちんと分量を守らないと失敗するので、そこも面倒くさい。一ミリグラムだって間違えられないのだ。
何が面倒くさいかって、箱状の結界を作って粉末状にした銀と核を一ミリずつ何層も重ねて、その上から圧力をかける。魔力が漏れないようにするための結界だ。
核は圧力をかけられると本来の魔素粒子――つまり実体のない見えない状態に霧散するので、それを漏らさないようにするのだ。
じわじわと毎日圧力を増やし、十日に一度銀の融点直前まで熱する。
それを三年と四ヶ月繰り返す。
最後に銀を完全に溶かして一ヶ月以上かけてゆっくりと冷却させるとミスリルができる。
他にも必要な作業がいくつかあるのだが、だいたいはこんな感じだ。
自分で作るとなると、これまた魔力量に任せた強引な力業となる。
おまけに強引でありながらかなりの繊細さが必要となるので、正直に言うとやりたくない。
一度師匠に言われて一キロだけ作ったことがある。
魔力調節が得意な師匠からすれば気楽な作業なのだそうだが、俺には地獄だった。
四時間ほどぶっ続けで魔力と圧力を加えていくし、霧散させた魔力をまた分子化させて銀と結合させなくちゃいけない。
馬鹿みたいに集中力が必要で、馬鹿みたいに長い。
まあ、三年以上かかるのに比べたらずっと短いのだけれど。
そんな風にうだうだと考えながら自宅に帰ると、家の中からどったんばったんと騒がしい音が聞こえてきた。
何やら子どもの声がする。
今朝会ったばかりのご近所さんまでも覗きに来てしまっている。
「えっと、何事ですか?」
「あれ? あんたさっきの若旦那? おらぁてっきりあんたが暴れてるもんだとばかり……」
「いえ、たぶん盗人が入ってるんだと思いますよ。一度入ったら出られないように結界張ったので」
「ほへー、あんた魔術師さんだったのかい。そいつぁ驚いた」
職人たちが俺の言葉に驚いているところ悪いのだが、家の中がひどいことになってそうだ。
「で、どうすんだい? あの声は子どもだとは思うがよう。盗人は盗人だろい? 衛兵呼んでくっか?」
「いえ、大丈夫です。きちんとお灸を据えるので。あっ、ウッドさん。ちょっといいですか? たぶん家具類もぐちゃぐちゃになってると思うのであとで直してもらってもいいですかね。言い値でいいので……その、買ったばかりで買い直すのもなんか嫌じゃないですか」
ウッドさんは木工職人の親方だ。同情した顔で快諾してくれた。
さてと、どうやってお仕置きをしてやろうか。
職人街の木工店で看板を作ってもらって、ついでに工房の壁に取り付けてもらった。
通りからもよく見える。
ただ、職人街の通りは大路よりもずっと人通りが少ないのでしばらくは客も来ないだろう。
どうやって売り込むかは今後の課題だが、ひとまずご近所に挨拶をすることにした。
件の八百屋で例のリンゴもどきをたくさん買い込んでジャムを作った。
砂糖はわりと高価だから贈答品にするならちょうどいい。
瓶詰めにして向こう三軒両隣に持っていく。
鍛冶に木工、鋳物、仕立て、石工だった。
どこも喜んでくれたし、俺みたいな若い男が工房を構えるなんてと珍しがっていた。
彼らの弟子たちにもいい刺激になったようだ。
彼らにも魔導義肢が必要な人がいれば紹介してくれと言っておいた。できるだけ金額は安くするからと言ったら、一人か二人は紹介してもらえることになったのでよしとする。
当面の生活費の不安はないけれども、値段設定はしっかりしないとダメだ。
一応材料費に加えて初期投資額を二十年ほどで減価償却するように計算してみたが、月にひとつ売れるとしても、かなりの高額になってしまう。
ここは仕方がないが、廉価版と特注品とを分けることで利益をあげようと思う。
よくよく考えると、見本でもより人体に近い動きができるように作ってある。
庶民が買えるようにするならば、機能ももっと簡素化して、材料も金属以外のフレームを考えてみるべきかもしれない。
腕なら「掴む」動作があればいいし、脚なら「歩く」ことができればいいのだ。
通常の義肢ではできない自然さを少しでも出せればそれでいいと思う。
挨拶が終わったので昼食を作る。
八百屋の隣に肉屋があったので鹿のもも肉を買った。
併せて八百屋で買った根菜類と一緒にシチューを作った。
我ながら良い出来だ。
煮込みが足りないから肉がまだ固い。
明日には柔らかくなるだろうけど、もちろん待たない。
鍋に魔法障壁で蓋をして圧力鍋みたいにぐらぐら炊く。
待っている間、師匠からもらった魔導書を読みふけった。
もう何度も読み返しているが、理解はできてもいまいち意味がわからない。
そうというのも、この魂魄魔法と題した魔導書は普通の人間では使えないからだ。
ある種の高エネルギー体を使って、一度死んだ人間を蘇生させる方法が書かれている。
それ自体は別におかしくはないし、理論的にできないわけではないとも思う。
命を落として間もない死者ならば、まだ治癒魔法で身体的欠損を補うことができる。だから、あとは命を呼び戻せばいいだけだ。
けれど、ここに書いてある「高エネルギー体」というものがよくわからない。
なんだろう。見たことないけど、エクトプラズムでも存在するのだろうか。
まあ、いいや。
師匠のことだから、何かに使える魔法なんだろう。
一体どんな場面で使うのか全然わからないけど。
一時間ほど煮込んだら鹿肉もトロトロになった。
「おー、美味そうだな」
上機嫌で皿に取り分けて顔を上げると、台所の窓から顔を覗かせている子ども三人と目が合った。
「何やってんだ?」
思わず声をかけたら「やべえ!」と叫んで逃げていった。
もしかしてこのあたりの丁稚だろうか。
空き家に入った住人を見に来たのかもしれない。
失礼だとは思うが子どものすることなので無視してやろう。
そんなことよりも昼飯だ。
一緒に軽く焼き直したパンをシチューにつけて食べる。
「うん。美味い」
師匠が店を開けというのも頷ける美味さだ。
師匠の世話を毎日していたせいで料理スキルが上がった気がする。
前世でも料理が好きでよく作っていた。こっちの世界はスパイスとか調理器具が少なくていまいちだけど、それでも手間暇をかければそれなりのものができる。
まあ、料理に魔法を使うのは俺ぐらいだと思う。
圧力鍋みたいに使うこともあるし、魔法障壁を網状にして網焼きにしたり、箱状の魔法障壁の中に高温のスチームを満たして蒸したりもする。
魔法って万能だ。
未だに魔力の微調整は苦手だが、料理で使ってみるとかなり微調整の練習になる。
「それにしても、やっぱり気配察知は苦手だな。いや、最近は師匠がいないせいで油断してたってのもあるけど……」
まさか子どもに覗かれてるのに気づかないとは。
さすがに師匠級の魔力を感じたら気づくが、あの子らからは人並みの魔力しか感じなかった。見て気づくぐらいのレベルだ。俺からすればあってないような程度なのでそれも仕方がない。
これは別に見下しているというわけではなくて、師匠からも仕方がないと言われた。
自分の持ってる魔力が多すぎて、他人の魔力に気づきにくいんだそうだ。
一応訓練はしてそれなりになっていたつもりだったのに、気が緩んでいたら意味がない。
「一応防犯もしておくか」
住居全体を軽い結界で包む。魔法陣は天井の屋根裏にくっつけたので簡単には壊せないはずだ。
ちなみに入るのは簡単だが、出られなくなる結界だ。
貴重品は大抵倉庫に入れたし、金は工房の床下なので、そう見つからないとは思う。一応倉庫と工房は俺以外が入れないように結界を組んだ。かなり強力な魔法陣を使ったので師匠でもないかぎり開けられないと思う。
結界魔法は魔法障壁の一種だ。
簡単に使える魔法障壁とは違ってかなり条件付けの魔法陣が細かい。
「こんなもんかな。まあ、空き巣なんてそう滅多に入らないだろうけど」
そんなこんなで戸締まりをして家を出る。
まだ王都に慣れていないので散策がてら探検をしようと思う。
客はさすがにまだ来ないだろうし。
日中はまだまだ暖かい。
夜になると冷え込む。もう一ヶ月もしたら本格的な寒さがやってくるだろう。
山が近い内陸のタッカ市はきっとすでに寒くなっているに違いない。
師匠は大丈夫だろうか。
お手伝いさんを雇うとは言っていたけれども、毎日ちゃんとご飯を食べているか不安だ。
職人街から大路に向かい、市場を抜けて商人街を通る。
どこも商売に成功した人たちの屋敷だろう。俺でも屋敷と土地の購入に金貨四百枚弱もかかった。建てるとなればもっと費用がかかるはずだ。
そういえば、師匠に手紙を送っていなかった。
帰ったら手紙を書こう。帰りにどこかで羽根ペンとインク壺を買わなくちゃいけない。
どこにあったか覚えていないけれども、聞けばわかるはずだ。
商人街を抜けると貴族街がある。
貴族街とはいっても見えるのは壁だけだ。そこかしこに衛兵がいる。
たぶん背伸びをして中を覗こうものなら呼び止められるに違いない。
貴族街を抜けると今度は宮殿がある。
壁は一応あるけれども、宮殿の方が大きいので外からでも見える。
周囲には水を張った堀がある。橋が渡してあるが、有事の際にはこの橋が防衛の要になるのだろう。
宮殿の周りをぐるっと回って最初の場所に戻る。どうやら橋はひとつだけのようだ。
よく考えてある。
「そこの男、先ほども通ったな。何者か」
普通に衛兵に事情聴取された。
王都に来たばかりで不慣れなんだとお上りさん全開で答えたら許してくれた。
案外気さくな衛兵だった。
「あ、そうだ。職人街でハロルド魔導義肢装具店ってのは始めたんです。もし知り合いに義肢を必要とする方がいらっしゃいましたら、ご紹介ください」
「魔導義肢か。だが、あれは高いだろう? 騎士ともなればそれなりの財産はあるだろうが、衛兵は所詮一兵卒だからな。蓄えは少ない。いや、覚えはある。先の帝国との争いでも幾人か友人が腕や脚を失った。残念だが、普通の義肢しか買えんよ」
先の帝国との争い、というのは俺の両親が殺された戦争のことだ。
あれは戦争というよりも小競り合いのようなもので、かなりの短期間で収束したそうだが、それでも失ったものは多い。
もう十三年も前になるが、あの時のことは今でもよく覚えている。
「それは残念です。かくいう俺も実は当時の争いに巻き込まれて義手に義足なんですよ」
「それは不憫だが……腕も脚も、か」
「ええ、ほらこの通り」
裾と袖を捲って見せてみると衛兵は驚いていた。
「これは自分用に作ったので特注品なんですけどね。一応金貨数枚で買えるような廉価版も作るつもりなので、もし良ければお願いします」
「金貨数枚、か。それでも高いな。いや、その腕と脚を見れば技術はわかる。動きはほとんど生身じゃないか。だがなあ。こんなことを言うのは申し訳ないが、やはり高くて手が出らんだろう」
「……そうですか。自分の意思で動かせますし、他の魔導義肢よりもずっと魔力の消費も少ないので、それだけの値打ちはあると思います。まあ、金貨一枚まで負けるとしたら、義手なら掴む、義足なら歩く。そんな感じで機能だけを求めた感じになりますね。でも耐久性や使用感も悪くなるので、そこは仕方がないとは思いますが」
「それなら欲しいというやつもいそうだな。わかった。今度会ったときに教えておこう。ハロルド魔導義肢装具店だったな?」
「はい。ぜひよろしくお願いします」
呼び止められた時はどうしようかと思ったが、思わぬところで商機が見つかった。
今後の口コミに広がればいいが、まずは店に来てもらわなければどうしようもない。
廉価版は衛兵の口コミにひとまず任せるとしよう。
問題は特注品の方だ。
まあ、マリウスに頼めば傷痍軍人の貴族とか紹介してくれそうだけど、紹介の礼金なんかも包んだ方がいいのだろうか。
「特注品を作るってなると、ミスリルの量が足りないんだよなあ。自分で作るのってめちゃくちゃ面倒くさいからできれば買いたいんだけど……」
ミスリルは銀と核を融合させたもので、通常は数年単位で作る。
魔術師が作ることができる合金の一種とはいえ、そもそも核は金属ではない。
どちらかと言えば宝石みたいなものだ。いや、それでも鉱物でもない。
言わば魔力の塊みたいなものだ。
じっくりと時間をかけて銀の中に溶かし込む。
きちんと分量を守らないと失敗するので、そこも面倒くさい。一ミリグラムだって間違えられないのだ。
何が面倒くさいかって、箱状の結界を作って粉末状にした銀と核を一ミリずつ何層も重ねて、その上から圧力をかける。魔力が漏れないようにするための結界だ。
核は圧力をかけられると本来の魔素粒子――つまり実体のない見えない状態に霧散するので、それを漏らさないようにするのだ。
じわじわと毎日圧力を増やし、十日に一度銀の融点直前まで熱する。
それを三年と四ヶ月繰り返す。
最後に銀を完全に溶かして一ヶ月以上かけてゆっくりと冷却させるとミスリルができる。
他にも必要な作業がいくつかあるのだが、だいたいはこんな感じだ。
自分で作るとなると、これまた魔力量に任せた強引な力業となる。
おまけに強引でありながらかなりの繊細さが必要となるので、正直に言うとやりたくない。
一度師匠に言われて一キロだけ作ったことがある。
魔力調節が得意な師匠からすれば気楽な作業なのだそうだが、俺には地獄だった。
四時間ほどぶっ続けで魔力と圧力を加えていくし、霧散させた魔力をまた分子化させて銀と結合させなくちゃいけない。
馬鹿みたいに集中力が必要で、馬鹿みたいに長い。
まあ、三年以上かかるのに比べたらずっと短いのだけれど。
そんな風にうだうだと考えながら自宅に帰ると、家の中からどったんばったんと騒がしい音が聞こえてきた。
何やら子どもの声がする。
今朝会ったばかりのご近所さんまでも覗きに来てしまっている。
「えっと、何事ですか?」
「あれ? あんたさっきの若旦那? おらぁてっきりあんたが暴れてるもんだとばかり……」
「いえ、たぶん盗人が入ってるんだと思いますよ。一度入ったら出られないように結界張ったので」
「ほへー、あんた魔術師さんだったのかい。そいつぁ驚いた」
職人たちが俺の言葉に驚いているところ悪いのだが、家の中がひどいことになってそうだ。
「で、どうすんだい? あの声は子どもだとは思うがよう。盗人は盗人だろい? 衛兵呼んでくっか?」
「いえ、大丈夫です。きちんとお灸を据えるので。あっ、ウッドさん。ちょっといいですか? たぶん家具類もぐちゃぐちゃになってると思うのであとで直してもらってもいいですかね。言い値でいいので……その、買ったばかりで買い直すのもなんか嫌じゃないですか」
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だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
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