アンジェラズ・コード

裂田

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第二章

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 物音がするのは台所からだ。壁に耳をあてて中の音を探る。
 一人、二人……三人。声からして、もしかして昼間覗いていた子どもたちだろうか。
 そんな気がする。どうやら家具を勝手口にぶつけて結界を壊そうとしているらしい。
 残念ながらその結界は壁や扉の内側に張られているから扉を壊せない。

 勝手口の鍵が壊されていたので、そのまま開ける。
 子ども三人が泣きそうな顔で椅子や引き出しを振りかぶっている間抜けな姿があった。

「にっ、逃げろおおおおおおっ!」

 即座に他の通路を魔法障壁で塞ぐ。

「ふびゃっ!」
「むぎゃっ!」
「ぎゅうぅぅぅんっ!」

 玉突き事故の発生である。

 どうにか起き上がって逃げ道を探し始めるが、三人とも鼻が赤い。なんで三人とも鼻からぶつかるんだよ。せめて後ろの二人は手を前に出せよ。

「どんなに探しても出入り口はここだけだぞ」
「くっそーっ! 絶対に諦めねえぞっ! 絶対に負けられない戦いだっ!」
「てめえ、バリアなんてずりいぞっ! それは子どもに許された特権だろっ!」
「大人はいつもそうだっ! いつも先手先手を打ちやがる!」

 なんというか、バイタリティー溢れる子どもたちだということはわかった。
 しっかし、口の周りがシチュー塗れである。残しておいたのを食べたのか。別にいいけど。

「……お前らもしかして腹が減ってたのか?」
「わりいかっ! ばーかばーか! あんな美味そうな匂いさせるのが悪いんだ!」
「へっへーん! 美味しくいただきましたよーだ!」
「あれ、美味かったな。また食いてえ」

 一人だけ食欲全開のやつがいるけど、まあいいや。

「――ったく、素直に腹が減ってるから食わせてくれって言えばいいものを」

 面倒くさいので三人の首に魔法障壁で首輪をつけて魔力で引っ張った。子どもの体重ぐらいなら魔力のヒモでも引っ張ることができる。たぶん、こんな使い方は師匠と俺ぐらいしか使わないと思うけど。

「痛えっ!」
「首締まるっ!」
「ちょっ、息! 息が!」

 外に連れ出して放り投げる。転がったところを魔法障壁で閉じ込めた。
 案の定逃げ出したがすぐに見えない壁にぶつかって、三人とも顔を押さえてのたうち回っていた。

 なんというか学習能力がない。

「やっぱりてめえらかっ! こんのクソガキどもっ!」

 どうやら有名な三人組らしい。
 鍛冶屋の親方が拳を回して近づいて、壁にぶつかって鼻を押さえてうずくまった。

「いや、スミスさん。何やってんですか。今、見てたじゃないですか」
「……ちょっと、待て。今は、ちょっと、待て。痛い」

 スミスさんが使い物にならなくなったのでウッドさんが教えてくれた。
 どうやら悪ガキ三人組は王都でも有名なストリートチルドレンというやつらしい。

「孤児院とかないんですか?」
「そりゃああるぜ。でもな、こいつらは孤児院も逃げだしちまったのさ」

 子どもたちに視線を向けると三人とも決まりが悪そうに視線を逸らした。

「ふんっ! あんな場所、二度と戻るかよ! あそこはクソだ!」
「どう、クソなんだ?」
「毎日毎日カビの生えたようなパンしかねえ! 掃除をサボったくらいで懲罰房だ! 頑張っても埃が残ってるからって尻が腫れ上がるまで叩かれる! お祈りひとつ間違えただけでメシ抜きだ! そんなのがクソじゃなくてなんだ!」
「そいつはクソだな」
「だろ!? やっぱりクソだろ!? だから俺たちは逃げ出したんだ! 絶対にあんな場所には戻らねえからな! 俺たちは自分たちの力で生きていくんだ! 今までそうやって生きてきた! 俺たちは自由だ!」

 ものの見事に自由をはき違えているようだ。
 まあ、良い指導者というか躾をする人間がいなかったら、子どもはこうなってしまうのかもしれない。

 もし俺が五体満足で、師匠に拾ってもらえなかったら、こいつらのようになっていたのだろうか。
 いくら前世の記憶があるとはいえ、食うに困って盗みを覚えないとは決して言えない。
 少なくとも何かしらの仕事はしていただろう。丁稚でも使いぱしりでも、とにかく食うためにどんなに辛い仕事でもやっていただろうと思う。

 果たしてこいつら三人を受け入れてくれないこの王都の住民が悪いのか。それともこの三人を生み出した社会が悪いのか。いや、こいつら三人だって悪いとわかっていてやってるのはわかりきっている。そうじゃなきゃ逃げないだろうし、こんなに悪態をつくわけもない。

「まあ、とりあえずお仕置きは必要だな」

 子どもたちは一瞬たじろいで、しかしすぐに強気な顔を取り戻す。

「へんっ! どうせあのクソみたいな神官と一緒で殴るんだろ!?」

 根は悪くなさそうに見えるけれども、たぶん言って聞かせたぐらいでは理解してくれないだろう。

 職人たちもこの際衛兵に突き出した方がいいと言ってくる。
 だが、ここで衛兵に突き出したところでどうなるのだろう。

「常習犯だ。利き手を落とすのが普通だろうて」

 おっと。思わぬところでお得意様のできあがりだ。
 でも、こんな子どもに支払い能力があるとは到底思えない。
 それにそんな方法でお得意様なんて作りたくない。

「余計に仕事もできなくなって落ぶれるだけでしょうに」
「だがよう、それが法律ってもんだろい?」
「それはそうですけどね。まだ子どもです。更生の余地はありますよ」
「どうするつもりなんでい?」
「こうします」

 箱状の魔法障壁の下に支柱代わりの魔法障壁を少しずつ伸ばしていく。

「さーて、どこまで耐えられるかな」

 魔法障壁は無色透明。魔力によって多少の乱反射があるけれども、そんなに強くはない。

「えっ、ちょっ、ま、待てよ!」
「これってもしかして……」
「お、おい、浮いてるぞ!」

 五メートル、十メートル。

「降ろせっ! 今すぐ降ろせ!」
「あははは、見ろよ、あんなに遠くまで見えるぜ……やべえ。おしっこちびりそう」
「……」

 一人はすでにギブアップ状態だが、仕方がない。まだやるしかないようだ。
 十五メートル。二十メートル。

 一気に静かになったので、三十メートルまで上げてみた。
 完全に沈黙した。

「おーい、いい眺めだろ? 楽しんでるかー?」
「う、ううう、うっせーっ!」
「ここここここここわくなんかななななないんだからなあああああ」
「……あっ、おしっこ漏れた」

 どうやらまだ元気いっぱいらしい。
 仕方がないので、一メートルほど支柱を削って落下させる。

 悪ガキ三人組は阿鼻叫喚である。

「この人でなし!」
「呪ってやる! 呪ってやる! 呪ってやる!」
「……うんこ、出た」

 まだ元気なので。今度は二メートル。

 まだうるさいので、今度は上下に揺すってみた。

「若旦那よう……」
「あ、はい。なんですか?」

 スミス親方に肩を叩かれた。

「楽しんでるところ悪いんだがよ、ありゃあさすがにちょっと可哀想じゃねえか?」
「何を今更。彼らが腕を切り落とされることに比べたらずっとマシですよ」
「そりゃあ、そうかもしれねえがよう……。ほら、もう泣きじゃくってるじゃねえかよう」
「躾はできるようになるまで叩き込むのが原則です。言葉で理解できるならわざわざこんなことをしません。誰かが言葉で理解できないようにしたのがいけないんです。徹底的に痛い目に遭って、恐怖を植え付けないと、手癖の悪さは絶対に治りません。いくら自分でもうしないと誓っても、チャンスがあれば絶対に繰り返します」
「……心当たりでもあんのかい?」
「昔、友人がそうでした」

 前世の友人だが、窃盗で捕まり、何度か繰り返した。毎回今度こそはと更生を誓っていたけれども、結局手癖の悪さは治らなくて服役した。彼がきちんと更生できたのは、服役中に母親が病死したからだ。彼は母親の遺書を読んで、ようやく真っ当な人間に戻った。
 まあ、俺も彼があまりにひどかったのでしばらく疎遠だったし、俺自身も財布から金を抜かれていたこともあった。彼と再会したのは彼が「ちゃんと会って謝罪したい。金の無心なんかじゃない。できれば謝罪を受け入れて欲しい」と連絡してきたからだ。

「お前さんは、あいつらの未来に責任がもてるのかい?」
「持てません。持てないから厳しくします。それに……」
「それに?」
「ちょうど一緒にメシを食ってくれる人が欲しかったところなんです。一人よりみんなでわいわい食べた方が美味しいでしょ?」

 スミス親方どころか集まった他の職人たちにも笑われてしまった。

「ったくよう、お前さんときたらなんちゅうお人好しなんだい」
「器のでけえ男だぜ、まったく」
「そりゃあ俺たちも呼んでくれねえとな! がははははっ!」

 職人たちは気の良い男たちばかりだった。

「で、そろそろ解放してやったらどうだい? あいつらもう虫の息だぜ?」
「あっ……しまった。やり過ぎたか」

 ゆっくり降ろしてやる。三人とも汚物塗れになっていた。
 降ろしてやったのに地面に足をついた瞬間に泣きっぱなしだ。
 よほど安心したのだろう。

 俺に向かって必死に「ごべんなざああああああい」と繰り返していた。

「もう盗みなんてしないか?」
「じばぜええええええん!」
「もうやだあああああっ! だがいどごやだあああああ!」
「うびゃあああああああああ!」

 どうやら俺が思っていた以上に恐怖を植え付けてしまったらしい。
 さすがに虐待だったかもしれん。

 いかんな。師匠の特訓のせいで常識がかなり剥落してる。
 今度からはもうちょっと加減をしよう。

「とりあえず水で流すか、そのままじゃ汚い」

 ひとまず三人の頭上から大量の水を魔法で流してやる。魔法障壁で水がこちらに来ないようにして正解だった。
 小便はともかくうんこが流れてくるのは御免被る。

 一応職人のみんなにも声をかけておく。

「こいつらの面倒はしばらく俺が見ます。もし俺の知らないところで悪さしてたら、とっ捕まえておいてください。またさっきのやるんで」

 三人から悲鳴が聞こえたが、職人たちは「おうともよ!」と力強く了承してくれた。
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