アンジェラズ・コード

裂田

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第二章

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 翌朝。

 家の前を通っていた牛乳売りから買った牛乳を鍋で温めつつ、リンゴもどきのジャムを溶かす。子どもが好きそうだ。

 パリッと焼いたソーセージに、目玉焼き。朝市で買ったシャキシャキの葉野菜。それらを少し厚めに切ったパンに挟む。

「……そんなところでヨダレ垂らしてないでこっち来い」

 結局、悪ガキ三人組はしばらく俺が面倒を見ることになった。
 離ればなれになるのは嫌だろうから、一緒の部屋にぶち込んだ。

「ほら、まず起きたらなんて言うんだ?」

 三人ともビクビクしながら「おはよう」と言った。

「目上の人にはおはようございます、だ。はい、もう一回」

 今度はちゃんとできた。
 できたので褒めた。

「よし、そうだ。よくできたな。いいか、人と人との関係は、まず挨拶からだ。どんな相手でも、まずはおはようございます、こんにちは、こんばんは。絶対に忘れるなよ?」

 三人とも頷く。

「わかったら、はい、だ。ちゃんと相手に聞こえるように元気な声で『はい!』と言え」

 今度はちょっと怖がりながら元気よく返事をした。
 三人とも素直だ。

「よし、よくできた。偉いぞ!」

 三人は褒められたことがないのかもしれない。
 挨拶を褒めたぐらいで嬉しそうに顔を綻ばせていた。
 少し胸が詰まった。

「いいか、お前たち。人からしてもらって嬉しいことにはきちんと『ありがとうございます』と言うこと。人が嫌がることをお前たちがしてしまったら『ごめんなさい』と言うこと。誰かが一人でしたからと言って、他の誰かが言わなくてもいいことじゃない。今日からお前たちは兄弟だ。誰かがしてもらったことにも『ありがとうございます』と言え。お前たちの誰かが悪いことをしたなら、一緒に『ごめんなさい』と謝れ。兄弟ってのはそういうもんだ。わかったか?」

 たぶんわかってないと思う。けれども、三人とも大きな声で「はい!」と答えてくれたので、俺も大きく頷いた。

「よし、朝飯にするか!」

 途端に三人ともはしゃぐ。やっぱりまだ子どもだ。
 前世の俺の子どもも、もう少し育っていたらこんな感じだったんだろうか。

「よーし、椅子に座れ! こら、お前! ちゃんと背筋を伸ばして座れ! よし、いいぞ!」

 まったく。まさか十八歳にして里親になるとは思いもしなかった。
 けれども、自分で面倒を見ると決めたんだ。せめて彼らが自分たちの仕事を見つけるまではちゃんと教育してやらなければ。

「ほら、まずは牛乳だ。ちょっと熱いから気をつけて飲めよ」

 三人のカップにジャムを溶かした牛乳を入れてやる。実はこのカップ、昨日のうちに木工職人のウッドさんに頼んでお弟子さんに作ってもらった品物だ。お皿もそうだ。

「あちっ!」
「ずずっ、あまっ!」
「……ゴクッ、ゴクッ!」

 三人とも甘い牛乳が初めてのようで驚きながらも美味しそうに飲んでいる。
 全員カップを両手で持って離さないように飲んでいるのが面白かった。だが、その仕草は彼らの生きる術なのだ。自分の食べ物を誰かに奪われないための。
 そう思うと、悲しくも感じられる。
 いきなり注意するのもひどい話だ。少しずつ改善させようと思う。

「ほら、今度はこいつだ!」

 それぞれの皿に即席バーガーを載せると目を輝かせてすぐに手を出した。

「待て!」

 おあずけを食らった犬はこんな目をしているのだろうか。
 とても悲愴な顔をしていた。

「食べる前に感謝の祈りだ。昨日の夕飯もそうだっただろう?」

 たぶんだけれど、お祈りは孤児院を思い出すから嫌いなんだと思う。
 ちなみに俺はもうずっと「いただきます」なんて口に出していない。
 師匠も適当なお祈りだったし、俺も長い転生後の人生で半ばどうでもよくなっていた。

「いいか、神様になんぞ感謝しないでいい。とりあえず目の前のメシに感謝しとけ。自分の食い物になってくれることに『ありがとう、美味しく食べるね』って心の中で言えばいいさ」

 そう教えてやると、彼らは数秒だけ目を閉じて、目を開くと俺を見つめてきた。

「お祈りができたら好きに食べていいぞ。あっ、でもこぼすなよ。こぼしたら自分で掃除だからな」

 三人とも嬉しそうに「はい!」と答えて即席バーガーにかぶりついた。
 実に美味そうに食う。
 みんな夢中で食べているが、笑顔なのを見ると美味いと思ってくれているんだろう。
 作った俺としては嬉しい。

 ただまあ、食い方は汚い。
 こぼすなと言った傍からこぼしているし、食べるのに夢中でそれに気づいていない。
 本当は見つけた瞬間に注意するのがいいと思う。
 けれども、少しずつだ。まずは彼らにきちんとした性根を叩き込む。
 良いことをすれば褒められて、悪いことをすれば叱られる。そういう当たり前のことを教えるつもりだ。行儀はその後でもいい。

 ようやく俺も朝食にありつこうと思ったが、三人ともあっという間に食べて俺の即席バーガーを凝視している。
 ひとつでもかなりの量があるはずなのだが、たぶん食えるときに食うという習性が染みついているんだと思う。
 甘やかしたい気持ちが出てくる。
 美味しく食べてくれるから、余計に食べさせてやりたい。

 でも、それはダメだ。
 ちゃんと成長期のこいつらに合わせたメニューにしているし、ひとつで足りないようには作っていない。自分の分が決まっていると教えなきゃいけない。
 ここで甘やかして食べさせるのは今後のことを考えるとアウトだ。

 俺は数秒だけ目を閉じて心の中で「いただきます」と言って目を開く。

 案の定というか、こうなって欲しくなかったというか。
 三人とも俺の即席バーガーに手を伸ばした状態で固まっていた。

「あ、あの、これは……」
「そのっ……」
「あ、あぅ……」

 三人とも昨日のことを覚えているからこそ怖がっている。
 けれども、俺は無言で三人をにこやかに見つめ続ける。無言の圧力をしばらく続けると、一人を皮切りにして三人とも頭を下げた。

「ご、ごめんなさい」
「ごめん、なさい」
「……ごべんなじゃい」

 最後の一人は泣きそうだった。よっぽど怖かったのだろう。
 俺は三人の頭を優しく撫でた。
 怒られると思っていたのに頭を撫でられて驚いたようだった。

「よく謝った。そうだ。悪いことをしたり、相手を嫌な気持ちにさせたりしたら、ごめんなさい、だ。三人とも偉いぞ!」

 それが意外だったのかもしれない。
 三人とも泣きそうな顔をしていた。

 その三人は俺が食べている間、物欲しそうな顔をしていたが、それでもじっと我慢していた。
 カップの底に溜まったジャムを摘まんで舐め始めてどうでもよくなったみたいだけど。

 俺も食べ終わったので三人に言った。

「よし、お前ら自分の足下を見ろ」
「げっ!」
「うわっ!」
「……おぅ」

 三人とも足下に大量の食べかすが散らかっているのを見て顔を青ざめさせた。
 すぐに掃除を始めるかと思ったら、落ちていた食べかすを拾ってみんな口に運ぼうとした。

「待て!」

 思い違いもいいところだ。
 こいつらはろくな教育を受けていないのだ。
 孤児院から逃げ出して、食えるものはなんでも食って生きてきたんだ。
 どこかで甘く考えていた自分が恨めしい。

「床に落ちたものを食べちゃダメだ」
「でも、まだ食べられる」
「うん。もったいない」
「……いける」
「ダメだ。食べずに捨てるんだ」

 三人は本当に名残惜しそうに手に掴んだ食べかすを教えてやったゴミ箱に捨てていた。

「いいか、三人とも。これからは下に落ちたものを食べちゃダメだ。食べ物はちゃんとある。わざわざ汚いものを食べなくていい」

 まだ納得していないようだったが、重ねて言った。

「それが嫌なら、ちゃんとこぼさずにきれいに食べることを覚えるんだ。こぼさなければ下に落ちないだろう? 心配しなくても、ちゃんとご飯は毎日食べさせてやる。毎日、毎食だ。わかったか?」

 俺がルールだと何度も教える。何度失敗しても絶対に叩き込んでやる。
 こいつらは路上の生活が染みこんでいるだけで根っこが素直だから、絶対に真っ当になれる。俺はそう信じている。

 三人がちゃんと返事をしたところで、俺はまた撫でてやる。

「よし。じゃあ、三人で床の掃除だ! ほらっ! すぐに取りかかれ!」

 今度は元気がいい返事だった。やっぱりこいつらは素直で良い子だと思う。
 どこかで間違えてしまっただけなんだ。
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