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悪夢の始まり
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誰かが、教室のドアから覗き込むように顔を覗かせている。
俺はそんな夢を時々見る。
それは決まって学校でうたた寝をしてしまった時に見る夢だ。
変わっているところと言えば、この夢だけは起きても絶対に忘れないという事だろう。
そして今日もこの少し変わった夢を……。
「あれ、ここは?」
あの夢を見ていた最中、急に意識が引き戻されるように目が覚めた。
周囲は暗く、見渡しても何も見えない。
座り慣れた椅子と机、それから最後に覚えている記憶から、ここが教室だと判断できる。
「そっか、そう言えば放課後に眠くなって昼寝したんだっけ。」
突然の睡魔に襲われて、机で寝た事はなんとか思い出せた。
外は真っ暗で、夕方なんてとうの昔に過ぎているのは明白だ。
「やば、今日は早く帰ってこいって釘を刺されてたのに。」
今日は一家全員が大好きなカレーだって言っていたから、怒られるだろうか。
せめて少しでも早く帰ろうと、手探りでリュックを探して背負ったその時。
「そこにいるのは誰?」
突然ガラリと教室のドアが開けられて、懐中電灯の強力な光が目を焼く。
暗がりに慣れて瞳孔が開いているためか、姿形は確認できない。
「あの、俺はこの学校の生徒です。昼寝をしていたら寝過ごしてしまって……。」
「顔を、よく見せてくれないかしら。」
「ちょ、眩しい…。」
光を顔に当てられて、眩しさのあまりに顔を背ける。
しかし、光を当てた人物にはその僅かな時間で十分だったようだ。
「ごめんなさい、巻き込んでしまったみたい。」
「巻き込む?」
「詳しくは知らない方が身のためよ。」
不思議な雰囲気で説明をはぐらかしながら、懐中電灯の光を、まるで教室全体を照らすように天井へと向ける。
ようやくまともに相手の姿を確認することが出来たが、相手は予想に反した人物だった。
「驚いた、てっきり警備員の人だと思ったんだけど。」
「あら、私が警備員じゃなくて残念だったわね。」
懐中電灯を持った彼女が着ているのはこの学校の制服。
残暑が残る季節に冬の制服を着ている事を除けば特に変わったところはない。
「えっと、君も寝過ごした?」
「まさか。」
「まあ、理由は何でも良いか。俺はもう帰るけど、どうする?」
「私も帰りたいんだけどね。」
帰りたい、という言葉とは裏腹に、教室から出ようとしない。
探し物なのだろうか、理由はわからないが、手伝ってはいられない。
残ると言うならば本人の意思を尊重しよう。
「じゃあ、先に帰るから。」
「いま外に出るのは辞めた方が良いわ。」
何故か、と理由を問う前に遠くで何かが割れる音がした。
偶然何かが落ちたという音ではない。
直感的にそう感じた。
「この学校、危険なのよ。」
「い、いやいや、偶然だって。何か落ちたんだろ?」
偶然じゃないと気が付いていながら、認めたくないという思いからまるで自分に言い聞かせるように反論する。
そんな俺の言葉を否定するかの如く、遠くで再び大きな音が鳴る。
「貴方も聴こえるって事は、偶然では無いのかもね。」
「何の話だよ。何か知ってるなら教えてくれないか?いま何が起きているんだ。」
「構わないけれど、ここは少し落ち着けないわね。場所を変えましょう。」
腑に落ちない部分はあれど、彼女が嘘を言っている様には見えなかった。
彼女が落ち着けないと言っているのならば、落ち着けないのだろう。
教室を出て行った彼女の後を素直に追う。
「ここよ。」
「理科準備室?」
普段はしっかりと施錠されている筈なのだが、彼女はまるで家に帰ってきたかのような気軽さで理科準備室へと入っていく。
「えっと、鍵は?」
「ここは私の聖域よ?」
「……そうなんだ。」
答えになっていない回答に相槌を打ちながら彼女に続いて理科準備室に入ると、異常な空間に驚く。
部屋の中には謎の幾何学模様があちこちに描かれていて、まるで魔法陣かのようだ。
優等生ではないが、理科に使う記号では無い…はずだ。
「何だか気持ち悪いと言うか、不気味だな。」
「あら、貴方も“そっち”側だったのかしら?」
彼女が可笑しそうにクスクスと笑う。
“そっち”側ってどっち側だ。
「ごめんなさい、説明をするんだったわね。」
「手短にな。」
「善処するわ。まず、この学校の危険についてだけど、端的に言うと亡霊よ。」
亡霊、と口にする彼女の顔は、先程までとは異なりふざけた雰囲気は微塵も感じられない。
「地縛霊って言ったほうが伝わるのかしら。どうやら私、そいつに狙われてるみたいなの。」
「狙われてるって、どうして。」
「この目が欲しいのかしらね?本当のところはわからないわ。」
「目?」
「目。」
自分の目を指差して復唱する彼女は、またも冗談を言っているようには見えない。
「実は私ね、亡霊の姿形が見えるのよ。」
「は?」
「信じてないって顔してるけど、本当よ。貴方も、さっきの音が聴こえたのなら見えているかもしれないけどね。」
「今まで幽霊の類は見た事無いけど。」
「きっかけは突然よ?もし今日から見え始めてもおかしなことでは無いわ。」
つまり、彼女は霊感があるという事なのだろう。
たまに見える人の話は聞いた事があるけれど、今まで嘘だと断じていた。
でも、見えるという彼女を目の前にすると一言で否定する事はできない。
「でもね、私の場合はそれだけじゃ無いの。亡霊の悪意が黒い霧のような形で見える。」
「亡霊の悪意……。」
「勝手に私がそう言っているだけなんだけどね。上手く説明出来ないけど、危険な場所がわかるって事。」
「じゃあ、帰りたいけど帰れないってもしかして…。」
「この学校の校門、今まで見た事が無いくらい黒いの。近付いたら、多分死ぬわね。」
この日、悪夢が始まった。
俺はそんな夢を時々見る。
それは決まって学校でうたた寝をしてしまった時に見る夢だ。
変わっているところと言えば、この夢だけは起きても絶対に忘れないという事だろう。
そして今日もこの少し変わった夢を……。
「あれ、ここは?」
あの夢を見ていた最中、急に意識が引き戻されるように目が覚めた。
周囲は暗く、見渡しても何も見えない。
座り慣れた椅子と机、それから最後に覚えている記憶から、ここが教室だと判断できる。
「そっか、そう言えば放課後に眠くなって昼寝したんだっけ。」
突然の睡魔に襲われて、机で寝た事はなんとか思い出せた。
外は真っ暗で、夕方なんてとうの昔に過ぎているのは明白だ。
「やば、今日は早く帰ってこいって釘を刺されてたのに。」
今日は一家全員が大好きなカレーだって言っていたから、怒られるだろうか。
せめて少しでも早く帰ろうと、手探りでリュックを探して背負ったその時。
「そこにいるのは誰?」
突然ガラリと教室のドアが開けられて、懐中電灯の強力な光が目を焼く。
暗がりに慣れて瞳孔が開いているためか、姿形は確認できない。
「あの、俺はこの学校の生徒です。昼寝をしていたら寝過ごしてしまって……。」
「顔を、よく見せてくれないかしら。」
「ちょ、眩しい…。」
光を顔に当てられて、眩しさのあまりに顔を背ける。
しかし、光を当てた人物にはその僅かな時間で十分だったようだ。
「ごめんなさい、巻き込んでしまったみたい。」
「巻き込む?」
「詳しくは知らない方が身のためよ。」
不思議な雰囲気で説明をはぐらかしながら、懐中電灯の光を、まるで教室全体を照らすように天井へと向ける。
ようやくまともに相手の姿を確認することが出来たが、相手は予想に反した人物だった。
「驚いた、てっきり警備員の人だと思ったんだけど。」
「あら、私が警備員じゃなくて残念だったわね。」
懐中電灯を持った彼女が着ているのはこの学校の制服。
残暑が残る季節に冬の制服を着ている事を除けば特に変わったところはない。
「えっと、君も寝過ごした?」
「まさか。」
「まあ、理由は何でも良いか。俺はもう帰るけど、どうする?」
「私も帰りたいんだけどね。」
帰りたい、という言葉とは裏腹に、教室から出ようとしない。
探し物なのだろうか、理由はわからないが、手伝ってはいられない。
残ると言うならば本人の意思を尊重しよう。
「じゃあ、先に帰るから。」
「いま外に出るのは辞めた方が良いわ。」
何故か、と理由を問う前に遠くで何かが割れる音がした。
偶然何かが落ちたという音ではない。
直感的にそう感じた。
「この学校、危険なのよ。」
「い、いやいや、偶然だって。何か落ちたんだろ?」
偶然じゃないと気が付いていながら、認めたくないという思いからまるで自分に言い聞かせるように反論する。
そんな俺の言葉を否定するかの如く、遠くで再び大きな音が鳴る。
「貴方も聴こえるって事は、偶然では無いのかもね。」
「何の話だよ。何か知ってるなら教えてくれないか?いま何が起きているんだ。」
「構わないけれど、ここは少し落ち着けないわね。場所を変えましょう。」
腑に落ちない部分はあれど、彼女が嘘を言っている様には見えなかった。
彼女が落ち着けないと言っているのならば、落ち着けないのだろう。
教室を出て行った彼女の後を素直に追う。
「ここよ。」
「理科準備室?」
普段はしっかりと施錠されている筈なのだが、彼女はまるで家に帰ってきたかのような気軽さで理科準備室へと入っていく。
「えっと、鍵は?」
「ここは私の聖域よ?」
「……そうなんだ。」
答えになっていない回答に相槌を打ちながら彼女に続いて理科準備室に入ると、異常な空間に驚く。
部屋の中には謎の幾何学模様があちこちに描かれていて、まるで魔法陣かのようだ。
優等生ではないが、理科に使う記号では無い…はずだ。
「何だか気持ち悪いと言うか、不気味だな。」
「あら、貴方も“そっち”側だったのかしら?」
彼女が可笑しそうにクスクスと笑う。
“そっち”側ってどっち側だ。
「ごめんなさい、説明をするんだったわね。」
「手短にな。」
「善処するわ。まず、この学校の危険についてだけど、端的に言うと亡霊よ。」
亡霊、と口にする彼女の顔は、先程までとは異なりふざけた雰囲気は微塵も感じられない。
「地縛霊って言ったほうが伝わるのかしら。どうやら私、そいつに狙われてるみたいなの。」
「狙われてるって、どうして。」
「この目が欲しいのかしらね?本当のところはわからないわ。」
「目?」
「目。」
自分の目を指差して復唱する彼女は、またも冗談を言っているようには見えない。
「実は私ね、亡霊の姿形が見えるのよ。」
「は?」
「信じてないって顔してるけど、本当よ。貴方も、さっきの音が聴こえたのなら見えているかもしれないけどね。」
「今まで幽霊の類は見た事無いけど。」
「きっかけは突然よ?もし今日から見え始めてもおかしなことでは無いわ。」
つまり、彼女は霊感があるという事なのだろう。
たまに見える人の話は聞いた事があるけれど、今まで嘘だと断じていた。
でも、見えるという彼女を目の前にすると一言で否定する事はできない。
「でもね、私の場合はそれだけじゃ無いの。亡霊の悪意が黒い霧のような形で見える。」
「亡霊の悪意……。」
「勝手に私がそう言っているだけなんだけどね。上手く説明出来ないけど、危険な場所がわかるって事。」
「じゃあ、帰りたいけど帰れないってもしかして…。」
「この学校の校門、今まで見た事が無いくらい黒いの。近付いたら、多分死ぬわね。」
この日、悪夢が始まった。
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