翠雨の音✴︎短編集✴︎

ねむりありす

文字の大きさ
23 / 24
07 泡沫の月夜

その10

しおりを挟む

最後の一刺しをためらっている私の腕を男が掴んだ。
痛い。
やはり男は気づいていたのだ。
今まで私が最後の一刺しに力を抜いていたことに……。
私の仕事は主に二つ。
一つ目は男と『I67』の研究所外での行動を事細かにチェックして報告書を作成すること。
二つ目は密ごとを終えた男から連絡が入ると部屋へ行き、シャッドダウンされた『I67』の記憶を綺麗に消し去ることだ。

男と『I67』の微笑み合う姿を観察することが、いたたまれなくなったのは何回目からだっただろう?
まるで恋をしているかのような表情をする男。
『I67』の記憶を消す作業を悲しそうに眺める男。
それなのに次回には記憶をまったく残していない『I67』の呑気な微笑み。
どんなに隠していてもまだ過去の傷を忘れられずに苦しんでいる私の心が、記憶を綺麗に消してしまえる『I67』に嫉妬してしまったのかもしれない。
記憶を消す作業をしてゆくうちに『I67』の記憶が流れ込んでくるような感覚に襲われ、儚い恋の悲しみの記憶を押し付けられたような虚しさを含んだ怒りを覚えてしまったのかもしれない。
そんな心の揺るぎからか、最後の一刺しの力を抜くようになってしまった。
まっさらな状態で現れる『I67』を確認するとホッとしたような残念のような複雑な感情に掻き乱された。
けれど実際、まっさらな状態でなければとても困ったことになっていたことだろう。
なぜなら密ごとの記憶が無くなれば何も無かったことに出来るのだと切望する深い闇を底に抱えた人たちが巨額の資金を出しているようだから。

そして今、困った状態に直面してるというわけだ。
背中をドロリ流れる汗が止まらない。
隠れたところで力の抜けた一刺しの影響がジワリジワリ積み重なってゆき、今晩の『I67』の行動をつくりだしてしまったのだろうか?
『I67』に記憶が残ってしまっていることが露わになる前に、すべて綺麗に消し去ってしまわなければと腕を掴む男の手から逃れようともがき壊れてゆく。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

戦いの終わりに

トモ
恋愛
マーガレットは6人家族の長女13歳。長く続いた戦乱がもうすぐ終わる。そんなある日、複数のヒガサ人、敵兵士が家に押し入る。 父、兄は戦いに出ているが、もうすぐ帰還の連絡があったところなのに。 家には、母と幼い2人の妹達。 もうすぐ帰ってくるのに。なぜこのタイミングで… そしてマーガレットの心には深い傷が残る マーガレットは幸せになれるのか (国名は創作です)

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...