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07 泡沫の月夜
その10
しおりを挟む最後の一刺しをためらっている私の腕を男が掴んだ。
痛い。
やはり男は気づいていたのだ。
今まで私が最後の一刺しに力を抜いていたことに……。
私の仕事は主に二つ。
一つ目は男と『I67』の研究所外での行動を事細かにチェックして報告書を作成すること。
二つ目は密ごとを終えた男から連絡が入ると部屋へ行き、シャッドダウンされた『I67』の記憶を綺麗に消し去ることだ。
男と『I67』の微笑み合う姿を観察することが、いたたまれなくなったのは何回目からだっただろう?
まるで恋をしているかのような表情をする男。
『I67』の記憶を消す作業を悲しそうに眺める男。
それなのに次回には記憶をまったく残していない『I67』の呑気な微笑み。
どんなに隠していてもまだ過去の傷を忘れられずに苦しんでいる私の心が、記憶を綺麗に消してしまえる『I67』に嫉妬してしまったのかもしれない。
記憶を消す作業をしてゆくうちに『I67』の記憶が流れ込んでくるような感覚に襲われ、儚い恋の悲しみの記憶を押し付けられたような虚しさを含んだ怒りを覚えてしまったのかもしれない。
そんな心の揺るぎからか、最後の一刺しの力を抜くようになってしまった。
まっさらな状態で現れる『I67』を確認するとホッとしたような残念のような複雑な感情に掻き乱された。
けれど実際、まっさらな状態でなければとても困ったことになっていたことだろう。
なぜなら密ごとの記憶が無くなれば何も無かったことに出来るのだと切望する深い闇を底に抱えた人たちが巨額の資金を出しているようだから。
そして今、困った状態に直面してるというわけだ。
背中をドロリ流れる汗が止まらない。
隠れたところで力の抜けた一刺しの影響がジワリジワリ積み重なってゆき、今晩の『I67』の行動をつくりだしてしまったのだろうか?
『I67』に記憶が残ってしまっていることが露わになる前に、すべて綺麗に消し去ってしまわなければと腕を掴む男の手から逃れようともがき壊れてゆく。
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