お盆に台風 in北三陸2024

ようさん

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8月11日(日)

「警戒レベル3『高齢者等避難』」の夜にわざわざ親子ゲンカ

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 だいたいあんたら、咲姉情報によると「えっ、こんな時に来るの?」くらいの反応じゃ無かったっけ?

 うちの父は晃夫君の親父さん(咲ちゃんの舅さんでどちらもうちの遠縁)によると「大工の血筋で親戚一のきかずわらす言うことを聞かない子やきかん坊やんちゃな子」だったと言う。

 現役の時は農家だけでは食えないから、祖母の実家の家業である大工仕事を請け負う兼業農家だった。そのおかげで俺達は他の家の子のように、冬期に父が出稼ぎでいない寂しさを味合わずに済んだーーと言うべきか、おっかない親父が年中家にいて気づまりだったと言うべきか。
 きょうだい四人揃って上の学校まで出してもらい、結局一番スネをかじっていたのは俺なので、そこは感謝している。

 つい数年前までは部落(※)の消防団にも所属していた。若者がいないため高齢でもなかなか引退できなかったのだ。本人がいつまでも若い気でいるためそこまで悲壮感はなかったが、荷物を持ち上げた弾みか何かで肩の腱を痛めてしまった。そこで諦めたようだ。

 元々性格もガキ大将的なところがあって面倒見がいいため、十刈(祖母の実家)の方の親戚からも何かと頼られたり相談されたりする。
 大震災の後は自宅が被災し、ライフラインの止まった子育て中の上の姉と咲姉がしばらく厄介になっていたし、その数年後の豪雨の時は近所にいる高齢の親戚筋を呼び寄せて難を切り抜けたという。

 もっともその当時、父は消防団の仕事で出ずっぱりだったので、家でみんなに対応したのは世話好きで社交的な母だった。
 被害の最も酷かった地域の困難とはもちろん比べようがないが、その周辺の地域もそれなりの困難が続いた。その当時の実家は確かに大変だったが、親も俺達もも今より若かった。それに尽きる。

 今回もてっきり、親父の呼びかけで「シ◯・ゴジラ」ばりのご近所対策本部が発足していて、ラジオの防災情報をBGMに客間のテーブルにバザードマップを広げて土嚢どのうを積んだり非常用グッズをかき集めてチェックしたりの「メーデー!」状態で、呑気に帰って来た俺に(しかも客人つき)特大の雷が落ちるーーそんな事まで覚悟して敷居をまたいだのに。

 何、このほぼ普段の日常ぬるま湯モード。

「今、雨が小降りになってるからって油断したらダメだべ。台風はこれから来んだから」

ほにねえそうだねえ

 と一応同意はしてくれるものの、まるで切迫感のない母。

ごでもでやがますごちゃごちゃと煩い。まあ飲め」

 父は鼻で笑って俺のコップにビールを注いでくれようとする。とても元消防団員とは思えない。

「『飲め』たってみんなで飲んでしまったら、いざ避難する時に運転できねえべや!」

「避難ったって、避難所ぁ小学校だべ。橋渡っておらよりも川のそばだ」

 母が溜息をついた。田舎のハザードマップあるあるである。ハザードマップに従って村や町を作ってある訳じゃないからな。

「鉄筋コンクリート三階建てだら、平屋のおらよりいいべや。山からは離れてるし、今夜のうちに避難した方がいいんでねえ?」

「んだども、お盆の準備もあるし……」

「台風で浸水でもしたら、お盆どごでねえべ」

「そうだべども、晴れたら仏参り親戚回りしねえばなんねえししないといけないし、十刈の本家も初盆ういぼんだすけ……」

 この世代の田舎の人はとにもかくにもご近所づき合いと仏事に全身全霊を注ぐ。

 そこではたと気づいた。

 確かに俺が住んでいた時も南に上陸した台風が縦断するように通過した時はあったし、前回の豪雨の時に台風が上陸したのは震災のダメージがより残っていた大船渡だった。
 
 おそらくこの辺の人達は、震災(特に津波)や豪雨(浸水・土砂崩れ)への警戒感はあるが、台風の暴風域に直撃される恐ろしさを知らない。千葉や神奈川に住んでいた時はみんなもっと大騒ぎしつつ、ある意味腹を括って粛々と備えていたもの。

 それで俺は自分の体験談と、車内で収集したネットの情報の受け売りをひと通り力説した。

 今回、岩手県太平洋岸を直撃すると言われる台風5号は、自転車並みに速度が遅い台風だ。上陸したらしたで、強い風雨の被害に長く晒される。
 既に東北地方の太平洋側には大雨警報が出ていて、青森や宮城では停電した地区もある。一日で一年分の降水量を記録する可能性があるとされ、
 ひとつ山を越えたあたりの部落では観測史上最大の雨量が観測された。北三陸町全域に警報3『高齢者等避難』が町内全域に出ている。

 台風はまだ上陸してないが、これから明日にかけて線状降水帯が発生して洪水や土砂災害が起こるかもしれない。

 岩泉の老人施設の話をしたところ、「ほに、それもそうだ」と母には響いたようだ。父の方は無言のまま手酌でビールを飲み始めてしまっている。何を思っているかはわからない。

 いざとなればトラックの荷台にここいる人達と防災グッズ積んで、俺が運転すればいいかーー道交法的には問題あるし、マニュアル車運転すんのも数十年ぶりだが非常事態なので仕方がない。

「そうだ。非常用の持ち出しリュックは?」

「そんなもん無いよ」 

「は?無い?クミ姉ちゃんが前に生協で二人分、買って送ってけだくれたべ?」

じゃがますねえうるさいんがお前、いきなり来て何だ!」

 元々短気で細かい議論の嫌いな父が、ついに一喝した。

「お盆の準備ぁなじょすんばどうするんだ!明日んなさぁ、お墓の草刈りだってあんだ」

 余所者呼ばわりされた気がして少し傷ついた俺だが、思わず呆れて叫び返した。

「お墓の草刈り?それどころでぁねえべ!」






※この地方では「集落」の事をこう呼ぶ。戦前からの農・漁村集落を慣例的に「◯◯部落」などと呼ぶ場合が多いが、周辺の田畑が新しく分譲地や工場になった場合には含まれたり含まれなかったり、概念としては割とざっくりしている。たぶん。


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