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熱狂ーー弐
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「今こそ浪士組は真の尽忠報国の士として攘夷のための実働部隊となるべきである。我らは帝の意を汲み、破約攘夷の魁として直ちに東に戻り横浜港を封鎖する」
流石の荒くれ自慢の者達の間にもただならぬ同様が広がりお互い顔を見合わせたーーが、一部の者が熱狂的な歓声とともにこれに賛同する鬨の声を挙げると場のほとんどがそれに呼応した。
「待たれよ、清河殿」
群衆の後方で凛と通る声がし、皆は一瞬ぴたりと静まってそちらの方を振り返ったーー立ち上がったのは試衛館の面々と共に後方に陣取り、じっと耳を傾けていた近藤だった。
「我ら試衛館組一同、清河殿の方針には賛同いたしかねる」
清河は怪訝そうな表情で腕を組んだ。
「これは心外。近藤殿こそ我らの中で最も昨今の情勢を憂いておられたはず。攘夷こそが国是であると語っておられたではないか」
「いかにも。ただそれとこれとは別。第一、浪士組の解散も帰還も清河殿一人の話だけで、まだ上様からのお沙汰も無いではないか」
「そこもと!某が偽りを申していると申すかっ!」
「そうは言っておらん。だが、上様からのお沙汰があろうとなかろうと、命なき事を勝手に成すは謀反であろう」
熱狂から引き戻された一同はざわめき、顔を見合わせた。
「謀反ではないぞ!決して!」
清河はわなわなと震え、顔色を真っ赤にしながら怒鳴りつけるように言い返した。
「なぜなら攘夷こそペルリ来航以来の天子様の悲願であらせられるからだ。
大樹様の征夷大将軍御就任も和宮様の御婚儀も、二年以内の鎖港と異人の追放が条件であったはず。言を左右にして動かぬ幕府の弱腰に見切りをつけ、我らが志士が天意を体するより他はない。正しく忠義である」
「いいや違う。そもそも明日、馘になろうと切腹を賜ろうとそれが何だというのだ。我らは上様にお仕えしているのである。 そこもとにではない」
近藤はそう言い放つと踵を返して本堂を後にし、試衛館全員がそれに従った。ややあって左之助の背後から割れるような拍手が聞こえた。
まるで妖術や幻覚から醒めたように一人、また一人と続いて行くーー気勢を削がれた形の清河は敢えて彼らを止める事はせず、憤怒の表情のまま仁王立ちで見送った。
「あの御仁はきっと腹に一物ある、何処か物の怪じみたところがあると思っていたーー」
試衛館組が宿としている郷士・前川家へ三々五々向かう道中、歳三が腕を組み顔をしかめた。若いが思慮深い男で弟子達の筆頭格でもある。
「遂にやらかしてくれたな。やはりとんでもないことを企んでいた」
敬助が言わずもがなの後を引き取ると左之助が「ああ」とすかさず同意する。一目も二目も置く歳三と珍しく同じ事を考えていたのが嬉しくて仕方がないのだ。
京の寒暖差は大きい。日がすっかり昇って参道は花ざかり、外は春爛漫の景色だ。
「ああ、胸がスッとしたぜ。皆の前であそこまで正論を言ってくれりゃ、清河も立つ瀬があるまい」
「そうだな。あれで残りの連中も目が覚めてくれればいいのだがりゃいいが」
「ーーって、あれ?」
「左之。どうした?」
「って事は、化け物じみた清河を食っちまった近藤先生は、もっとすげえ化け物だってことにならねえかい?」
歳三はしかめ面を崩し、心底愉快そうに笑った。敬助も「馬鹿な」とつられて苦笑した。
「いや。存外、左之の言う通りかもしれん。俺らはとにかく近藤さんについていくだけだ」
「土方君」
背後から歳三を呼び止めた者があるーー誰あろうかの「尽忠報国の士」芹澤鴨であった。例の柄の悪い取り巻き達もある者はにやけた含み顔、ある者は仏頂面で背後に控えている。
左之助は反射的に気に食わない奴らを喧嘩越しで睨みつけ、敬助に頭を小突かれた。
「何でしょうか」
歳三はいつもの無愛想で無表情な男に戻り、芹澤と相対した。
「今し方、近藤殿にも挨拶して来たところなんだがーー我ら一門も君達に賛同する。浪士組として残る事にした。道中の遺恨は忘れ、改めてよろしく頼む」
「こちらこそ」
歳三は身構えて表情を硬くしたまま一礼した。怪訝そうな顔でぽかんとしていた左之助も敬助に再び小突かれ、慌てて頭を下げた。
流石の荒くれ自慢の者達の間にもただならぬ同様が広がりお互い顔を見合わせたーーが、一部の者が熱狂的な歓声とともにこれに賛同する鬨の声を挙げると場のほとんどがそれに呼応した。
「待たれよ、清河殿」
群衆の後方で凛と通る声がし、皆は一瞬ぴたりと静まってそちらの方を振り返ったーー立ち上がったのは試衛館の面々と共に後方に陣取り、じっと耳を傾けていた近藤だった。
「我ら試衛館組一同、清河殿の方針には賛同いたしかねる」
清河は怪訝そうな表情で腕を組んだ。
「これは心外。近藤殿こそ我らの中で最も昨今の情勢を憂いておられたはず。攘夷こそが国是であると語っておられたではないか」
「いかにも。ただそれとこれとは別。第一、浪士組の解散も帰還も清河殿一人の話だけで、まだ上様からのお沙汰も無いではないか」
「そこもと!某が偽りを申していると申すかっ!」
「そうは言っておらん。だが、上様からのお沙汰があろうとなかろうと、命なき事を勝手に成すは謀反であろう」
熱狂から引き戻された一同はざわめき、顔を見合わせた。
「謀反ではないぞ!決して!」
清河はわなわなと震え、顔色を真っ赤にしながら怒鳴りつけるように言い返した。
「なぜなら攘夷こそペルリ来航以来の天子様の悲願であらせられるからだ。
大樹様の征夷大将軍御就任も和宮様の御婚儀も、二年以内の鎖港と異人の追放が条件であったはず。言を左右にして動かぬ幕府の弱腰に見切りをつけ、我らが志士が天意を体するより他はない。正しく忠義である」
「いいや違う。そもそも明日、馘になろうと切腹を賜ろうとそれが何だというのだ。我らは上様にお仕えしているのである。 そこもとにではない」
近藤はそう言い放つと踵を返して本堂を後にし、試衛館全員がそれに従った。ややあって左之助の背後から割れるような拍手が聞こえた。
まるで妖術や幻覚から醒めたように一人、また一人と続いて行くーー気勢を削がれた形の清河は敢えて彼らを止める事はせず、憤怒の表情のまま仁王立ちで見送った。
「あの御仁はきっと腹に一物ある、何処か物の怪じみたところがあると思っていたーー」
試衛館組が宿としている郷士・前川家へ三々五々向かう道中、歳三が腕を組み顔をしかめた。若いが思慮深い男で弟子達の筆頭格でもある。
「遂にやらかしてくれたな。やはりとんでもないことを企んでいた」
敬助が言わずもがなの後を引き取ると左之助が「ああ」とすかさず同意する。一目も二目も置く歳三と珍しく同じ事を考えていたのが嬉しくて仕方がないのだ。
京の寒暖差は大きい。日がすっかり昇って参道は花ざかり、外は春爛漫の景色だ。
「ああ、胸がスッとしたぜ。皆の前であそこまで正論を言ってくれりゃ、清河も立つ瀬があるまい」
「そうだな。あれで残りの連中も目が覚めてくれればいいのだがりゃいいが」
「ーーって、あれ?」
「左之。どうした?」
「って事は、化け物じみた清河を食っちまった近藤先生は、もっとすげえ化け物だってことにならねえかい?」
歳三はしかめ面を崩し、心底愉快そうに笑った。敬助も「馬鹿な」とつられて苦笑した。
「いや。存外、左之の言う通りかもしれん。俺らはとにかく近藤さんについていくだけだ」
「土方君」
背後から歳三を呼び止めた者があるーー誰あろうかの「尽忠報国の士」芹澤鴨であった。例の柄の悪い取り巻き達もある者はにやけた含み顔、ある者は仏頂面で背後に控えている。
左之助は反射的に気に食わない奴らを喧嘩越しで睨みつけ、敬助に頭を小突かれた。
「何でしょうか」
歳三はいつもの無愛想で無表情な男に戻り、芹澤と相対した。
「今し方、近藤殿にも挨拶して来たところなんだがーー我ら一門も君達に賛同する。浪士組として残る事にした。道中の遺恨は忘れ、改めてよろしく頼む」
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歳三は身構えて表情を硬くしたまま一礼した。怪訝そうな顔でぽかんとしていた左之助も敬助に再び小突かれ、慌てて頭を下げた。
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