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第1部

その2

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  水曜日、千秋は出社早々、外回り名目でさっさと出かけた。

どうせ昨日はどうしたと、課長が絡んでくるだけだし、そんなことで半日無駄にするなら、帰宅間近の時間を無駄にした方がましだと思ったからだ。

会社から離れたとあるカフェに入り、昨日の会話を思い出していた。

  昨日の午後は、仕入先メーカーに行きあらためて話し合ってみたが、やはり全ての条件はギリギリだった。

「千秋の担当だっていうから頑張ったんだぜ、本当にこれ以上は無理だよ」

「わかってる、ゴメンね無理言って」

「しかし2割安くねぇ、そこのメーカーは知っているよ。贔屓目無しで言うと、うちとそう変わらない筈だぜ、儲けが無いどころか下手すりゃアシが出るはずだがなぁ」

「やっぱり有り得ない数字なんだ、どういうつもりなんだろ」

「儲け無視で取引をもぎ取って後から利益回収するつもりか、それとも別の狙いがあるかだな」

「別の狙い?  」

「そこまでは分からないよ。うちが言えるのは、これ以上条件は変えられないだけだ」

「うん、わかった。ありがとう、別のアプローチ考えてみるわ」

「勝ち取るのを願っているよ、お互いの利益のためにな」



  注文したアイスコーヒーが届き、ガムシロップを2つ淹れてストローでかき混ぜる。ひと口飲んだところで、また思考に入りこんだ。


  昨日の一色君の質問は鋭かったな、核心をついてる、あのコはできるコだ。けどなにか秘密というか隠し事がありそうだな。

塚本さんは始業10分前に来て、終業時間ちょうどに帰る。けど無遅刻無欠勤で仕事もミスはほぼ無い、難を言えばコミュニケーションが出来ないことか。

アイスコーヒーを半分程飲む。

本社の派閥争いに巻き込まれて、本当はクビになるところを、日本支社にとばされて降格して半年。
とりあえず大人しくしていたけど、今回の無茶振りの件は、おそらくというか間違いなく、あいつらの仕業だな。そうまで私をクビにしたいのかと呆れたし、さすがに腹が立った。なにがなんでもこの仕事、成功させてやる。

アイスコーヒーはほとんど飲んで、グラスには氷水だけになっている。

おそらくこの無茶振りは、あいつらと繋がりのある上層部からだろう、護邸常務ではないかと思う、
常務は企画部担当だからだ。企画部の3つの課のうち機能しているのは2つ。3課はほとんど仕事が無い、だから昨日は半日もネチネチ言われたのだ。となると課長も仕事を成功させる気はない、むしろ失敗させる気か。

「どうやって成功させるのよ~」

千秋はため息をついた。
 
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