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第1部

その3

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千秋達が出ていった後、残った4人が口を開く。

「なるほどな、あの方が気に入るだけのことはあるな」

「専務、圧倒されてましたね」

「そんな事はない、だが、たしかに骨のあるのは確かだな。護邸くん抑しきれるのかね」

「なんなら替わってあげようかい」

「ご心配なく、私が頼まれた事なので」

「そうかい、無理そうならいつでも替わるからね」

郷常務が残念そうにこたえた。



そんな社長室の会話を他所に、千秋と社長秘書はエレベーターに乗り、地下の駐車場に向かっているところだった。
地下に着くと目の前に社長専用車がもう停まっている。千秋が躊躇なく乗り込む際に、社長秘書が頑張ってねとひとこと言ってくれた。


エクセリオンのビルから、丸の内にある森友財団の支社まではクルマで15分くらいで行ける。コンペはすでに始まっているが、先手にしろ後手にしろ間に合うはずだ。

そのはずだった。

軽快に走っていたのに、止まってしまったのだ。

「どうしたんですか」

「これは工事ですね」

「工事?  なんで?  」

「年度末ですから」

年度末になると、道路工事がやたら始めるのは何となく感じていたけど、なにもこんな時と場所でやらなくてもいいでしょうがぁ。

何とかならないかと、千秋は車窓の外を見るが、三車線の真ん中で前後左右どこもクルマが渋滞で停まっている、少しづつ、少しづつだが進んでいるが、これでは間に合わそうにない。

千秋はスマホで時間を見る、午後3時半になろうとしていた。

ダメだわ、このままじゃ間に合わない。一色君、大丈夫かしら、あのコなら大丈夫だと思うけど、やっぱり心配だわ。

そのうち渋滞は完全に止まってしまった。運転手は気を紛らわそうとしたのか、ラジオをつける。静かな音楽が流れはじめるが、焦っている千秋には逆にイライラするだけであった。
千秋はじりじりしながら聴いていると、音楽が突然中断され違う内容が流れた。それを聴いた千秋は顔色を変える。

「運転手さん、お願い、なんとかしてっ」

「そう言われても……」

「お願いっ、早く行かないと、間に合わないと意味がないのよ」

千秋の懇願に応えたくても、運転手はどうしていいか分からず困惑するだけだった。

千秋は駄目だと思っても、すがるように一縷の望みを願って繋がっていないスマホに叫んだ。

「助けて」
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