上 下
133 / 322
第1部

その3

しおりを挟む
「で、コンペはどうなったの」

千秋は母の前にVサインを出す。

「勝ちました~」

「そう、良かったわね」

「それだけなの」

「勝っていい気になっているんじゃないの?  取引先とかに連絡してあるの」

「あ」

そういえば仕入先にまだ連絡して無かったと千秋は思い出し、慌てて連絡する。

「……そう、コンペ勝ち取ったわ。ええ、お願いね、ありがとう」

電話を切り、母にお礼を言うと、残心を忘れちゃダメよと小言をひとつもらってしまう。

「とりあえず、あんたんとこと森友さんの関係は続くのね」

「なに?  うちの株でも持ってるの」

「まあね。会社の資産運用としてね」

「それはそれは、株主様に不利益を与えなくて良かったわ」

「そ、株主の為に会社の価値落とさないようにしてね」

「はいはい」

食事が終わると食器を流しに片付けて、祖母の作った夜食を片手に、咲子は出掛けてていった。

「慌ただしいなぁ」

「千秋はまだいいの」

「もう少しゆっくりしてから行くわ、ケイもまだ忙しい時間帯だろうし」



午後9時くらいに、千秋は祖母の作った料理を手に、ケイのところまで歩いて出かける。途中、コンビニでお酒を買い、ぶらぶらとまた歩き始める。

「夜の一人歩きは危ないわよ」

後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと、野球帽にマスク、スタジャンにジーンズ、大きな紙袋を持った運動靴姿の女性が立っていた。

「ハジメ?  どうしたのその格好、それに何でこんなところにいるのよ」

「あたしもケイのところに行く途中で、たまたま千秋を見かけたの」

「遅くなるんじゃなかったの」

「いろいろあってね。あとで話すわ」

横並びになって歩き始め、しばらくするとカブライスポーツジムに着き、正面玄関口から入る。受け付けに蛍がいた。

「あれ、ハジメどうしたの」

「いろいろあったのよ、ケイはまだ仕事なの」

「うん、23時までだから深夜まで」

それまで1時間半ちょっとあるなと二人は思ったが、蛍が部屋にあがって適当にしててと言うので、その通りにした。
勝手知ったる他人の家とばかりに、部屋に上がり込むと、暖房をつけてテーブルに料理を並べ酒の用意をする。

「ハジメは飲めるの」

「う~ん、やめとく。万一があるから」

「そう言うと思ってノンアルコールのビール買ってきたわよ」

「ありがと、それに師匠の手料理があるならじゅうぶんよ」

ハジメは席に座ると、テーブルの上に向かって拝んだ。
しおりを挟む

処理中です...